第3章 意外なランチと気遣い
ぽつんと一つだけのおにぎりを手に、私は食堂の隅の席に腰を下ろした。
斉藤さんと隣の席になって三日。彼の前で堂々と食事をする勇気は、まだ私にはなかった。
「モブキャラがまたダイエットごっこしてる」
「本当はランチ買う金がないんでしょ、かわいそー」
おにぎりをちびちびとかじっていると、不意にカタン、とトレイが向かいに置かれた。顔を上げると、そこに斉藤さんが立っていて、どこか楽しそうに口の端を上げている。
「栗山さん、一緒に食べてもいい?」
驚いてこくこくと頷くと、彼は見事な弁当箱から次々においしそうなおかずを取り出していく。
「ダイエット中?」
彼は私の手の中にある、あまりにも寂しげなおにぎりを指差した。
「う、うん」
とっさに嘘をついてしまった。自分の惨めな境遇を知られたくなかったからだ。
斉藤さんは、笑っているような、いないような、絶妙な表情で私を見つめる。
「でも、今朝コンビニでメロンパン三つも買ってなかった?」
かあっと顔に熱が集まるのがわかった。
それは昨夜のバイト代で買った、けして朝食ではない。今日の夕食にするつもりだったのに、今朝、あまりの空腹に耐えきれず、一気に三つとも平らげてしまったのだ。
「敵役、よく見てるな」
「これもうストーカーの域だろ!」
私がしどろもどろに言い訳を探すより先に、斉藤さんは自分の弁当から唐揚げと卵焼き、それと彩りの良い野菜を、ひょいと私の空っぽのお皿に乗せた。
「これ、やるよ」
彼はわざとぶっきらぼうな顔で言う。
「別に栗山さんのために残しておいたわけじゃない。ただ、今日は俺があんまり食欲ないだけだから!」
私は呆然として、この唐突な優しさにどう応えればいいのか分からなかった。
「敵役がモブキャラに餌付けしてる! どういう展開?」
「脚本、間違ってない?」
「あ、ありがとう……」
私はか細い声で礼を言い、彼がくれたおかずをゆっくりと口に運んだ。
私が夢中で食べる様子を見て、斉藤さんはくしゃりと私の頭を撫でた。
「君、小豆に似てるな」
「小豆?」
「うちの犬」
彼は悪戯っぽく笑って説明した。
「モブキャラをペット扱いか?」
「でもモブキャラ、なんか嬉しそう」
「小豆ちゃんは、柴犬ですか?」
気になって尋ねてみる。
斉藤さんは楽しそうに首を横に振った。
「実は雑種なんだ。でも、ずっと柴犬だって嘘ついてる」
その日から、私と斉藤さんの間には、奇妙な共生関係が生まれた。私がノートを見せたり、机の整頓をしたり、時には簡単な宿題まで手伝う代わりに、彼は私が毎日三食きちんと食べられるように世話を焼いてくれた。
ゴールデンウィークを目前に控えた、最後の登校日。教室は連休の計画を話し合う声でざわめいている。
私にとって休みとは、一日中家にこもり、酔っ払った父と顔を合わせること。そして――斉藤さんがいない、つまり、食べ物がないことを意味していた。
そんなことをぼんやり考えていると、斉藤さんが大きな紙袋をどさりと私の机に置いた。
「これ」
袋を覗き込むと、中には様々な食料がぎっしりと詰め込まれていた。ポテトチップス、のり巻き、唐揚げ、どら焼き、さらには栄養ドリンクが数本。
食べ物の山に紛れて、ぷっくりとした多肉植物の鉢植えも入っていた。
「緊急時には食べられるらしいぞ」
彼は冗談めかして言った。
袋の底を探ると、のど飴一袋と、小さなドッグフードのサンプルが出てきた。
「喉が痛い時、舐めると少し楽になる」
彼はのど飴を指差す。
「こっちのドッグフードは、まあ、最後の手段だな。緊急時には人間も食えるらしい」
そして、少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「小遣い減らされたから、これ以上は買えなかった。悪い」
「もし食べ物が足りなくなったら連絡しろよ」
「これ完全に恋の兆候じゃん!」
「敵役から恋人候補に昇格!」











