第1章

「そういえば、当時藤崎を振ったのって、小坂だったよな?」

披露宴の円卓にて。神崎小百合が席を外した隙を狙い、誰かが酒の勢いを借りて口火を切った。

私の正面に座る藤崎礼は、シャンパングラスを弄びながら、冷淡な表情を崩さない。

別れてから六年、これが初めての再会だった。

彼がこの同窓生の結婚式を欠席すると聞いていなければ、私は絶対に顔を出したりしなかっただろう。

今や藤崎礼は、藤崎ホールディングスの若き社長であり、メディアにも持て囃される帰国子女のエリートだ。オーダーメイドのスーツに身を包み、手首には目が眩むようなパテック・フィリップが輝いている。

それに引き換え、私は——とっくの昔にどん底まで落ちぶれていた。

「ああ。確かに、言い出したのは彼女の方だ」

藤崎礼は平坦な口調で、皆の憶測をあっさりと肯定した。

その場の空気が、一瞬にして粘りつくようなものへと変わる。

皆の視線が雄弁に物語っていた。金に目が眩んだ女、見る目のなかった馬鹿、西港で没落した元お嬢様の末路——と。

「その後、付き合った男に金を持ち逃げされたって聞いたぜ?」

「借金取りに追われて首が回らないらしいじゃないか。今日紛れ込んできたのも、まさか金をせびるつもりか?」

嘲笑が飛び交う中、藤崎礼はただ冷ややかに傍観し、私に向けられる悪意という名の汚水を、止めることなく浴びせさせていた。

私は強張った唇を無理やり引き上げ、ただ沈黙を守るしかなかった。

その時、神崎小百合が席に戻ってきた。鋭い視線をぐるりと巡らせる。

「何を話しているの? 随分と盛り上がっているみたいだけど」

藤崎礼は瞬時に冷徹さを潜め、穏やかな手つきで彼女の手を取った。

「何でもない。昔話をしていただけだ」

小百合は優雅に腰を下ろすと、周囲の人間を飛び越え、その視線を正確に私へと突き刺した。

愛らしい笑窪を浮かべ、口元に笑みを湛える。

「礼からあなたのことは聞いているわ。あなたが当時『身を引いて』くれたおかげで、今こうして彼の隣に私が座っていられるんですって」

周囲の顔に浮かぶ他人の不幸を喜ぶ色は、もはや隠しきれていなかった。

かつて高みにいたお嬢様が泥沼に落ちる様は、結婚式そのものよりも彼らを興奮させる見世物なのだ。

「過ぎた話だ。もうよせ」

藤崎礼が適度なタイミングで口を挟む。その声は大きくはなかったが、反論を許さない威圧感を孕んでいた。

衆人は即座に口を噤み、ぎこちなく話題を変え始める。

しかし小百合はグラスを掲げ、私に向けて遥かに合図を送ってきた。その笑みは、残酷なほどに優しかった。

「彼を手放してくれた恩人として、私たちの結婚式には、ぜひいらしてね」

私は無意識のうちに、左手の袖口の下に隠された、あの悍ましい傷痕を強く押さえつけていた。

俯き、機械のように言葉を絞り出す。

「……おめでとう」

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