第3章
健一視点
目覚めは最悪だった。
そう表現するしかなかった。目を開ける前から、何もかもがおかしい。マットレスは柔らかすぎるし、枕からは礼奈のシャンプーの香りがする。それに体が軽い。一晩で20キロも痩せたような感覚だ。
顔をこすろうと手を伸ばして、俺は凍りついた。
手が小さい。華奢だ。指はほっそりとしていて、きれいに切りそろえられた爪には、礼奈がいつもしているヌードカラーのマニキュアが塗られている。俺は手のひらを返し、光を受けて艶めく爪を見つめた。
勢いよく起き上がり、自分の体を見下ろす。腹筋がない。それどころか、胸がある。小ぶりだが、礼奈の古いTシャツの下に確かな膨らみがあった。
嘘だろ。まさか、そんな。
俺は鏡の前によろめいた。礼奈の顔がこちらを見返している。緑の瞳を大きく見開き、口をぽかんと開けている。頬に触れ、唇に触れる。何もかもが滑らかで、柔らかくて、間違っている。
「うそ、うそ、うそ」
声も礼奈のものだった。
廊下の向こうから、何かが倒れるような音がした。
「健一?」
俺の声だ。だが、礼奈の方から聞こえてきた。
廊下に飛び出すと、そこに「俺」がいた。俺の体に入った礼奈が、自分の手を見つめている。
「健一?」彼女は俺の目で俺を見上げた。
「礼奈?」
二人同時に叫んだ。
「あなたが私の体にいる!」
「一体どうなってるんだ?」
「装置よ、あの機械のせいだわ!」
俺は彼女の肩を掴んだが、自分の体を自分で触っているというあまりの奇妙さに、すぐに手を離した。「どうしてこんなことが? 現実でこんなことが起こるわけないだろ!」
「分からないわよ!」彼女はうろうろと歩き回った。俺の長い脚が廊下を大股で移動していく。「昨日、機械が壊れたでしょう。それで私たち……私たち……」
「番組に電話だ。今すぐ」俺は彼女の脇をすり抜け、テーブルから自分のスマホを掴み取った。
コール音が二回、そして録音メッセージが流れた。「お電話ありがとうございます。『心が読めるんです!』制作部です。恐れ入りますが、ただいま営業時間外となっております。営業時間は平日の午前9時から午後6時までとなっております。お急ぎでない場合は、営業時間内に改めてお電話いただけますでしょうか。ご不便をおかけして申し訳ございません」
「くそっ!」俺はスマホをソファーに投げつけた。「休みだ」
「今日は日曜日だもの」礼奈が静かに言った。彼女は入り口に立ち、俺の体に宿ったまま途方に暮れていた。俺の古いジム用の短パンが腰パン気味に下がっている。腰の位置が……いや、今はどうでもいい。
「じゃあ月曜までこのままってことか?」
「そうなるわね」
俺たちは顔を見合わせた。俺自身の顔が、俺が感じているのと同じ恐怖を浮かべてこちらを見返している。
太郎の部屋のドアがきしむ音を立てて開いた。
「お母さん? お父さん? なんで叫んでるの?」
俺は振り返った。6歳になる息子が、目をこすりながら立っていた。パジャマはしわくちゃだ。彼は礼奈を見て、次に俺を見て、顔をしかめた。
「お母さん、なんか変だよ」
俺は口を開いたが、声が出なかった。どうすれば礼奈のように話せるんだ? 俺は咳払いをし、声をできるだけ柔らかくしようと試みた。「だい……大丈夫よ、太郎。ちょっと疲れてるだけ」
太郎は近づいてきて、小首をかしげた。「顔が変だよ。それに、お母さん、なんでそんな立ち方してるの?」
俺は自分を見た。ポケットに手を突っ込み、肩を張り、足を広げて仁王立ちしていた。いつもの俺の癖だが、礼奈の姿でやると完全にアウトだ。
「二人とも、ちょっと体調が優れないのよ」礼奈が俺の声で言った。その声はあまりに優しすぎた。俺は太郎にあんな話し方はしない。「朝ごはんを作るから、向こうでアニメでも見てね」
太郎はゆっくりと頷いたが、じっと俺たちを見つめ続けていた。
彼がリビングに行ったのを見計らって、俺は電話の横にあるメモ帳を掴んだ。礼奈の字だ。やることリストが書いてある。
「日曜のタスク、
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お父さんの薬を受け取る
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昼食の準備
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2時から太郎のピアノの練習
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洗濯
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来週のお弁当の仕込み」
「なんだこれは?」俺はリストを掲げて見せた。
礼奈は俺の顔でため息をついた。「それが私の日曜日。毎週そうよ」
「毎週こんなことやってるのか?」
「毎週ね」
俺はリストを見つめた。5つの項目。一日を完全に食いつぶす5つの大仕事だ。いつ休むんだ? いつ自分のことをするんだ?
「お父さんの薬を取りに行かなきゃ」礼奈が言った。
俺は玄関の下駄箱の上から礼奈のバッグを掴んだ。中には小さな手帳が入っていた。開いてみて、胃が重くなった。
何ページにもわたるメモ。通院の予約。服薬スケジュール。食事制限。親父は糖尿病と高血圧を患っていて、6種類もの薬を飲んでいた。俺はそのことを何一つ知らなかった。
礼奈はずっとこれを管理していたのだ。何年も。
「俺が行く」と俺は言った。
日曜の朝8時半だというのに、病院の駐車場は満車だった。俺は礼奈の車の運転席に座り、この小さな手でハンドルを強く握りしめていた。ここまで運転してくるのは恐怖だった。シートも、ペダルも、アクセルを踏む足の重さも、何もかもが違っていたからだ。
院内に入ると、薬局の窓口まで長い列ができていた。自動販売機の横に車椅子を止めている親父を見つけた。
「やっと来たか」親父が俺を見上げた。「遅いぞ、礼奈。8時から待ってるんだ」
「すみません、お父さん」
「先生はもう他の患者を三人診たぞ。この調子じゃ午前中いっぱいかかる」
俺は反論を飲み込み、親父の車椅子を押して薬局の窓口へと向かった。薬剤師が処方箋の入った袋を手渡し、丁寧に説明してくれる。
「高血圧のお薬は一日二回、朝夕の食後に。コレステロールのお薬は夕食後。ビタミン剤は朝食後にお飲みください。いつもの通りですね」
「はい。ありがとうございます」
帰りの車中で、お父さんはずっと文句を垂れ流していた。交通渋滞のこと、背中が痛むこと、新しい医者が話を聞かないこと。俺は適当に相槌を打ちながら、叫び出さないように必死だった。
礼奈はこれを毎週やっているのか。迎えに行き、診察に付き添い、薬を受け取り、愚痴を聞く。
俺は彼女に、それが辛くないかと尋ねたことさえ一度もなかった。
帰宅すると、冷蔵庫にまたメモがあった。「正午にお母さんが来る。昼食の用意をしておくこと」
肉じゃがなんて、人生で一度も作ったことがない。
俺はスマホを取り出し、「肉じゃが 作り方」と検索しながら、冷蔵庫から食材を引っ張り出した。牛肉、人参、ジャガイモ、玉ねぎ。ジャガイモの皮を剥き始めた瞬間、ピーラーで親指を切ってしまった。
「くそっ!」血が滲んでくる。俺は親指を口に含んだ。この小さな手。その動かし方に、俺はまだ慣れていなかった。
「礼奈?」玄関からお母さんの声がした。当然のように合鍵を持っている。「少し早いけど、食卓に飾るお花を持ってきたわよ!」
俺は親指にキッチンペーパーを巻き付け、出迎えに向かった。お母さんはバラの花束を抱えて玄関に立ち、すでに粗探しをするような目つきで家を見回していた。
「あ……こんにちは、お母さん」
彼女は俺の横を通り過ぎて台所に入ると、まな板の上に視線を固定した。「まあ、礼奈。見てちょうだい、このジャガイモ。大きさがバラバラじゃないの。これじゃあ火の通りが均一にならないわよ」
「切り直します」
「あなた、広告代理会社にお勤めでしょう? 図形の基本くらいわかるはずよね」彼女はジャガイモの欠片をつまみ上げて見せた。「お隣の植田さんなんだけどね、お嫁さんが外科医なのよ。十二時間シフトで働いているのに、日曜には完璧な昼食を作るんだって」
カッとして全身に熱が走った。「私だって一日中働いています。それに、お父さんの通院の管理も、太郎の世話も、この家のことも全部やってるんです」
お母さんが目を丸くした。「なんだって?」
「聞こえたはずです。私は家政婦じゃありません。あなたの息子の妻です。健一の稼ぎがなくたって生きていけるだけの収入もあります。私を見下すような扱いは、もううんざりなんです」
「親に向かってなんて口を!」お母さんの手が素早く振り上げられ、俺の顔を狙った。
俺はその手首を空中で掴んだ。二人とも動きが止まった。
「知代」リビングからお父さんの声がした。弱々しいが、断固とした口調だった。「もういい」
お母さんは手首を振りほどくと、怒ってリビングへ行ってしまった。お父さんに向かって大声で話しているのが聞こえる。おそらく、俺がいかに酷い嫁かということを訴えているのだろう。俺は動けなかった。作りかけのジャガイモを見つめたまま、台所で立ち尽くしていた。
彼女は俺を殴ろうとした。
彼女は、礼奈を殴ろうとしたんだ。
これが、礼奈が毎週耐えていることなのか。それなのに俺は、「お前は神経質すぎる」と言っていたのか。
ああ、なんてことだ。
その日の夜十時になる頃には、俺はもう死にたくなっていた。
昼食を終え、お母さんは植田さんの嫁を褒めちぎりながら、料理の粗ばかり探していた。太郎をピアノの練習に連れて行き、洗濯機を三回回し、夕食を作り、太郎を風呂に入れ、寝る前の絵本を二冊読んだ。
今、俺はソファーに倒れ込んでいる。背中が痛い。足がずきずきする。料理のせいで手に三箇所も新しい切り傷ができ、親指はまだ痛む。
礼奈が階段を降りてきた。俺の体を使って、慎重に歩いている。
「ねえ」彼女が優しく声をかけた。
「ああ」
彼女は俺の隣に座った。お互いに触れようとはしなかった。
「無理だったよ」俺はようやく口を開いた。「肉じゃが、酷い出来だった」
「お母さんはいつもそうよ」
「わかってる」俺は彼女の方を向いた。俺自身の顔が、悲痛な表情でこちらを見返している。「今ならわかるよ」
「今日、何があったの?」
俺は全てを話した。病院のこと、お父さんの不満、お母さんの嫌味、そしてあわや平手打ちされそうになったこと。礼奈は口を挟まずに聞いていた。お母さんが手を上げたくだりで、彼女が奥歯を噛み締めるのが見えた。
「前にもされたことがあるわ」礼奈は静かに言った。
「知らなかった。礼奈、誓って言うよ、俺は知らなかったんだ」
「お母さんは酷い人だって言ったわ。でもあなたは、私が大げさだと言った」
「俺が間違ってた」声が震えた。「俺は大間違いをしていたんだ。何もかも」
沈黙が流れた。
「これが私の日常なの」礼奈がようやく言った。「八年間、あなたに伝えようとしてきたことなのよ」
俺は事態を悪化させていただけだった。彼女が助けを求めるたびに、俺は彼女を追い詰めていたんだ。
「ごめん」俺は囁いた。「本当にごめん」
彼女は頷いたが、何も言わなかった。何と言えばいい? ごめんじゃ足りない。俺が話を聞かず、見ようともせず、助けが必要かと聞く気遣いさえ見せなかった八年間は、謝罪だけじゃ埋まらない。
俺は膝を抱え込んだ。この小さな体は、俺の体では決してできないほど小さく丸まることができた。俺は泣いた。礼奈が俺の肩に手を置いた。普段は俺のものであるその大きな手の温もりを感じながら、涙が枯れるまで二人でそうして座っていた。
今夜、この静まり返った家で、俺はようやく理解した。
妻は多くを求めていたわけじゃなかった。それなのに俺は応えられなかった。来る日も来る日も、俺は夫失格だったんだ。
