第162章

桜は無言で言った。「これでも分かるの?」

「経験がないわけじゃないから、何が分からないって……」

伊藤香の言葉は途中で途切れ、不愉快なことを思い出したのか、楽しげな表情が少し薄れた。「桜、先に帰るね。何かあったら電話して」

「うん」桜は笑顔で頷いたが、実は伊藤香の言葉に気づいていた。

経験がないわけじゃない……

佐藤桜は眉をひそめ、二年前ほぼ毎日伊藤香のそばにいた男を思い出した。彼の名前は山口宸。ハンサムで傲慢、野性的な中にも生まれつきの気品が漂っていた。

桜は彼が伊藤香のボディーガードだと知っていた。

しかし、他の誰もがボディーガードが自分の主人にラブレターを送るのを許さない...

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