第2章 ごめんなさい、この三ヶ月弁当は全部私が食べました
いつからか、私の机の引き出しは、不思議な宝箱になっていた。
毎朝、日替わりで違うご馳走が見つかるのだ。とろけるような高級和牛、本マグロの大トロ、香り高い松茸、見た目も美しい飾り巻き寿司……人生で一度だって口にできるなんて、夢にも思わなかったような豪華な料理ばかり。
『斉藤のアプローチに対する理解=ペットの餌付け』
目の前に流れたその一行に、私は口に頬張ったおにぎりで喉を詰まらせそうになった。
『敵役ひどすぎ、モブキャラをペット扱いかよ』
『でもモブキャラ、めっちゃ嬉しそうじゃんwww』
慌てて周囲を見渡すが、教室の誰も私には気づいていない。皆、間近に迫った試験のことで頭がいっぱいなようだ。
正直に言えば、ペット扱いの結果、毎日こんなご馳走にありつけるのなら、むしろ大歓迎だ。
『敵役、まもなく登場!』
弾幕が不穏な予告を流した意味を測りかねていると、不意に教室のドアががらりと開けられ、担任が入ってきた。その後ろには、見慣れない男子生徒が一人、静かに控えている。
糊のきいた清潔な制服を着こなし、物腰は柔らかそうなのに、どこか人を寄せつけない空気をまとっていた。
私はそっと俯き、おにぎりを食べ続けようとした、その時だった。転校生――斉藤が、突然こちらを指差し、目を見開いた。
「あ、あの席――」
『悪役、ついに自分の弁当が置かれた机を間違えていたことに気づく』
弾幕が嘲笑のコメントで埋め尽くされるなか、私の血の気はさっと引いていく。まさか、お弁当を盗み食いしていたことを、クラス全員の前で暴露するつもりなの!?
「ああ、斉藤くん。栗山さんの隣に座りたいのかい?」
担任は彼の意図を盛大に勘違いしたようだ。
「ちょうどそこが空いているからね」
こうして、弾幕に『敵役』と呼ばれていた斉藤樹さんは、私の隣の席になった。
彼は席に着くなり、射殺さんばかりの視線で私の机を睨みつけ、一言も発しない。
午前中の授業の間、私はまるで火山の噴火口の上に座っているような心地で、身じろぎ一つできなかった。
昼休みになり、教室に残されたのは、私と彼の二人だけだった。私は何事もなかったかのようにノートを取り出し、復習するふりを始める。
「鹿島は? 彼女がここに座ってたんじゃないのか」
地を這うような低い声で、斉藤さんがようやく口を開いた。
私はごくりと唾を飲み込む。
「三ヶ月前に席替えしました」
「じゃあ、この三ヶ月の弁当は……」
「ごめんなさい! 全部私が食べました!」
私は反射的に頭を下げた。
「鹿島さんに返そうとしたんですけど、彼女がいらないから自分で処理してって……」
斉藤さんの表情が、驚きから徐々に複雑なものへと変わっていく。彼の視線は、私の机の上にある、まだ食べかけのおにぎりに注がれていた。
私はおそるおそる尋ねた。
「じゃあ、このおにぎり……まだ食べてもいい、ですか?」
『モブキャラかわいそう、おにぎりすら怖くて食べられないのか』
『敵役、キレる? 殴る?』
斉藤さんは、ふーっと長い息を吐いた。怒鳴られる、と身構えた私だったが、彼はただ力なく首を振っただけだった。
「……好きにすればいい」
弾幕では『敵役』だなんて言われているけれど、どうにも悪い人には思えなかった。
「斉藤さんは、不良なんですか?」
気づいた時には、そんな質問が口から滑り出ていて、すぐに後悔した。
斉藤さんは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて、ふっと意外そうに口元を緩めた。
「まあ、そんなとこかな」
「じゃあ、今までにした一番悪いことは何ですか?」
私は勇気を振り絞って問い続ける。
彼は少しだけ考え込むそぶりを見せた。
「授業サボって一日中ゲーセンにいたこと」
『それはかなり悪いね』
『ピュアすぎだろ、これが敵役の基準か?』
『モブキャラと敵役の絡み、意外とおもろい!』
宙を流れる弾幕に、私も思わずぷっと吹き出してしまった。











