第6章

心電図モニターが、単調な電子音を響かせていた。

ブラインドの隙間から差し込む夕日が、特別病棟にある革張りのソファを鋭く切り取っている。

何度か瞬きをする。薬による意識の混濁が薄れていくのを感じながら、私は重い体を支えて身を起こした。

ソファには藤崎礼が腰を下ろし、視線を落としてリンゴを剥いている。

書類へのサインに慣れたその指先は驚くほど安定しており、ナイフが果肉に沿って滑らかに動くたび、皮が一本の長い線となって垂れ下がっていく。

シーツが擦れる音に気づいたのか、彼は手を止め、顔を上げてこちらを見た。

そして立ち上がると、迷わず枕元のナースコールを押した。

すぐに医師がドアを開けて入ってくる。この私立病院の内科部長を務める男だ。彼は私のそばに来ると、瞳孔にペンライトの光を当てた。

「意識は清明。大事には至っておりません」

医師は振り返り、藤崎礼に向かって報告した。

「ただ、患者様は重度の栄養失調状態にあります。今後の食事につきましては、消化の良い高タンパクの流動食を中心になさることをお勧めします」

藤崎礼は短く頷き、抑揚のない声で言った。

「ご苦労だった」

医師が一礼して退出すると、カチャリと重たい音がしてドアがロックされた。

藤崎礼がベッドの脇まで歩み寄り、綺麗に剥かれたリンゴを差し出してくる。

「余計なことは考えるな。まずはここで、体を治すことだけに専念しろ」

私は、それを受け取らなかった。

掛け布団を跳ね除けてベッドを降り、裸足で冷たい床を踏みしめる。サイドテーブル、クローゼット、目につく収納をすべて開け放った——

——空っぽだ。

スマホも、着替えの服も、何ひとつ見当たらない。

藤崎礼はただ傍らに立ち、私が病室で立てる徒労の物音を、黙って見つめていた。

「藤崎礼……あなた、何をするつもりですか」

窓際に立つ私の姿が、ガラスに亡霊のように映り込む。サイズの合わない病衣、血の気のない顔、そして乱れきった髪。

「俺が何をするつもりか、本当にわからないのか?」

藤崎礼はリンゴを棚に置くと、ティッシュを引き抜き、時間をかけて指先を拭った。

「遥。俺は、お前が欲しい」

夕陽を背に座る彼の黒い瞳が、不躾なほど真っ直ぐに私を射抜く。その視線に宿る隠そうともしない欲望に、私は強烈な恥辱を覚えた。

身体の震えが止まらない。爪が掌に食い込むほど拳を握りしめ、私は声を絞り出した。

「藤崎礼……こんなこと、許されるはずがありません」

藤崎礼が立ち上がる。わずか二歩で、彼は私の目の前まで距離を詰めた。

圧倒的な身長差による威圧感が、私を覆い尽くす。彼は手を伸ばし、私の耳元の後れ毛を梳いた。一見優しいその仕草には、しかし拒絶を一切許さない強引さが滲んでいた。

「なぜ、いけない?」

「私には……好きな人がいます!」

私は顔を背けて彼の手を避け、乾いた声で告げた。

「ですから、もう私に関わらないでください」

「——そうか」

藤崎礼の顔には、欠片ほどの笑みもなかった。

不意に伸びてきた手が私の頬を挟み込み、無理やり顔を上げさせる。そのまま彼は、私を威圧するように上体を屈めてきた。

端整な顔が視界いっぱいに迫り、互いの吐息が混じり合う。彼の唇は、触れるまであとわずか一センチという距離で止まっていた。

逃れようともがくが、彼の力には敵わない。かつて知る懐かしさと、今はただ恐怖でしかないその気配に包まれ、私は本能的に目を閉じ——意思とは裏腹に、身体を大きく跳ねさせた。

藤崎礼が、笑った。

鼓膜を震わせる冷ややかな声は、まるで逃れられぬ宣告のように響いた。

「小坂遥。——お前は、嘘をついている」

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