第1章
大学生物保全学科の実習チームは、富士山近くの自然保護区で絶滅危惧種の蝶の活動を記録していた。
私、鈴木智菜は、翅に特殊な紋様を持つ一羽の蝶を夢中で観察していた。
「智菜、あのむらさきしあげ》を見たか?」
新川修司が眼鏡を押し上げ、満開の桜の木を指差した。彼はいつも最も美しい生物を見つけ出す天才だ。
私が答えようとしたその時、地面が突如として激しく揺れた。
「地震だ!」
丸石亮が叫ぶ。
「全員、開けた場所へ!」
私たちが動き始めた途端、山肌が崩れ落ちてきた。
激痛が走る。
鋭い石が私のふくらはぎを切り裂いた。足から血が流れ落ち、痛みで視界がぼやけていく。最後の記憶は、クラスメイトたちの恐怖に満ちた叫び声と、なおも空を舞う紫翅鳳蝶の姿だった。
再び目を開けた時、世界は一変していた。
私は奇妙な六角形のカプセルの中に横たわっており、空気中には甘ったるい匂いが立ち込めている。起き上がろうとすると、自分の脚が透明なゲル状の物質で覆われていることに気づいた。
「人類、目覚めた」
声が聞こえ、そちらへ顔を向けると、複眼と触角を持つ生物が私を見つめていることに気づき、恐怖に息を呑んだ。
その生物は人間のような体つきをしていたが、頭部は完全に昆虫のもので、触角には精巧な金属の飾りがつけられていた。
本能的に悲鳴を上げようとしたが、喉が渇ききっていて声が出ない。
「怖がるな、人類」
その生物は精緻な和紙の手袋をはめた手を伸ばし、和菓子を一つ差し出してきた。
「安全、ここで」
その言葉はたどたどしかったが、不思議なことに私はその意味を理解できた。
私は警戒しながら相手を睨みつけ、食べ物は受け取らなかった。
「私のクラスメイトはどこ?」
その質問に、相手の触角が興奮したように震えた。
「人間、古代語を話す!」
そいつは、より複雑な触角の飾りをつけた別の個体に向き直り、ブーンというような音を発した。
奴らが交信している隙に、私は素早く周囲を見渡した。ここはまるで蜂の巣のような建築物で、壁は有機的な曲線を描き、天井からは発光する水晶体が吊り下げられている。
少し離れた場所に、いくつかの透明な展示ケースが私の注意を引いた――中には、華やかな和服を着た人間が、まるで展示品のように微動だにせず立っている。
氷水のような恐怖が、全身を駆け巡った。
最初の生物がこちらへ向き直り、私が理解できるものの聞いたことのない、奇妙な日本語で言った。
「人間国宝、特別な存在。新和暦1055年、人間は絶滅危惧種」
新和暦1055年? 人類が、絶滅危惧種?
私の脳は、その情報を受け入れることを拒絶した。
まさか私たちは時空を超え、千年後の未来に来てしまったというの?
数体の虫族の研究者たちが周りに集まり、触角で私の皮膚にそっと触れ、愉悦に満ちたフェロモンを放出した。
水晶の触角飾りをつけた一匹が、何かの装置を取り出し、私の身体データを測定し始めた。
「やめて!」
私はもがいて彼らを突き飛ばそうとしたが、刺激臭のある気体が顔に吹きかけられ、一瞬で目眩がした。
次に目覚めた時、私はもっと小さな部屋にいて、脚の傷を水晶の触角飾りをつけた虫族に手当てされていた。
「痛っ!」
何かの薬を傷口に塗られた時、焼けるような激痛に思わず声を上げた。
水晶の触角の虫族は、なだめるような羽音を立て、桜の香りがするピンク色の液体が入った杯を差し出してきた。喉の渇きが警戒心に勝ち、私は恐る恐る一口啜る――それは、意外なほど甘く爽やかだった。
「蜂蜜、好きですか?」
虫族は尋ねた。
私は答えず、黙って部屋の構造を観察し、考えられる逃走経路を記憶に刻む。左側の出口はより大きな空間へ、右側は狭く長い廊下へと続いているようだ。
手当てが終わると、私は最初に会ったあの虫族に連れて行かれた。その和紙の手袋が、灯りの下で柔らかな光沢を放っている。
「あなたの名前は?」
私は探るように尋ねた。
「カギリ」
その触角がかすかに震える。
「人間、名前は?」
「鈴木智菜」
私は簡潔に答えた。
「私のクラスメイトはどこ?」
カギリの触角が軽く震えた。
「見せてあげる」
私はカギリに従って、いくつかの蜂の巣状の通路を通り抜けた。一歩進むごとに、慎重にルートを記憶していく。途中、奇妙な液体で満たされた巨大な容器がいくつかあり、中には和服や刀、茶器といった様々な人類の文化遺産が浮かんでいた。
やがて、私たちは巨大な円形の空間にたどり着いた。そこには、数十個の半透明な蜂蜜状の栄養槽が並べられていた。
心臓が早鐘を打つ――私のクラスメイトたちが、そこにいた。それぞれが個別の栄養槽に収容され、眠っているように見える。
「みんな!」
私は一番近くにあった栄養槽に駆け寄った。中には、クラス委員長の丸石亮がいる。
カギリが何かの制御装置を押すと、栄養槽がゆっくりと開き、丸石亮が目を開けた。
「智菜?」
彼は少し戸惑っているようだったが、すぐに意識がはっきりしたようだ。
「ここはどこだ? あの……虫みたいな奴らは何なんだ?」
「どうやら私たちは未来に飛ばされたみたい」
私は声を潜めて素早く説明した。
「人類は絶滅危惧種になって、虫族に飼育されてる」
意外なことに、丸石亮は聞き終えると、あっけらかんとした表情で笑った。
「絶滅危惧種? それって最高じゃないか。畳に温泉風呂まであって、気温は春みたいに二十六度。東京の狭いアパートに比べたら、ここは五つ星ホテルだぞ」
私は衝撃を受けて彼を見つめた。
「正気なの? 私たちは囚われてるのよ!」
さらに多くの栄養槽が開き、他のクラスメイトたちも次々と目を覚ます。山田桜子は栄養槽から出ると、すでに精巧な和服に着替えさせられ、髪も綺麗に結い上げられていた。
「うふふ」
山田は顔を覆うが、口元の笑みは隠せていない。
「あの虫族さんたち、ずっと私を見てる。もしかして、昔の浮世絵の美人みたいだって思ってるのかしら?」
木村健に至っては、まっすぐ脇の食料エリアへ向かい、和菓子を掴んで食べ始めた。
「試験もなくて食事も宿も提供してくれるなんて、桜のお茶に伝統菓子まで。まるで天国じゃないか!」
自分の耳が信じられなかった。
「みんな、わかってないの? 私たちは絶滅危惧動物として見世物にされてるのよ!」
虫族の研究者たちは私たちの周りを取り囲み、興奮した様子で会話を記録している。
一匹の虫族が、伝統的な和服を一揃い私に差し出し、着替えるようにと示してきた。
私は拒絶したが、他のクラスメイトたちがすでに協力し始めているのを見て、孤立無援の感覚に襲われた。
その時、宮城美穂が静かに脇に立ち、その瞳に一筋の冷静な光が宿っているのに気づいた。彼女は私にそっと囁いた。
「国宝級保護生物として、手厚く保護され、展示され、観賞される以外に、一番肝心なことがあるわ」
その言葉は、冷水を頭から浴びせられたかのようだった。
そうだ、絶滅危惧種の保護の核心とは何か?
それは、際限なき繁殖計画に他ならない。
私は周りではしゃいでいるクラスメイトたちを見つめ、そして、複眼を研究の光で輝かせている虫族たちを見た。
こんな運命、受け入れない。この未来の世界がどれほど「素晴らしく」ても、私は必ず家に帰る道を見つけ出す。
カギリの触角が私の額にそっと触れ、私の感情の揺れを感知したのか、警戒のフェロモンを発した。
私は無理やり自分を落ち着かせ、表面上は従順な微笑みを浮かべた。
まだその時ではない。けれど、私は必ず逃げ出す機会を見つけてみせる。












