第3章
三十歳の独身男性警官のアパートがどんなものか、誰かが知りたがっているとしたら、その答えはこうだ。牢獄みたいな部屋、ただし家賃はもっと高い。
「ここだ」賢治はそう言って、私に鍵を手渡した。まるで就職面接を控えているかのように緊張して見えた。
私はあたりを見回した。二〇〇八年頃に購入されたと思われるソファがひとつ。警察の訓練マニュアルの束が置かれたコーヒーテーブルがひとつ。壁にはテレビが取り付けられているが、その周りには何の装飾もない。キッチンには基本的な家電が揃っているが、実際に使われた形跡はなかった。
「賢治」私はゆっくりと口を開いた。「どこで食事してるの?」
「だいたいテイクアウトか、プロテインバーだな」
『私、世紀末映画の住人と結婚しちゃったんだ。このアパートで唯一個性があるものと言えば、冷蔵庫に貼られた写真の、彼とジャーマンシェパードだけ』
「その犬、あなたの?」私は写真を指さした。
「レックスだ。両親の家にいる。庭があった方が幸せだろうと思ってな」
初めて人間らしい一面が見えた。まだ希望はあるかもしれない。
「わかった」私はスーツケースを床に置いた。「じゃあ、私の荷物はどこに置けばいい?」
賢治は寝室の方を指さした。「クローゼットはかなり空いてる。俺は服をあまり持ってないから」
クローゼットのドアを開いた。彼の言った通りだった。同じ白いシャツが五枚、ジーンズが三本、スーツが二着、そして制服。それだけだった。
「賢治、これって変に聞こえるかもしれないけど……何か趣味とかあるの?ほら、楽しみのためにやることとか」
彼は考え込んだ。「ジムに行く。ニュースを見る。事件ファイルを読む」
「楽しみのために?」
「犯罪者に休みはないからな」
『私が結婚したのはバットマンだった。ただし、ウェイン邸のような財産はなく、面白いガジェットも持っていない。ただ、憂鬱になるほどの献身と、博物館のように空っぽのアパートがあるだけ』
「そうよね」私は言った。「えっと、いくつか持ってきたの。この場所を……明るくするものを」
二時間後、私がコーヒーテーブルにアロマキャンドルを並べているのを、賢治はまるで爆弾処理を見守るかのような表情で見ていた。
「それって……ピンクか?」
「コーラルサンセットよ。全然違うわ」
「でも結局ピンクでしょ」
「賢治、ピンク色に何か恨みでもあるの?」
「いや、ただ……今まで自分の部屋にピンク色のものを置いたことがなくて」
『あなたね、今まで自分のアパートに何色のものでも置いたことないでしょ。この部屋のカラーパレットといえば『監獄グレー』と『憂鬱ベージュ』だけよ』
私の仕事の一日はいつも通りに始まったが、自分が今や既婚女性であり、夫とは連絡を取り合うべきだということに気づいた。
午後二時、私は最初のメッセージを送った。
あき「ねえ、ハニー!💕 今日の調子はどう? 今夜、ディナーでもどうかなって思ってたんだけど。ブリッケルに新しくできたお寿司屋さん、イェルプのレビューがすごくいいの!🍣 どう思うか教えて! 愛してるぞ!😘」
三時間後、返信が来た。
賢治「K」
私は幻覚を見ていないか確かめるように、スマートフォンの画面を凝視した。
K。
ただ、K、と。
『こっちは絵文字三つ付きで四行も送ったのに、この男の返信はただの「K」。これってどういうつもり?それとも本気で「K」で十分だと思ってるの?』
私はもう一度試してみることにした。
あき「『K』っていうのは、寿司でいいてこと? それとも、忙しくて話せないってこと? 念のため確認したくて!🤔」
賢治「多忙」
完全な単語だ。進歩している。
あき「わかった! 時間ができたら教えてね。私は家でブログの記事を書いてるから。気をつけてね!💖」
賢治「👍」
絵文字がひとつ。彼は絵文字の使い方を覚えた! 世界で一番つまらない絵文字だけど、これは進歩だ。
午後八時、私のスマートフォンが震えた。メッセージの通知だ。
賢治「遅くなる。事件だ」
『三つの単語。これが夫の仕事について私が得られる情報のすべて。「事件」。何の事件? 麻薬の売人を逮捕してるの? それとも駐車違反の捜査? 彼は無事なの? いつ帰ってくるの?』
私は打ち込んだ。
あき「わかった! 気をつけてね! 冷蔵庫に残り物を取っておいたから。あとで甘いものが食べたくなったらアイスもあるわよ🍦 家に向かう時に連絡くれる? 愛してる!❤️」
返信はなかった。
午後十一時、鍵が錠で回る音が聞こえた。賢治が疲れ切った様子で静かに入ってきた。
「おかえり」私はソファから言った。「大丈夫?」
「ああ。長い一日だった」彼は冷蔵庫へ歩いていき、私が残しておいたタイ料理を見つけた。「夕飯、ありがとう」
「帰る時に連絡してってメッセージ、見てくれた?」
彼は動きを止めた。「すまない。携帯の電池が切れた」
『電池切れ。もちろんよね。それで三時間も返信がなかったわけね。でも、彼のコミュニケーション能力がコミュニケーション障害者並みなことの説明にはならないけど』
翌朝、私が目を覚ますと、賢治はもういなかった。ナイトスタンドにメモが置かれていた。
「早番だ。今夜戻る。――K」
「おはよう、ハニー」でもなければ、「良い一日を」でもない。普通の夫が書くようなことは何もない。ただ、警察の報告書のような事実情報だけ。名前まで英語のアルファベット一文字に省略して、私は確かにもう彼に日本語をしっかり教えてあげたはずよね?
私はそのメモの写真を撮り、グループチャットに送った。
あき「これが私の夫の『おはよう』の言い方📝😐」
マディソン「オーマイガー、アキ、ロマンスはどうなったの?」
アシュリー「少なくともメモは残してくれたじゃない? 私の元カレなんて三日間も姿を消したわよ」
テイラー「ハニー、彼を調教しないと。男なんて子犬みたいなものよ」
『彼を調教する。私の夫に基本的な人間のコミュニケーションを学ばせる調教を、子犬を躾けるみたいに。それって何のプレイよ?私はそんなの全然興味ないわよ!』











