第3章
私が鈴木商事のオフィスで書類を整理していると、休憩室の大型スクリーンテレビに社員たちが一斉に駆け寄った。
「見て! 佐藤真一がまた歴史を塗り替えたわ!」
顔を上げると、画面に映し出された見慣れた姿に、私は思わず手からコーヒーマグを滑り落としていた。
「Bリーグ史上最年少での40点超えのトリプルダブル達成! 25歳の佐藤真一選手は今夜、42得点、15リバウンド、12アシストを記録し、東京サムライを10連勝に導きました!」
カメラに映る真一は汗だくだった。試合を終えたばかりの彼はベンチでタオルを首に掛け、荒い息を整えている。アリーナの照明の下、国立代々木第一体育館全体が、彼への割れんばかりの歓声に包まれていた。
「MVP! MVP! MVP!」
一万人のファンが声を揃えて叫ぶ。その熱狂を目の当たりにして、私は「Bリーグの顔」という言葉の意味を瞬時に理解させられた。
「佐藤選手、ご自身のプライベートに関する憶測についてはどうお考えですか?」
あるレポーターが、突然鋭い質問を投げかける。
真一は汗を拭い、カメラに向かってあの人を惹きつける笑顔を見せた。
「俺の恋愛はシンプルですよ。大切な人は、一人だけです。年齢? そんなの関係ないでしょう。男なら、大切な人が年上だろうと年下だろうと、守り抜く覚悟を持つべきだと思います」
心臓が、激しく脈打つ。彼は……私たちの関係について、公に立場を表明している?
「その幸運な女性の正体を明かしていただけますか?」
「時が来れば、世界中の誰もが知ることになります」
真一は意味ありげにカメラを見つめた。
「言えるのは、俺の全キャリアを懸けてでも守る価値のある人だということです」
放送はスポーツニュースの解説番組に切り替わり、専門家たちが興奮気味に議論を交わしていた。
「佐藤真一はバスケの天才だけじゃない。ビジネスの才能も抜群です! 彼の個人ブランドの価値は、すでに数十億円に達しています!」
「アメリカの大手スポーツメーカーは彼に、日本人選手として過去最高額の契約を提示しました。5年で20億円です!」
「彼が東京サムライの株式の一部を保有していることも注目すべきです。25歳でBリーグのチーム株を所有するなんて、日本のスポーツ界では前代未聞ですよ!」
20億円? 株主? 世界がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われた。これが本当に、私の知っているあの年下の男の子と同じ人物なのだろうか。
突然、オフィスのドアが乱暴に開け放たれた。険しい顔つきの森本健太が、二人の弁護士と一人の私立探偵を従えて怒鳴り込んでくる。
「お前の若い恋人さんの活躍は楽しめたか?」
健太は嘲るように言い放ち、私のデスクに写真の束を叩きつけた。
その写真を見て、私の血の気は一瞬で引いた。昨夜、バスケットコートで私と真一が抱き合い、キスを交わす姿が、あらゆる角度から鮮明に捉えられていた。
「私を尾行させていたの?」
私は怒りに任せて立ち上がった。
「尾行? 俺の所有物を守っていただけだ」健太は悪意に満ちた笑みを浮かべた。「梨絵、コソコソ隠れて会えばバレないとでも思ったか? 昨夜の青川学院大学での『昔の恋の再燃』とやら、俺の部下が一部始終を記録していたんだよ」
彼はスマートフォンを取り出し、動画を再生した。そこには真一と私が抱き合う鮮明な映像が映し出され、彼が私のことを「梨絵」と呼ぶ声まではっきりと録音されていた。
「見ろよこの光景。28歳のセレブ妻が、夜中にこっそり25歳の若いツバメと密会か」健太の声は底意地の悪さに満ちていた。「もしこの動画が出回ったら、世間はこの『姉弟』をどう見るだろうな?」
私の顔は瞬く間に青ざめた。この動画が暴露されれば、私がメディアに袋叩きにされるだけでなく、真一のイメージにも計り知れないダメージが及ぶだろう。
「何が望みなの?」
私は必死に平静を装った。
健太は私の恐怖を満足げに眺め、さらに分厚い書類をゆっくりと取り出した。
「修正版の離婚合意書だ。鈴木商事の株65パーセントを、無償で俺に譲渡すること。加えて、お前はメディアに公に謝罪し、不貞を認め、森本家に泥を塗ったと認めることだ」
「気でも狂ったの!」
「狂った?」健太は冷たく笑った。「それだけじゃない。お前は佐藤真一との一切の関係を断つと公に発表し、自分は彼にふさわしくないと認めるんだ。年上のお前が彼を誘惑したのだと、世間に知らしめてやれ」
どの条件も、心臓にナイフを突き立てられるようなものだった。彼は私だけでなく、真一をも破滅させようとしているのだ。
「決断の猶予は24時間だ」健太は立ち上がり、去ろうとした。「覚えておけ、佐藤真一がどれだけすごくても、たかが25歳の選手だ。東京のメディアは、すべて俺が握っている。戦争になったら、どっちが勝つと思う?」
彼はドアの前で立ち止まり、毒々しく付け加えた。
「ああ、それと。お前の若い恋人さんは今夜も試合があるんだったな。もし試合前にこの動画が流れたら、あいつは集中できると思うか? 大事なプレーオフで集中力を欠いた選手がどうなるか、俺よりお前の方がよく知っているだろう」
健太が去った後、私は椅子に崩れ落ちた。彼の言う通りだった。もし試合前にスキャンダルが明るみに出れば、真一は間違いなく動揺する。プレーオフの一戦一戦が命運を分けるのだ。たった一つのミスが、シーズン全体を台無しにしかねない。
彼を傷つけるわけにはいかない。私という「年上の女」のせいで、25歳のスーパースターのキャリアを台無しにさせるわけにはいかない。
携帯を手に取り、真一に距離を置かなければとメッセージを送ろうとした。でも、指は長いこと画面の上を彷徨い、送信ボタンを押すことができなかった。
その時、ニュース速報が飛び込んできた。『佐藤真一、今夜の勝利後に重大発表を約束』
重大発表? 心臓が跳ね上がった。まさか、私たちの関係を公にするつもりなの?
だめ! 絶対にだめ! 止めなきゃ!
私はすぐに国立代々木第一体育館へと車を走らせたが、鈴木商事の駐車場を出た途端、バックミラーに二台の黒いSUVが現れた。
健太の部下たちが、まだ私を追ってきている!
アクセルを床まで踏み込んで振り切ろうとしたが、相手は明らかにプロだった。信号のある交差点で、そのうちの一台が突然加速し、私の車の側面に激しく突っ込んできた。
ドンッ!
巨大な衝撃で車はコントロールを失い、路肩のガードレールに激突した。頭を何かにぶつけた感触があり、温かい液体が頬を伝ってくるのがわかった。
血だ。
車から這い出そうとしたが、ドアは完全に変形して開かない。さらに恐ろしいことに、ガソリンの匂いがした。
燃料が漏れている!
絶望に打ちひしがれた、その時だった。聞き慣れた声が聞こえた。
「梨絵!」
真一だった! どうして彼がここに?
窓が無理やり叩き割られ、真一の顔が目の前に現れた。彼はまだ練習着のままで、明らかに第一体育館から直接駆けつけたのだ。
「真一……あなたの試合が……」
私は弱々しく言った。
「試合はやり直せる。でも、あんたは一人しかいない」彼は私を慎重に車から抱え出した。「喋るな。救急車はもうすぐ来る」
その時、遠くの黒いSUVのそばに立ち、携帯でこちらを撮影している健太の姿が見えた。その勝ち誇った笑みを見て、私はすべてを瞬時に理解した。
これは事故なんかじゃない! すべて彼の計画の一部だったのだ!
「真一……」私は彼の手を掴んだ。「これは罠よ……彼はあなたの試合を台無しにしようとしてる……」
真一は私の視線を追って健太に目をやり、その瞳は瞬時に怒りの炎で燃え上がった。だが、彼は衝動的に行動しなかった。代わりに、冷静に自分の携帯を取り出す。
「俺だ、佐藤真一だ」彼の声は電話口で氷のように冷たかった。「すぐに警視庁と俺のセキュリティチームに連絡を。何者かが故意に交通事故を起こし、俺の女を傷つけようとした」
彼は一旦言葉を切り、鋭い視線を健太に固定した。
「ああ、森本健太だ。時間、場所、証拠――すべて揃っている」
健太の勝ち誇った表情が、瞬時に凍りついた。彼が、真一のこの反応速度とリソースを、明らかに予想していなかったのだろう。
「真一、あなたの試合が……」
私は心配になって言った。
「梨絵、聞いてくれ」真一は優しく私の頬を撫でた。「バスケより大事なものもある。そして、あんたがその一番大事なものなんだ」
サイレンを鳴らしながら救急車が到着し、救急隊員が私の怪我の確認を始めた。真一は私のそばに付きっきりで、一瞬も離れようとしなかった。
「佐藤さん、今夜の試合ですが……」と救急隊員の一人が彼に声をかけた。
「延期だ」真一はためらうことなく言った。「チームには、家族が脅されたと伝えてくれ。俺が対処する必要がある」
家族? 彼、私のことを家族だって言ったの?
「真一、私のせいでシーズン全体を台無しになんてできない……」
私は焦って言った。
「梨絵」真一は深い愛情のこもった眼差しで私を見つめた。「まだわからないのか? あんたがいなきゃ、チャンピオンシップで優勝したって何の意味もないんだよ」
彼は私の手を固く握り、その声は力強く、それでいて優しかった。
「今夜から、もう誰にもあんたを傷つけさせない。俺たちの年齢差をどうこう言う奴らにも、森本健太にも、この世界中の誰にもだ」
「でも、私たちの年齢が……」
「年齢?」真一は柔らかく笑い、その瞳に一瞬、誇りが閃いた。「梨絵さん、知ってるか? 今日、レポーターに聞かれたんだ。なんで25歳のMVPが、28歳の女性に恋をするのかって」
「なんて言ったの?」
「俺はこう言ったんだ」真一は身を屈め、私の耳元で囁いた。「成熟して、知的で、美しい女性にふさわしいのは、本物の男だけだからだ。そして俺、佐藤真一こそが、あんたにふさわしい男なんだってな」
その言葉に、私の目には涙が溢れ、心は今までにない感動で満たされた。
「今夜の試合は延期できるけど、一つだけ待てないことがある」真一はミステリアスに私を見た。「梨絵さん、退院したら、あんたにサプライズがある。世界中に、あんたが俺の恋人だってことを知らしめるための、な」
私はサプライズが何なのか尋ねたかったが、救急隊員はすでに私を病院へ運ぶ準備を始めていた。
救急車の中で、私は窓越しに真一が警察に状況を説明しているのを見た。健太は数人の警視庁の捜査官に囲まれ、ひどい顔色をしていた。
あの25歳のスーパースターに、本当にこれほどまでの力があったなんて。
そしてもっと重要なのは、彼が言っていた「サプライズ」とは一体何なのか?
救急車が夜の闇に消えていく中、遠くの国立代々木第一体育館から失望のどよめきが聞こえてきた。一万人のファンが彼らのヒーローを待っていたというのに、真一は私と一緒にいることを選んだのだ。
その瞬間、私はようやく理解した。年齢なんて、本当にただの数字に過ぎないのだと。本当に大切なのは、男が自分のために何を投げ打ってくれるかということなのだ。
そして、佐藤真一は、私のために全世界を投げ打つ覚悟があったのだ。






