第4章
病院で目が覚めると、部屋は静まり返り、聞こえるのは心電図モニターの規則正しいビープ音だけだった。
ベッドのそばには佐藤真一が座り、私の手を固く握りしめていた。清潔なスーツに着替えてはいたが、その充血した目が、彼が一睡もしていないことを物語っていた。
「目が覚めたか……」
感情が滲む、かすれた声だった。
「医者からは、脳震盪を起こしているから四十八時間は経過観察が必要だと言われている」
身を起こそうとしたが、全身が鈍く痛んだ。
「あなたの試合……」
「明日に延期になった」
真一は優しく私を支え起こす。
「リーグが『家族の緊急事態』だと特例を認めてくれたんだ」
家族? 心拍数が、わずかに速くなった。
「真一、マスコミは大騒ぎでしょう?」私は心配になって尋ねた。「25歳のBリーグのスーパースターが、一人の女性のためにプレーオフの試合を延期させるなんて、こんなこと……」
「好きに言わせておけ」
真一はそっけなく肩をすくめると、真剣な表情になった。
「だが梨絵、俺たちの未来を話す前に、あんたが知らなければならない真実がある。過去について、そして俺たちが別れた本当の理由についてだ」
心臓が、痛いほど締め付けられる。過去? もうとうに葬り去ったはずの、あの秘密が?
真一はナイトスタンドから分厚い革製のファイルを取り出した。
「梨絵、この三年間、俺はただバスケをしていただけじゃない。日本で最高の探偵を雇って、過去十年間の鈴木家の秘密をすべて調べさせた」
彼の目つきが、剃刀のように鋭くなる。
「俺の女が、何に追い詰められて俺のもとを去り、あんなクソ野郎と結婚する羽目になったのか、知る必要があった」
ファイルが開かれ、びっしりと並んだ写真、書類、そして時系列の図表が現れた。
「まず、鈴木隆の正体についてだ」
真一は一枚のDNA鑑定報告書を私に手渡した。
「あいつはあんたの父親の実の弟じゃない。十八歳の時に鈴木家に引き取られた、血の繋がらない孤児だ」
報告書に目を落とす。指先が冷たくなっていく。
「じゃあ、どうして彼は……」
「これを見ろ」
真一は銀行の取引記録を抜き出した。
「あんたの両親が亡くなる三ヶ月前から、鈴木隆はすでに鈴木家の資産を自分の口座に移し始めていた。すべて、あいつが計画していたことなんだ」
なに? 私は目を見開いた。
「三ヶ月も前から? でも、二人の交通事故は……」
「梨絵」
真一は私の手を握り、その声は極度に真剣なものになった。
「あんたの両親の交通事故は、事故じゃなかったのかもしれない」
背筋を冷たいものが走り、呼吸が浅くなる。
「あなた……何を言ってるの?」
真一は別の書類を取り出した。
「これは事故現場の再調査報告書だ。ブレーキシステムに、意図的に手が加えられた痕跡があった。だが、当時の警察は買収され、報告書は闇に葬られたんだ」
足元から世界が崩れていくような、途方もない眩暈に襲われた。お母さんとお父さんが……殺された?
「すべては鈴木家を乗っ取るための、鈴木隆の策略だったんだ」真一の声は、抑えきれない怒りに満ちていた。「事故の直後、あいつはすぐに偽の借用書を捏造し、鈴木商事に『倒産の危機』をでっち上げた」
彼は偽造された契約書の束を取り出す。
「これらの借金はすべて嘘だ。鈴木商事は無借金どころか、実際には三百億円以上の流動資産があった」
「じゃあ、どうして……」
私は震える声で尋ねた。
「あんたが、鈴木隆を信じすぎていたからだ」真一は優しく私の頬を撫でた。「あいつはあんたの家族への想いを利用して、鈴木家が破産寸前で、外部の助けが必要だと信じ込ませたんだ」
三年前、泣きじゃくる私を鈴木隆が抱きしめながら言った言葉が蘇る。『梨絵、鈴木家が倒産でもしたら、君の両親も浮かばれない……』
全部、演技だったなんて!
「そこへ現れたのが森本健太だ」真一は続けた。「偶然じゃない。周到に仕組まれていたんだ。鈴木隆と森本健太は昔からの知り合いで、共謀してこの『救済』計画を企てた」
彼は、鈴木隆と森本健太の会話が録音されたデータを再生した。
『あの子は単純だからな。森本さんが救世主のように振る舞いさえすれば、必ず恩義を感じる』
『心配ないよ、鈴木さん。あいつが自ら進んで俺と結婚するように仕向けてみせる。そうすれば、鈴木商事のすべてが俺たちのものだ』
『いいか、お前に大きな借りがあると感じさせろ。女なんて生き物はな、情に訴えかければ簡単に転がる』
その下卑た声を聞いて、心がナイフで切り刻まれるようだった。最初から、私は彼らの目に獲物としてしか映っていなかったのだ。
「でも真一」私は嗚咽しながら尋ねた。「あの時は……」
真一の目に、痛みが走った。
「梨絵、三年前の最後の日のこと、覚えてるか?」
忘れるはずがない。人生で最も辛い日だった。
「あんたは急に冷たくなって、俺が若すぎて、あんたの望む人生を与えられないと言った……」真一の声が、微かに震えた。「だが、あんたの目が苦痛に満ちていたから、嘘だとわかっていた」
涙が頬を伝った。あの日、私はありったけの力で、あの残酷な言葉を口にしたのだ。
「今なら理由がわかる」真一はさらに衝撃的な書類を一枚取り出した。「これのせいだ」
それは、青川学院大学のバスケットボールアリーナを背景に、鈴木隆が見知らぬ男たちと話している写真だった。
「鈴木隆に脅されたんだろう?」真一の声は、静かな怒りに満ちていた。「俺のバスケ人生を潰す、と!」
三年もの間、心の奥底に埋めていた秘密が容赦なく暴かれ、私は彼の目を見ることができなかった。
「梨絵、本当のことを話してくれ」
真一は私の顔を両手で包み、無理やり彼を見させた。
「三年前、本当は何があったんだ?」
もう自分を抑えきれず、私は泣き崩れた。
「真一……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
堰を切ったように溢れ出した涙と共に、心の奥底に封じ込めていた記憶の蓋が、とうとうこじ開けられた。
三年前、両親が交通事故で亡くなってから二ヶ月後のこと。
私が深い悲しみに沈んでいると、叔父の鈴木隆が、普段の温和な叔父とは似ても似つかぬ、底冷えのする表情で私のアパートに突然現れた。
「梨絵、話がある」
彼はテーブルに書類の束を叩きつけた。
「鈴木家は銀行に三億円の借金がある。一ヶ月以内に返済できなければ、会社は倒産だ」
私はその数字を見て愕然とした。
「そんなはずないわ。お父さんは一度もそんなこと……」
「お前の父親が事業拡大のために内緒で融資を受けていたんだ。今、その投資が失敗し、銀行が全額回収に乗り出してきた」鈴木隆の声は「苦悩」に満ちていた。「梨絵、我々の代で、一族百年の歴史が潰えることになるんだぞ!」
当時、私はまだ二十五歳。経営のことなど何もわからなかった。
「じゃあ、どうすればいいの? 叔父さん、私たちに何ができるの?」
「一つだけ方法がある」鈴木隆の目に、計算高い光が一瞬きらめいた。「森本家が我々を助けるために投資してくれると言っている。だが、一つ条件がある」
「条件って?」
「政略結婚だ。森本健太が、投資の担保として鈴木家の娘と結婚することを望んでいる」
私は完全に呆然とした。
「政略結婚? でも私……」
「あのバスケ小僧と付き合っているのは知っている」鈴木隆の顔が、途端に険悪になった。「だが梨絵、よく考えるんだ。お前の選択が、一族全体の生死を左右するんだぞ」
「叔父さん、考える時間をください……」
「時間だと?」鈴木隆は鼻で笑った。「なら、もう一つ教えてやろう。あの佐藤真一だが、あいつが所属するバスケ部は鈴木商事が支援しているんだったな?」
心臓が締め付けられた。
「ええ、でも……」
「鈴木商事が倒産すれば、すべての支援は打ち切られる。それだけじゃない。練習施設の不正利用、企業支援金の横領……ありもしない罪をでっち上げ、あいつのバスケ人生を根元から腐らせることだってできるんだ」
なに? 私は目を見開いた。
「叔父さん、そんなことできないわ! 真一は何も知らないのよ!」
「それはお前の選択次第だ」鈴木隆は脅した。「森本健太と結婚し、一族を救い、お前の可愛い彼氏にバスケの夢を続けさせてやるか。それとも、縁談を断って鈴木商事の倒産を見届け、佐藤真一が汚名を着せられてバスケ人生に永遠に別れを告げるのを見るかだ」
全世界が崩れ落ちるのを感じた。
「叔父さん……本当にそんなことをするの?」
「鈴木家が生き残るためなら、何でもする」鈴木隆の眼差しは氷のように冷たかった。「それに梨絵、こんな脅しがなくたって、二十二歳の大学生がお前にどんな未来を与えられると思う? バスケ? そんなものはあまりに非現実的だ。森本健太は東京のビジネス界のエリートだ。彼こそがお前に本当の安定を与えてくれる」
その瞬間、私は完全に打ちのめされた。私のせいで真一の夢を潰させるわけにはいかない。私の手で、鈴木家を破滅させるわけにもいかなかった。
「私……まず真一と、ちゃんとしなくちゃ」
「好きにしろ。だが、本当の理由は明かすなよ。森本家がお前が無理やり結婚させられていると知れば、この政略結婚は意味がなくなるからな」






