第8章

元木視点

 元木は、テーブルの向かいで友里子がコーヒーをかき混ぜる様子をじっと見つめていた。

 弁護士事務所の近くにある喫茶店。二人の間には離婚届が置かれているが、まだ手つかずのままだ。

「俺はサインしないぞ」

 元木がそう言うのは、これが三度目だった。

 友里子は顔も上げずに答える。

「もうここに一時間もいるのよ」

「構うもんか。俺は俺たちを諦めない」

「私たちの間に、もう『私たち』なんて存在しないわ」

 元木は奥歯を噛みしめた。反論しようと口を開きかけたその時、友里子の表情が一変した。

 彼女は元木の背後、入り口の方角を見つめている。

 元木は振り返った。

 背の...

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