第1章
夕暮れの陽光が和室の障子窓から差し込み、春風に乗って桜の花びらが舞い込み、畳の上に落ちていく。
私は床に正座して、三歳になる娘の小百合のおむつを替えている最中だった。
「お母さん、桜の花びら!」
小百合はぷくぷくとした小さな手を伸ばし、舞い踊る花びらを掴もうとしている。
「ただいま」
淳一郎の声は、どこか疲れているように聞こえた。
「お帰りなさい」
私はいつものように応えながらも、手は止めなかった。
「苗美」
淳一郎はスーツの上着を脱ぐと、どこか複雑な表情を浮かべた。
「話があるんだ……雪奈がアメリカから帰ってきた」
私の手は宙で止まり、おむつが滑り落ちそうになった。
「桐山が今夜、銀座で歓迎会を開くんだ」
彼の声は慎重だった。
「俺は誘われたんだが、君は……どうする?」
「行くわ」
私は不意に口を開いた。
実のところ、結婚してからはそういう集まりにはとんと顔を出していなかった。けれど、今回ばかりは、なぜだか行ってみたくなったのだ。
淳一郎は呆気に取られ、しばらくしてようやく言った。
「そうか。君もこういう会は久しぶりだな」
銀座の料亭の個室には、ほのかな白檀の香りが漂っていた。
私と淳一郎が部屋の襖を開けた瞬間、それまで賑やかだった談笑の声がぴたりと止んだ。
シャネルのスーツに身を包んだ一人の女性が、優雅に立ち上がる。滝のように肩まで垂れた長い髪、雪のように白い肌。
「淳一郎君、お久しぶりです」
早川雪奈の声は玉のように潤いがあり、標準的な京言葉の響きを帯びていた。
心臓が激しく脈打つのを感じた。
目の前の雪奈は芸術品のように美しく、立ち居振る舞いからは国際的な洗練された気品が漂っている。対する私は、地味な紺色の部屋着姿で、産後太りのせいで体型は見るからにずんぐりしていた。
淳一郎が私を紹介すると、雪奈の目にほとんど気づかないほどの一瞬の驚きがよぎった。
「こちらは……? 申し訳ありません、どなたかすぐには」
桐山慧が傍らでくすりと笑う。
「苗美さんも、ずいぶん……変わりましたからね」
頬が熱くなるのを感じた。
大学時代の45キロから今の60キロまで、私は確かに変わりすぎていた。
「苗美さんはすっかり良妻賢母という感じで、本当に羨ましいですわ」
雪奈は嫋やかに微笑む。その言葉は蜜のように甘いが、私の心には棘となって突き刺さった。
個室はあっという間に雪奈のオーラに満たされた。皆が彼女を囲み、アメリカでの三年間で成し遂げたこと——国際写真賞、ニューヨークでの個展、百万人のSNSフォロワー——について熱心に語り合っている。
「雪奈さんの作品はニューヨークのサザビーズで驚くべき価格で落札されたんですよ」
と、ある画廊のオーナーが感嘆の声を上げた。
「『アートニュース』が彼女のために表紙特集を組んだんだ」
と別の者が付け加える。
雪奈は優雅にジャケットを脱ぎ、精巧な真珠のネックレスを覗かせた。
「ここ数年外にいたことで、確かに視野は広がりました。アート投資、ファッションウィーク、国際的な展覧会……毎日が挑戦の連続でしたわ」
淳一郎は夢中になって聞き入り、その目には私が今まで一度も見たことのない光が宿っていた。賞賛のようでもあり、懐かしむようでもあり、そしてどこか……複雑な感情?
「君は外でずいぶん鍛えられたんだな」
彼の声には、明らかな感嘆の色が滲んでいた。
私は黙って隅に座り、まるで彼らとは別の世界に隔てられているかのようだった。
胸が苦しくなり、立ち上がって言った。
「少し、お手洗いに」
個室を出た瞬間、ようやく自由に呼吸ができた気がした。
春の夜風は少し肌寒い。桜の花びらが夜の闇に舞っていた。テラスを通り過ぎようとした時、ふと聞き覚えのある声がした。
「彼女が淳一郎のために今まで嫁いでいないこと、知ってるだろ?」
桐山慧の声だ。低く抑えられている。
私は足を止め、壁の隅に隠れて聞き耳を立てた。
沈黙。長い沈黙。
それから、淳一郎の厳しい声が響いた。
「そういうことを言うな」
「三年前、彼女がアメリカ行きを選んだのは、淳一郎の結婚が受け入れられなかったからだ。今でも彼氏がいないっていうのも、淳一郎が原因だって噂だぜ!」
「もうやめろ!」
淳一郎が彼の言葉を遮った。
私が個室に戻ると、雪奈はちょうどスマートフォンの写真を見せているところだった。
「これがマンハッタンにある私のアトリエ」
彼女は囁くように言う。
「こっちはMOMAのオープニングセレモニーで、この写真は有名なキュレーターとのツーショット……」
淳一郎は彼女の隣に座り、一枚一枚の写真を熱心に見つめている。その眼差しは、私が見知らぬものに感じるほど優しかった。
雪奈は話が感極まったのか、目尻を赤く染め、そっと顔を背けた。
「この三年、時々、本当に孤独でした」
「大変だったな」
淳一郎は囁くように言った。その声色には、私が聞いたこともないような優しさが含まれていた。
帰りのタクシーで、私は一人後部座席に座り、窓の外を舞う桜を眺めていた。
運転手はラジオをつけていて、柔らかなジャズが流れている。
淳一郎は仕事の処理があると、桐山慧と話し続けるために残ることを選んだ。
だが、彼が残った本当の理由は、私にはわかっていた。
彼はかつて雪奈を選ばなかったことを、後悔しているのだろうか?
