第4章

小島葵視点

図書館裏の庭園でのあのキス以来、桜井直樹と松本美咲はまるで別人のようになっていた。

お互いに探り合っていた二人が、隠すこともなく甘い雰囲気を漂わせるようになるまでを、私はこの一週間、ずっと見てきた。桜井直樹は授業の合間にわざわざ美術棟まで松本美咲を迎えに行き、松本美咲は彼の野球部のジャケットを羽織って食堂に現れたりした。二人はまだ正式に関係を認めてはいなかったけれど、あとはタイミングを見計らっているだけだということは、誰の目にも明らかだった。

そのタイミングが、今夜のハロウィンダンスパーティーだった。

「この組み合わせ、本当に大丈夫かな?」私は鏡の前で女王様の衣装を直しながら尋ねた。

「完璧だ」背後から隼人先輩が言った。彼は騎士に扮し、衣装がその完璧な肉体美を際立たせている。「松本美咲と桜井直樹の衣装もすごいよな。今夜の主役は間違いなくあの二人だ」

彼の方を振り返ると、わけもなく心臓が速くなった。この男は、本当に何を着ても様になる。

「今夜、正式に付き合うと思う?」私は気を逸らそうと尋ねた。

「百パーセントな」隼人先輩は頷いた。「直樹はもうバラの花束も買ってる。最後のダンスの時に告白するつもりなんだ」

「じゃあ、私たちの役目は全てがうまくいくようにお膳立てすることね」

「その通り」彼は腕を差し出した。「女王陛下、舞踏会までエスコートいたしましょう」

私は微笑んでその腕を取った。「光栄ですわ」

体育館に足を踏み入れた途端、隼人先輩が私の耳元で囁いた。「来たぞ」

入り口の方へ振り返った私は、その光景に息を呑んだ。

松本美咲は、流れるような白いギリシャ風のドレスに金のケープを肩から羽織り、オリーブの枝の冠を戴いていた。本物のアテナのようだ。桜井直樹は古代ギリシャ戦士の鎧を身につけ、盾を手にしている。その野性的な男らしさに、会場中の女の子たちが思わず視線を奪われていた。

「すごい、完璧な二人……」私は思わず感嘆の声を漏らした。

「絵に描いたようなカップルだな」隼人先輩も満足そうだ。「今夜こそ、間違いなく……」

「美咲!」

隼人先輩の言葉を遮るように、聞き覚えのある声が突然響いた。私たちが振り返ると、長身の男が松本美咲に向かって大股で歩いてくるところだった。

中村健太。松本美咲の元カレだ。

「最悪、なんで彼がここに?」私の顔が曇った。

「あの人誰だ?」隼人先輩が眉をひそめた。

「美咲の元カレ。名門の高校の出身で、ものすごいお金持ちの家の子よ」私は不安な気持ちで二人を見つめた。「二年間付き合ってたの。美咲は彼のことが本当に好きだったんだけど……遠距離恋愛が辛すぎたのと、健太が束縛するタイプで、いつも自分の理想を美咲に押し付けようとしてたから。それで結局、別れたの」

「でも、松本さんの表情を見る限り……」

「まだ完全に吹っ切れてはいないみたいね」私はため息をついた。「だって、彼女の初恋の相手だったし、別れたのもお互いを嫌いになったからじゃなかったから」

中村健太が松本美咲に近づくのが見えた。桜井直樹の表情が目に見えて警戒心を帯びていく。中村健太が何かを言うと、松本美咲は驚いた様子で、その瞳に複雑な感情がよぎった。

「何が起きてるのか見に行こう」私は隼人先輩の腕を引いて、彼らに向かった。

近づくと、中村健太の声が聞こえてきた。「……だから、この大学への転校を申請したんだ。来学期からは一緒にいられる。やり直せるよ、美咲。今度は俺、変わるから」

松本美咲の顔は青ざめていた。「健太、そんなことするべきじゃなかった。私たち、もう終わったのよ」

「終わった?」中村健太は彼女を深く見つめた。「俺たちが別れたのは、距離と俺の未熟さのせいだけだろ。でも、俺は自分の過ちに気づいた。君のためなら、全てを変える覚悟がある」

桜井直樹が一歩前に出た。「美咲、こいつは誰だ?」

中村健太が桜井直樹の方を向き、その目には明らかな軽蔑が浮かんでいた。「中村健太だ。美咲の……元カレだよ。で、君は?」

「桜井直樹だ」彼はぶっきらぼうに答えた。

「へえ、ここでの友達か。うちの美咲が世話になったな」

桜井直樹の拳が固く握りしめられるのを、私は見た。一方、松本美咲はショックと動揺を隠せないでいた。

その時、音楽が突然止まった。DJがマイクを掴む。「皆さん、特別なサプライズがあります!」

スポットライトが、不意に中村健太を照らし出した。彼は明らかに高価そうなネックレスを取り出し、片膝をつく。

「松本美咲、君と出会った瞬間から、君が俺の人生で最も大切な人だとわかっていた。離れていたこの時間が、君なしでは俺は無価値だということを教えてくれた」彼の声が音響システムを通して体育館中に響き渡る。「俺はこの大学に転校し、実家での全てを捨てた。ただ、どれだけ君を愛しているかを証明するためだ。もう一度、やり直すチャンスをくれないか」

会場全体が数秒間静まり返り、それから熱狂的な拍手と悲鳴に包まれた。こういう壮大なロマンチックな演出は、若い子たちが大好きなものだ。

私は松本美咲の表情を見た――驚き、混乱、そして何か名状しがたい感情。一方、桜井直樹の顔はどんどん暗くなっていく。

「うわ、超ロマンチック!」周りの女の子たちが騒ぎ出した。「『はい』って言って!『はい』って言って!」

事態が悪い方向に向かっているのを感じた。中村健太は松本美咲の心を掴む方法を知っている。そして桜井直樹は……桜井直樹は逃げ出したいような顔をしていた。

「何かしないと」私は隼人先輩に言った。

「まずは様子を見よう」

松本美咲は目の前で膝まずく中村健太と、顔面蒼白になった桜井直樹を交互に見た。彼女は口を開いたが、何も言えずにいた。

「美咲?」中村健太の声には期待がこもっていた。

「私……考える時間が欲しい」松本美咲はか細い声でようやく言った。「あまりにも、突然すぎるわ」

観衆からはがっかりしたため息が漏れた。

中村健太は立ち上がり、一瞬、不快な表情を浮かべたが、すぐに優雅な笑みに戻った。「もちろん、わかってる。でも覚えておいてくれ、美咲。チャンスってのは、逃したら二度と来ないこともあるんだぜ」

音楽が再び始まり、人だかりは散り始めた。しかし、桜井直樹がすでに出口に向かっていることに私は気づいた。

「桜井さん!」私は急いで後を追った。隼人先輩も私の後ろについてくる。

体育館の外の庭園で、兜を脱いでベンチに座り、すっかり落ち込んでいる桜井直樹を見つけた。

「ねえ」私は彼の隣に座った。「どうしたの?」

「俺は帰るべきだと思う」桜井直樹の声は低かった。「多分、最初から彼らの物語に首を突っ込むべきじゃなかったんだ」

「桜井さん……」

「彼女の表情、見たか?」桜井直樹は苦笑した。「中村さんを見た時の彼女の目には、俺が見たことのない何かがあった。あれが二年間積み重ねてきた感情なんだ。数週間程度の俺が太刀打ちできるものじゃない」

私が何か言おうとした時、松本美咲が体育館から慌てて飛び出してきて、辺りを見回しているのが見えた。

「美咲だ」私は隼人先輩に言った。「二人きりにしてあげよう」

隼人先輩は頷いた。「行こう。これは彼ら自身で解決すべき問題だ」

私たちは静かに庭園を離れ、キャンパスの別の小道へと歩き出した。夜風が私たちの顔を撫で、秋の涼しさを運んでくる。

「あの二人、どうなると思う?」私は思わず尋ねてしまった。

「わからない」隼人先輩は首を振った。「元カレの出現で、色んなことが変わってしまったのは確かだ。だが、時には過去の深さよりも、今この瞬間にどう感じているかが一番重要だったりする」

「そうね」私はため息をついた。「ただ、こんな変数が現れるなんて思ってもみなかった」

「計画はいつだって変更を余儀なくされるものさ」隼人先輩は立ち止まり、私の方を向いた。「まあ、これはこれで悪いことじゃないかもしれない」

「どういう意味?」

「つまり」彼は一歩近づいた。「俺たちは一時的に失業したわけだ。もう恋愛相談役を演じる必要はない」

月光が彼の顔に落ち、その深い瞳が暗闇の中でキラリと光った。心臓が速く打ち始めるのを感じる。

「じゃあ、私たちはどうすればいいの?」自分の声が少し震えているのがわかった。

「どう思う?」彼はさらにもう一歩近づいた。「小島葵、俺たちはどうするべきだと思う?」

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