第3章

 私は背筋を伸ばし、桜花高校の制服を着た女子生徒たちの集団と対峙した。

 リーダー格らしき厚化粧の少女が侮蔑に満ちた表情を浮かべ、その後ろには四、五人の取り巻きが続き、全員が江川花をゴミでも見るかのような目で睨みつけている。

「あなた、誰?余計なことしないでよ!」

 リーダーの少女が顎をしゃくり、喧嘩腰に言った。

 私は微かに笑みを浮かべ、わざと成熟した女性のような口調で応じる。

「江川花の継母ですが、何か御用でしょうか?」

 少女たちは顔を見合わせ、それから甲高い笑い声を爆発させた。

「おばさん、冗談きついよ~うちの学校では誰でも知ってるよ、江川さんは母親いないって」

 リーダーの少女が大げさにお腹を抱えて笑う。

 私が反撃しようとしたその時、背後の江川花がそっと私を押し退け、前に進み出たのを感じた。彼女の表情は驚くほど穏やかで、普段学校で見せる、耐え忍ぶばかりの姿とはまるで別人だった。

「今の言葉、もう一度言ってみる?」

 江川花の声はとても静かだったが、向かいの少女たちの笑い声をぴたりと止めさせた。

「何よ?急に偉そうに……」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、江川花の手が振り上げられた——パァンッ!と乾いた音が響き渡り、少女の頬には見る間に真っ赤な手の跡が浮かび上がった。

 秋葉原のショップ内は静まり返り、すべての客が足を止めてこちらに注目している。

 殴られた少女は一瞬呆然とした後、逆上して叫んだ。

「江川!お前、死にたいの?明日、美咲たちに言いつけてやる!」

 その「美咲」というのが、彼女たちのクラスの不良少女たちのリーダーなのだろうと、私には分かった。

 漫画の原作では、まさにこのグループが江川花の学園生活を地獄へと変えたのだ。

「好きにすれば」

 江川花は冷ややかに言い放つ。その口調には、私が今まで一度も見たことのない決然とした響きがあった。

「ふざけるな!」

 少女は怒りで顔を青くする。

「このお店、私の従兄が経営してるんだよ!店員さん!この人たちを出して!」

 私は片眉を上げ、スマートフォンを取り出すと、素早くある番号に電話をかけた。

「もしもし、神谷さん?ちょっとお願いがあるんですが……」

 電話の向こうで、神谷拓は私の頼みを快く引き受けてくれた。

 三分後、私は電話を切り、バッグからブラックカードを取り出して店員に差し出す。

「江川花の名義で、この店の株式の五十一パーセントを買い取ります。契約書は後ほど届きますので」

 少女たちの表情が、嘲笑から驚愕へと変わった。

「だから、出て行ってもらえるかしら?」

 私は微笑みながら言ったが、その声は氷のように冷たかった。

 少女たちは顔面蒼白になり、慌てふためいて逃げ去っていった。

 江川花は私のことをじっと見つめ、その瞳に複雑な感情がよぎったが、彼女は何も言わず、ただ黙って私と一緒に残りの買い物を済ませた。


 翌朝、私は早起きに慣れていないせいで寝過ごしてしまった。

 目が覚めたのはすでに九時半。昨夜の校長との約束を思い出し、慌てて服を身に着ける。

 花ちゃんはもう学校に行ったのだろうか?私がキッチンに駆け込むと、江川花がダイニングテーブルに座っており、目の前には簡単な朝食が並べられていた。

「今日は学校に行かなくていい」

 彼女は淡々と言った。

「休むって連絡したから」

 私は頷き、それ以上は聞かなかった。

 昨日のことだ。彼女にも気持ちを整理する時間が必要なのだろう。

「私は桜花高校に届け出をして、臨時の保健室助手になるの」

 私はパンを食べながら説明した。

「その方が、あなたのことをもっと守れるでしょ」

 江川花は私を見上げた。その目には、信じられないといった色が浮かんでいる。

「なぜ?」

「私はあなたのお母さんだからよ」

 私は努めて軽い口調で言い、心の中で静かに付け加える。それに、漫画で描かれたあの恐ろしい出来事が、あなたの身に再び起こるのを見たくないから。

 多くを語る時間もなく、私は急いで桜花高校へと向かった。校長室では、眼鏡をかけた中年男性が私を待っていた。

「安藤さん、私たちの仲間へようこそ」

 校長は形式的に言った。

「保健室は二階の右側です。何か問題があれば主任に聞いてください」

 手配が済むと、私は校内の環境、特に保健室の周辺エリアを把握し始めた。ちょうど昼休みになり、廊下は生徒たちでごった返している。

 私が女子トイレの前を通りかかった時、中から騒がしい声と、押し殺したような泣き声が聞こえてきた。

 すぐにドアを押し開けて中に入ると、生徒たちが輪になっており、その中心で江川花が洗面台に押さえつけられていた。

 金髪に染めた不良少女が彼女の髪を掴んでおり、隣にはピアスをつけた男子生徒が数人。そのうちの一人は、なんとカッターナイフを手にしている。

「おい、顔に一本線入れてやれよ。今日のことを永遠に忘れられないようにな!」

 一人の男子生徒が吐き捨てるように言った。

「今回は誰も助けてくれないぞ!」

 私は有無を言わさず、ドアの傍にあったモップを掴むと、江川花の髪を掴んでいる不良少女めがけて力一杯叩きつけた。

「きゃっ!」

 少女は悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。

「何をしているの?」

 私は冷たく問いかけた。

「こいつ、あたしの制服の上着を盗んだのよ!」

 別の女子生徒が、江川花の身に着けている上着を指さして叫んだ。

私は鼻で笑う。

「その上着は昨日、私が銀座で彼女に買ってあげたものよ。全部で七万八千円したわ。本当にあなたのものだって言い切れる?」

 女子生徒は言葉に詰まり、男子生徒たちが代わりに私を取り囲んだ。

「あんた誰だよ?ここがどこだか分かってんのか?」

 ピアスをした男子生徒が脅す。

「桜花高校の新任保健室助手、安藤美雪」

 私は慌てず騒がず言い、同時にモップを床の汚水に浸し、それから彼らに向かって勢いよく振り回した。

「そして、江川花のお母さんよ」

 何人かが汚水を浴び、悲鳴を上げて後ずさる。

「先生に言ってやる!あんた未成年をいじめた!」

 不良少女が金切り声を上げた。

「どうぞ」

 私は笑みを浮かべる。

「ついでに、あなたたちがわざわざ監視カメラのないトイレの隅っこを選んで生徒をいじめてることも伝えてあげなさい。それに、あなたたちが江川をいじめてた時、彼女もまだ未成年だってことは考えなかったのかしら!」

 私はスマートフォンを取り出す。

「もしあなたたちがこれ以上江川花をいじめるなら、その行為を撮影して、学校の掲示板と保護者のグループに流してやるわ」

 トイレの中が静まり返る。生徒たちは顔を見合わせ、最終的にばつが悪そうに立ち去っていった。

 私は白衣を脱ぎ、汚れてしまった江川花の制服の上から羽織らせ、手を差し伸べる。

「行きましょう。着替えに連れて行ってあげる」

 一瞬の躊躇の後、私が手を引っ込めようとした、その時。彼女は私の手を掴み、その綺麗な瞳でまっすぐに私を見つめた。

「うん」

 彼女は小さな声で言った。

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