第2章
礼奈視点
私は彼にすべてを話した。あのネット動画のこと、太郎の手紙のこと、そしてあの電話のことも。
「なんてこった。あの子、本当にそんなことを?」
「あの子、私たちが離婚すると思ってるのよ。正直なところ、あながち間違ってないかもしれないけど」
健一は椅子の背にもたれかかると、急に老け込んだように見えた。「で、どうする?」
「さあね。そのくだらない番組に出て、カメラの前で晒し者になるってのはどう? 機械なんかが八年間の問題を解決してくれるふりをしながらね」
「もし、うまくいかなかったら?」
私は彼を真っ直ぐに見つめた。「その時は離婚よ。でも少なくとも、太郎には私たちが手を尽くしたことは伝わるはず」
健一は長い間黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。「わかった。もう一度だけ、試してみよう」
もう一度だけ。その言葉はまるで、瀕死の動物への最後の慈悲のように響いた。
「明日、連絡しておくわ」
「礼奈?」
「なに?」
「すまない。こんなことになって」
一瞬だけ、かつての彼の姿が重なった。ベッドまでコーヒーを持ってきてくれたり、夕食を作っている最中のキッチンで私と踊ったりしていた頃の彼が。
「私こそ、ごめんなさい」
でも、太郎の様子を見に二階へ上がりながら、私は悟っていた。「ごめんなさい」という言葉だけでは、もう私たちの関係を修復できないのだと。
土曜の午後、私たちは今までで一番奇妙な場所にいた。そのテレビスタジオは、バラエティ番組のセットと診療所を掛け合わせたような異様な空間だった。所狭しと並ぶ眩しすぎる照明、キャスター付きのカメラ、そして中央には安っぽいSF映画から飛び出してきたような巨大な金属製の機械が鎮座している。
「いらっしゃいませ!」
司会の桜庭絵里という女性が弾むように近づいてくる。目がくらむほど白い歯、作り物めいた完璧な笑顔。「鈴木さんご夫妻ですね!お二人の愛の再発見をお手伝いできるなんて、私たちもワクワクしています!」
健一と私は、気まずい合コンにいる中学生みたいに、互いに目を合わせようとしなかった。まるで偶然同じ場所に居合わせただけの、赤の他人のようだ。
「さて、始める前に」桜庭絵里はさえずるように言った。「何千組ものカップルが、この『読心技術』によって絆を取り戻しているんですよ。お互いの心の奥底を覗き見ることで、お二人の関係は劇的に変わるはずです!」
ああ、信じられるものなら信じたかった。魔法の杖を振るみたいに、機械一つで八年間の傷や失望を帳消しにできるなら、どんなにいいか。でも、健一の顔に張り付いた疑念の色を見ていると、私たちはただ太郎のために義務を果たしているだけなのだと痛感させられた。
二十代前半の緊張した様子のアシスタントが、歯医者にあるような椅子へと私たちを案内した。それぞれの椅子の頭上には、メインコンピューターへと続く無数の配線が繋がれた、金属製のヘルメットがぶら下がっている。
「リラックスしてくださいね」技師は言いながら、私の頭にヘルメットを下ろした。重くて冷たい。「痛みは全くありません。数分後には、お互いの思考や感情が画面に表示されますから」
私は健一をちらりと見た。ヘルメットを被った彼は滑稽で、どこかの宇宙人のようだ。半年前なら、思わず吹き出していただろうに。
「心の真実を知る準備はいいですか?」桜庭絵里が大げさな演技がかった声で尋ねる。
技師がコンソールに向かう。「スキャン開始まで、3……2……1……」
私は目を閉じ、健一への愛おしい記憶を懸命に思い浮かべようとした。緊張のあまりシャツにワインをこぼしてしまった初デート。私がバージンロードを歩く姿を見て涙を流した結婚式。そして太郎が生まれた夜、私の手を握り締め、「君は俺が知る限り一番強い人だ」と言ってくれたあの時のことを。
お願い、うまくいって。私がどれほど傷ついているか、彼に見せてあげて。この怒りの奥底に、まだ彼への愛が残っていることを伝えて。
その時、黒板を爪で引っ掻くような音と死にかけの猫の悲鳴を合わせたような、耳をつんざく不快な音が響いた。機械のランプが一斉に赤く点滅し始め、メインコンソールから煙が立ち上った。
「何が起きてるんだ?」
ヘルメット越しに、健一のこもった声が聞こえる。
技師が半狂乱でボタンを連打する。「分かりません、こんなこと初めてです!」
「電源を切れ!」誰かが叫んだ。
あたりが静まり返った。私たちの思考を映し出すはずだった画面は、真っ暗なまま沈黙している。
私たちはヘルメットを脱ぎ捨て、顔を見合わせた。
「何か見えた?」と健一が訊く。
私は首を横に振った。「何も」
桜庭絵里が駆け寄ってきたが、その作り笑いは引きつっていた。「申し訳ございません!技術的なトラブルが発生してしまって……。装置がこんな誤作動を起こすなんて初めてなんです」
やっぱりね。奇跡の機械でさえ、私たちを救うことはできないんだ。
クリップボードを手にした、切羽詰まった様子のディレクターが飛んできた。「システムが完全にショートしてる。修理には最低でも一週間、いやもっとかかるな」
健一は立ち上がり、ジャケットの埃を払った。「それでおしまいか?無駄足だったってことか?」
「無駄なんかじゃありません!」桜庭絵里は言い張ったが、自分でも信じていないような口ぶりだった。「運命というのは時に不可解なものです。今日はお二人が、すべてを体験するタイミングではなかったのかもしれません」
笑えてきた。
これが私たちの特効薬だったはずなのに。文字通り、目の前で爆発して消えてしまった。
家への帰路は沈黙に包まれていた。ラジオから流れる陽気なポップソングが、絶望感をいっそう際立たせるだけだった。
「まあ」駐車場に車を停めながら、健一が言った。「完全に時間の無駄だったな」
反論する気にもなれなかった。最後の望みをかけたテレビ番組は、番組として成立することさえできなかったのだから。
太郎が希望に満ちた顔で玄関まで走ってきた。「どうだった? お父さんとお母さんの心、見えた? これで仲良くなれる?」
私は膝をついて彼を抱きしめ、無理やり笑顔を作った。「装置が壊れちゃったのよ。だから、何も見えなかったの」
彼の小さな顔が曇った。「じゃあ、まだ悲しいままなの?」
私は健一を見上げた。一瞬、私たちは互いを真剣に見つめ合ったが、そこに見えたのは、私自身と同じ疲労の色だけだった。
「努力は続けるよ、太郎」健一が静かに言った。
だがその夜、太郎をベッドに寝かしつけ、お母さんとお父さんがまた幸せになれますようにと祈る小さな声を聞いた時――。
もう無理だ。何も変わらないのに、努力すればなんとかなるふりをするのは、もう限界だった。
太郎の部屋の外、廊下でドアノブに手をかけたまま、私はある決断を下した。それは私を打ちのめすはずの決断だったが、不思議と安堵感しか覚えなかった。
明日、離婚弁護士に電話しよう。
ごめんね、太郎。うまくいかなくて、本当にごめんなさい。
あの装置が私たちを見捨てたように、私たちも互いを見捨ててしまった。あとは、あの子が永遠だと思っていたものをすべて引き裂きながら、いかに優しくあの子の心を砕くか、それだけを考えなければならない。
私は寝室へ行き、ドアを閉めた。ここ数ヶ月、一人きりで眠っている部屋だ。明日になれば、弁護士とのやり取りや親権の話し合い、そして八年間の共有財産を段ボール箱に詰めて財産分与の書類を整理する作業が待っている。
終わりを受け入れることだけが、残された唯一の誠実さであることもあるのだ。
