第8章

彼がいつ立ち去ったのか、記憶が定かではない。

その日の夜、高橋健次——今は藤崎ホールディングスの社長室長であり、私の古い知人でもある男が、ドアを蹴破るようにして入ってきた。

「小坂遥、お前はあいつにどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ」

彼はオーバーに積もった雪さえ払わず、頭ごなしに怒鳴りつけた。

「婚約破棄で、明日藤崎ホールディングスの株価がどれだけ暴落するか分かっているのか? お前ももう三十の大人だろう。昔みたいにわがままを言うのはやめろ」

「何が……あったの」

「何があった、だと?」

高橋は怒りのあまり、乾いた笑いを漏らす。

「礼のやつ、お前のために今夜の記者会見...

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