第3章

 人混みの向こうで、女の子が身振り手振りを交えて何かを話しているのが見えた。ポニーテールがぴょんぴょんと跳ね、全身から若々しい活力がほとばしっている。

 藤原常宏は笑みを浮かべて彼女の話に耳を傾け、それから優しくその髪をくしゃりと撫でた。

 彼は彼女のことが好きなのだろう。

 それもそうか。若く明朗な女の子が嫌いな人なんていない。

 私は隅っこに立ち、まるで他人の幸せを盗み見ている浮気相手みたいだと感じていた。

 この手にはまだ婚約指輪が嵌められているというのに。私こそが、その婚約者であるはずなのに。

「そいつが、俺のために選んだ相手か?」

 冷ややかな声が影の中から聞こえた。

 振り返ると、北条隆一が角に立ち、藤原常宏のいる方角を険しい目つきで睨みつけていた。

 黒いタートルネックのセーターに、コートのポケットに手を突っ込んだその姿は、まるで鞘から抜かれた刃のようだ。

「私のこと、つけてたの?」

 私は冷淡に尋ねた。

「偶然だ」

 彼の視線は藤原常宏から片時も離れない。

「あいつに他の女がいても平気なのか?」

 その言葉は針のように私の心臓を突き刺した。

 北条隆一の前で弱みを見せたくない。かつてあれほど夢中になって彼を追いかけた後では、特に。

 北条隆一はようやく私に視線を移した。黒縁眼鏡の奥にある双眸は、底が見えないほど深い。

「お前は相変わらず、偽りの姿に満足しやすいな」

 私は答えず、ただ心の中で繰り返した。あと二十日。西村綾香、もう少しの辛抱よ。


 マンションへ帰る道すがら、藤原常宏はずっと私の手を握り、心配そうに私の気持ちを尋ねてきた。

 私は、自分がデザインしたウェディングドレスが壊れてしまったことを告げた。

「どうして?」

 彼は眉をひそめて訊ねる。

「あなたがいなくなった数日間、焦りすぎて、うっかり裂いてしまったの。裂け目が大きすぎて、もう直せない」

 私は事もなげに言い、彼の反応を窺った。

 藤原常宏の表情が一瞬こわばったが、すぐに優しいものへと戻った。

「心配しないで。明日、新しいドレスを見に行こう。きっと前よりもっと綺麗だよ」

 彼の言葉はあまりに思いやりに満ち、その眼差しはあまりに愛情深い。

 もし私が真実を知らなければ、きっとこの完璧な愛の幻想に浸り続け、幸せな結婚式を心待ちにしていたことだろう。

 翌日、藤原常宏は私を連れて新しいウェディングドレスを選びに行った。どの店でもたくさんのデザインを試着したが、私はいつも首を横に振って満足できないと伝えた。

「これは個性が足りないわ」

「このデザインは複雑すぎる」

「こういうスタイルは島での結婚式には合わない」

 七軒目の店に着く頃には、藤原常宏は明らかに疲弊していたが、それでも辛抱強く私のそばに付き添ってくれた。

「ドレスが壊れたことだし、いっそ結婚式、中止にしちゃう?」

 私は何気ないふりを装い、探るように言ってみた。

「何を言ってるんだ!」

 彼の顔が瞬時に険しくなる。

「冗談よ」

 私はわざと言った。

 藤原常宏は私の手を強く握りしめた。

「綾香、そういう冗談はよしてくれ。何があっても、俺たちの結婚式は挙げなければならないんだ」

 結婚式の中止こそ、あなたが望んでいたことじゃないの?

 私と一緒にドレスを選び、幸せな思い出を作り、それから私を雲の上から突き落とす。

 あなたの計画を、あなた自身に使ってあげているのよ。嬉しくないの?

 夜、藤原常宏が背後から私を抱きしめ、温かい吐息が耳元を掠めた。

「今夜は、君とゆっくり過ごしたい」

 私はそっとその腕から身を離した。

「少し気分が優れないの。そんな気分じゃないわ」

 彼の目に一瞬、失意の色がよぎったが、すぐに理解したように頷いた。

「じゃあ、俺は先にシャワーを浴びて、夕食の準備をするよ。君はゆっくり休んで」

 藤原常宏が部屋を出て行くと、ローテーブルに置かれた彼のスマートフォンがまた光った。

 やはり、あの女の子からのメッセージだった。

「常宏君、まだ結婚式の招待状、もらってないよ。それと、来週の撮影の仕事、手配したからね。二人の結婚記念写真、撮ってあげられるよ。そうだ、明日のランチ、またいつもの時間に届けに行こうか? 藤原夫人から昨日電話があって、私の新しい作品集を見るのを楽しみにしてるって……」

 私はフンと鼻を鳴らし、スクリーンを消した。

 藤原家がこの女の子に向ける支援は、彼らが私を受け入れた度合いをはるかに超えている。

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