第2章

友里子視点

 その場に立ち尽くした私は、全身が凍りつくようだった。骨の髄まで、刺すような寒気が染み渡っていく。

 牧人の友人たちが、好奇の目で私をチラリと見た。牧人は彼らに手を振り、先に行くよう促す。

「俺、もう行くわ。じゃあな」

 牧人がゆっくりと私の方へ歩いてくる。まるで、赤の他人によるように。

 彼が目の前に立った時、喉が詰まって言葉ひとつ出てこなかった。

「……行くよ」

 彼は低く呟いた。

 二ブロックほど、私たちは無言で歩いた。私は彼が説明してくれるのを待っていた。「冗談だよ」と言ってくれるのを、あるいは、何か言葉をかけてくれるのを。

 だが、彼は何も言わなかった。

「どうして?」

 ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。

「どうしてあの子たちに、私が家政婦だなんて言ったの?」

 牧人は、深いあきらめを含んだため息をついた。

「母さんさ、もう学校に迎えに来ないでくんない?」

「……え?」

「自分の格好、見てみろよ」

 彼はあいまいに私を指差した。

「服は古くてシワシワだし、髪もボサボサ。夏希さんはいつも綺麗にしてるし、化粧だってしてる。いい服着て、いい匂いもするんだ」

「こんな母さんで、俺、恥ずかしいよ」

 牧人はそう言い捨てた。

 その言葉は鈍器のように心臓を殴りつけた。『こんな母さんで、恥ずかしい』。そのフレーズが脳内で何度も反響し、そのたびに胸が切り裂かれるようだった。

 私は強く瞬きをした。目頭が熱く焼けるようだ。人前で取り乱したくなくて、何も言えなかった。

 自宅のある通りに差し掛かった頃、私は努めて声を平坦にした。

「牧人、さっきのことだけど」

 返事はない。

「友達の前で、私のこと家政婦って呼んだわよね」

「何言ったかは分かってるよ」

 胸が締め付けられる。

「どうしてあんな――」

「恥ずかしいからだよ!」

 彼は勢いよく振り返った。顔が真っ赤だった。

 私は足を止めた。

「私はあなたの母親よ」

「そうだけど、その恰好……」

 彼はまた私を指差した。その口調には、隠そうともしない軽蔑が滲んでいた。

「母さん、いつも疲れ切った顔してるじゃん」

 涙が一雫、頬を伝った。

 私は急いで顔を背け、手の甲でそれを拭った。

 帰宅すると、牧人は自室へ直行した。私はリビングに立ち尽くし、廊下の鏡に映る自分の姿を見つめた。乱れたポニーテール、ノーメイク、三日連続で着ている古びたカーディガン。

 これが、今の私の姿なの?

 ソファーに座り込むと、両手の震えが止まらなかった。膝の上で手を組み、必死に抑え込む。

 自分の息子に恥じられ、母親として認められるよりも、赤の他人として扱われる方がマシだなんて。

 また新たな涙が込み上げてきた。

 その時、玄関のドアが開いた。

 私は慌てて袖で顔を拭き、立ち上がって平静を装った。

 元木が入ってきた。片手にはスマホ。私を見上げても、指は画面の上で忙しく動き続けている。

「早いな」

 と彼が言った。

「牧人を迎えに行ってたの」

「ふうん」彼はスマホを置いた。

「そっか……よかったな」

 しばしの沈黙。元木は牧人の部屋をチラリと見て、また私に向き直った。

「実はさ」彼の目が輝いた。

「ちょうどよかった。話があるんだ」

 心がすうっと冷えていく予感がした。

 元木は私の向かいに座った。

「牧人にいいチャンスがあってさ」彼は話し始めた。

「海外のプログラムなんだけど、カナダの田舎で三ヶ月過ごすっていう」

「教育的にもすごくいいし」元木は続ける。

「主な内容はアウトドアとかチームビルディングとか。あいつの成長にすごくプラスになるはずだ」

「三ヶ月」

 私は繰り返した。

「期間は少し長いように聞こえるかもしれないけど、でも――」

「その話、いつ出たの?」

 元木はパチクリと瞬きをした。

「え?」

「牧人はいつ、そのプログラムのことをあなたに話したの?」

「数週間前かな」

 彼は何でもないことのように言った。

「二人でずっと調べてたんだよ」

 私は牧人の部屋のドアを睨んだ。

「牧人! ちょっと来て」

 ドアが開く。

 牧人はゆっくりとリビングに入ってきた。私とは目を合わせない。

「お父さんから聞いたわよ」私は言った。

「カナダのプログラムのこと」

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