第2章
家のドアを開けると、リビングから聞き慣れた叱責の声が聞こえてきた。
「苗美、こちらへ」
姑が畳の上に正座しており、その顔は水のように冷たく沈んでいる。
茶器は整然と並べられているが、空気には粛殺の気が満ちていた。
私の心臓は、一瞬にしてずしりと沈んだ。
「今夜、あなたは外出して小百合ちゃんをベビーシッターに預けたそうね。一体どういうつもり?」
その声は氷のように冷たい。
「妻として、母として、それ相応の覚悟を持つべきです」
「申し訳ありません、お義母様。淳一郎さんの友人との集まりでしたので、私は……」
「何が『私は』ですって?」
義妹がキッチンから出てきた。手には熱いお茶を持ち、口元には笑っているのかいないのか分からないような表情を浮かべている。
「お義姉さん、その服だとすごく太って見えますね。よくそんな格好で出かける勇気がありましたね」
彼女はわざと間を置き、私を上から下まで値踏みするように見つめた。
「今でもそんな華やかな世界の集まりに参加する気があるなんて、まだ自分が大学生の頃のつもりでいるんじゃないですか?」
私の頬が、瞬く間に熱くなった。
義妹の言葉が、鋭い刃のように心臓に突き刺さる。
45キロから60キロへ。青春の美少女から肥えた主婦へ。私は確かに、自分でも誰だか分からなくなってしまっていた。
「苗美」
姑の声が、さらに厳しくなる。
「女の最も重要な務めは夫を支え、子を育てること。あなたの本分を忘れないでちょうだい」
「はい」
私は俯いて応えた。その声は蚊の鳴くようにか細かった。
深夜、私はぼんやりと身を起こすと、淳一郎のいた場所が空になっていることに気づいた。
ベッドにはまだ彼の体温が残っている。ついさっきまでここにいたのだろう。
小百合が再び寝入った後、ベランダから微かな物音が聞こえた。
引き戸の隙間から、淳一郎の姿が見える。
彼は煙草を吸っていた。携帯のスクリーンが、暗闇の中で弱々しい青い光を放っている。
私は抜き足差し足でベランダのドアに近づき、その細い隙間から盗み見た。
携帯の画面にはInstagramのインターフェースが表示されており、雪奈の写真が画面全体を埋め尽くしていた。
彼女は黒いイブニングドレスを身にまとい、ニューヨーク近代美術館の前に立って、花のように爛漫な笑みを浮かべている。
淳一郎の親指がスクリーンを優しく撫でている。まるで彼女の頬に触れているかのように。
私の心臓は激しく脈打ち、血が頭に上った。
彼は次の写真にスワイプした——アトリエで絵を描く雪奈の横顔。真剣で、優雅だ。
それからカフェで読書する写真、セントラルパークを朝ランする姿……。
どの写真でも彼は長い時間留まり、その眼差しはまるで世界で最も貴重な芸術品を凝視しているかのようだった。
これは、私の見たことのない淳一郎だった。
優しく、真剣で、渇望に満ちている。
その時、彼は何かに気づき、不意に振り返った。
私たちの視線が、夜の闇の中で交錯する。
淳一郎は素早く携帯をしまい、煙草の火を消した。その顔に、一瞬の狼狽がよぎる。
「どうして起きてるんだ?」
彼の声はどこか不自然だった。
「小百合がミルクを欲しがって」
私は平静を保とうと努めた。
「あなたこそ……眠れないの?」
「仕事のことだ」
彼は視線を逸らす。
「明日、美術館でキュレーションの会議があるんだ」
私たちはそうして見つめ合ったまま、空気には息が詰まるような匂いが立ち込めていた。
「じゃあ、早く休んで」
私は踵を返し、部屋の中へ向かった。
「苗美」
背後から彼が私を呼び止める。
私は足を止め、彼に背を向けたままだった。
「お疲れ様」
彼の声はとても軽く、まるで遠くから聞こえてくるようだった。
「疲れてないわ」
私は答えた。その声は自分でも驚くほど平坦だった。
ベッドに戻り、私は目を見開いて天井を見つめた。
窓の外では夜桜が揺れ、まだらな影を落としている。
淳一郎はすぐにベッドに戻り、私に背を向けて横になった。彼の呼吸はすぐに穏やかになったが、眠っていないことは分かっていた。
私も、眠ってはいなかった。
結婚して三年、同じベッドでそれぞれの想いを抱き、これほどまでに心が離れたのは、これが初めてだった。
翌朝、春の日差しが格子窓から和室のダイニングに差し込み、畳の上にまだらな光の影を落としていた。
私は淳一郎のために朝食を準備していた——味噌汁、焼き鮭、大根の漬物、そして白米。すべてが整然と並べられている。
小百合は子供用の椅子に座り、小さな手でご飯を掴んで口に運んでいる。
淳一郎はきっちりとした紺色のスーツを着て、座卓の前に座っていた。その顔には、私が久しく見ていなかった興奮の表情が浮かんでいる。
「苗美、いいニュースがあるんだ」
彼の目はまるで宝くじにでも当たったかのように輝いていた。
「美術館が、雪奈の個展を開くことを決定した! 今年の秋の最重要展覧会プロジェクトになるぞ」
私の手の中の箸が、宙で止まった。
「個展?」
私は平静を装って尋ねた。
「彼女、アメリカから帰ってきたばかりじゃない。その決定、少し急すぎない?」
「急すぎる?」
淳一郎は眉をひそめ、語気が苛立ち始めた。
「雪奈の国際的なアート界での名声は、君も昨夜見ただろう。ニューヨークでの展覧会の成功、権威あるメディアの報道、コレクターたちの熱狂……。あんなアーティストがうちの美術館で展覧会を開いてくれるなんて、またとない栄誉なんだぞ!」
「でも、美術館の展覧会計画って、厳格な委員会での審議が必要なんじゃないの?」
私はさらに問い詰める。
「それに、彼女の作風が本当に美術館の方向性に合っているのか……」
「もういい!」
淳一郎が突然テーブルを叩き、食器が耳障りな音を立ててぶつかった。小百合は驚いてわっと泣き出す。
彼の顔色は曇り、眼差しは氷のように冷たくなった。
「君のようなただの主婦に、芸術の何が分かる! 他人の言うことなんかで嫉妬して、勝手な憶測をするのはやめろ! 雪奈の芸術的価値が君に理解できるのか?」
私は彼の唐突な激昂に呆然とした。
「私はただ……」
私はできるだけ冷静に説明しようとした。
「君が何だって?」
彼は冷笑した。
「俺が個人的な感情で専門的な判断を左右したとでも? 苗美、そういうくだらない疑いは捨てて、しっかり子供の面倒を見て家事でもしてろ!」
そう言うと、彼は立ち上がり、朝食も食べ終えずに去って行った。
私はその場に座り込み、テーブルに散らばった米粒と飛び散った味噌汁を見つめながら、心の底から冷え切っていくのを感じた。
淳一郎が去った後、私はまだ泣いている小百合を抱いて寝室に戻った。
化粧台の前の鏡が、今の私の姿を容赦なく映し出している——乱れた髪、むくんだ顔、だらしないパジャマの下から微かに見える贅肉。
60キロの私と、鏡の中のこの疲れ切ってむくんだ女が重なる。
私は小百合を下ろし、ゆっくりと鏡に近づき、手で自分の頬を撫でた。
いつから、私はこんな風になってしまったのだろう?
記憶の中の光景が、突然蘇る——大学時代の私。45キロ、柳のように細い腰。白いワンピースを着て、早稲田大学の桜の木の下に立っていた。
あの頃の私は自信に満ちて美しく、文芸サークルの華で、数えきれないほどの男子学生が私に夢中だった。
淳一郎も、その一人だった。
彼はかつて、優しく私に言った。
「苗美、君は僕が会った中で一番美しい女性だ」
あの頃の彼の眼差しは澄み切って誠実で、一片の偽りもなかった。
私は化粧台の引き出しに目をやり、大学時代の写真を取り出した。写真の中の私は爛漫な笑顔で、目には光があり、全身から青春の活力が溢れていた。
そして今……。
私は再び鏡に目を向ける。そこにいるのは、生活に角を削り取られた中年女性。眼差しはくすみ、口角は下がり、全身から諦めの気配が漂っている。
「これがあなたなの、苗美?」
私は鏡に向かって小声で自問した。
強烈な自己嫌悪が潮のように押し寄せる。しかしその直後、もっと強い悔しさと怒りが心の中で燃え始めた。
どうして? どうして私がこんな風にならなければならないの?
どうして雪奈は海外で輝くことができて、私はこの家に閉じ込められ、姑に叱られ、夫に見下され、基本的な尊厳さえないの?
私は拳を握りしめた。爪が掌に深く食い込む。
「いや、こんなままじゃ嫌」
私は鏡に向かって、きっぱりと言い放った。
夜。
淳一郎はすでに身支度を終え、ベッドに横になって携帯を見ていた。また雪奈のSNSを眺めているのだと分かっていたが、今回は盗み見るのではなく、直接口を開いた。
「淳一郎さん、少し話があるの」
彼は顔も上げずに答える。
「何を話すことがある?」
「結婚した時の約束、覚えてる?」
私は深く息を吸った。
「小百合が大きくなったら、家を出て独立して暮らそうって」
その時、彼はようやく携帯を下ろし、こちらを向いた。その眼差しには、明らかな苛立ちが浮かんでいる。
「今更、何でそんな話を?」
「小百合はもう三歳よ」
私は平静を保とうと努めた。
「そろそろ約束を果たす時だと思う。私たちだけの家族の空間が欲しいの。あなたのお母さんや妹さんが……」
淳一郎は数秒黙った後、冷笑した。
「苗美、君は家で大人しく子供の面倒だけ見ていられないのか? そんなくだらないことを考えずに」
「ずっと家にいたくない。私だって仕事を探せるし、私……」
「仕事?」
彼の笑い声はさらに耳障りになり、私の言葉を遮った。
「君にどんな仕事ができる? 三年も職歴のない主婦が、洗濯と食事の支度と子育て以外に何ができるって言うんだ?」
一言一言が、ナイフのように私の心を切り裂いた。
「それに」
彼の口調はさらに残酷になった。
「今の君は、まるでテレビに出てくるヒステリックな主婦みたいだ。疑心暗鬼で、理不尽なことばかり言う。そんな状態で仕事? 誰が雇ってくれるんだ?」
胸が詰まるのを感じたが、それでも私は言い張った。
「理不尽なんかじゃない。ただ、私たちの結婚が元の軌道に戻ってほしいだけ。雪奈さんのことだって……」
「黙れ!」
彼は勢いよく身を起こし、その眼差しは危険な色を帯びた。
「また雪奈か? 苗美、一体何が言いたいんだ?」
「あなたが彼女の写真を見てるのを見たの」
私はついに心の中の言葉を口にした。
「昨夜も、今朝の展覧会に対するあなたの態度も……」
淳一郎の顔色は瞬時に青ざめ、それから皮肉に満ちた冷笑を浮かべた。
「雪奈のこと?」
彼の声は低く、脅威に満ちていた。
「俺たちが本当に何かあったなら、とっくの昔にそうなってる。君が心配するまでもない」
その言葉は、雷に打たれたように私の心臓を貫いた。
彼は氷のような口調で続けた。
「自分の立場をわきまえろ、苗美。君は俺の妻で、子供の母親だ。お前が干渉するに値しないことに、口出ししようとするな」
「小百合の面倒をしっかり見て、自分の本分を全うしろ。俺の家族の悪口も言うな。それ以外のことは、お前が気にすることじゃない」
