第1章
美咲視点
ノートパソコンの画面に映し出された、過密な座席表を凝視する。奏介の両親の名前の上で、私の指先は迷い続けていた。高砂の左側に配置すべきか、それとも右側か?
この問いが、もう三十分も私の頭を悩ませている。天井から床まで続く大きな窓からは、街の深夜の灯りが溢れ出し、キーボードを冷ややかな光で照らしていた。
十日。あとたった十日で、私は松本奏介の妻になる。
三年前、骨髄の適合者が見つかったと医師に告げられた時、夢でも見ているのかと思った。二年におよぶ白血病との闘いで、私は希望を捨てかけていたからだ。その匿名のドナーは、私に二度目の命を与えてくれただけではない。一年後の対面を経て、私のかけがえのない人となってくれたのだ。
ピンッ――
不意の通知音が、私を我に返らせた。
メール? こんな時間に?
眉をひそめつつ、受信トレイを開く。差出人も件名もないメールが、一番上に鎮座していた。
「迷惑メール?」
そう呟き、削除しようとしたが、何かが私に、それをクリックさせてしまった。
本文には、たった一行。
「www.room4729.com/live」
「なんなの、一体」
閉じようとしたその時、不可解な衝動に駆られ、私はリンクをクリックしてしまった。
ページが読み込まれる。
黒い背景、飾り気のないレイアウト。そして中央のライブ配信ウィンドウには――
瞬間、顔から火が出るほど熱くなった。
薄暗い部屋の中、ベネチアンマスクをつけた男女が、まるで獣のように貪り合っていたのだ。
信じられない! 男は獣のように女を押し倒し、その手で女の尻を強く鷲掴みにすると、腰を激しく打ち付けている。一突きごとに根元まで深く貫き、女の身体を激しく震わせていた。
女の両脚は男の腰にしっかりと絡みつき、リズムに合わせて豊かな胸が揺れる。スピーカーからは、深く淫らな喘ぎ声が熱波のように流れ出し、私の鼓膜を、そして……下腹部を直撃した。
その動きは激しく、切迫していて、濡れた肌が触れ合う音がはっきりと聞こえてくる。いつも優しすぎるほどの奏介とは、まるで別人のようだった。彼はいつも長い時間をかけてキスをし、「いいかい?」と優しく尋ねてくれるのに……。
閉じるべきだった。だが、指先がトラックパッドの上で凍りついたように動かない。目を逸らすことができなかった。
画面の中の男が突如、女の喉を掴んだ。優しく、しかし支配的に。腰の動きが加速し、肌と肌がぶつかる音がドラムのビートのように響き渡る。
女の喘ぎは絶叫へと変わり、激しい息遣いが混じる。まるで、もっと激しくしてくれと懇願しているかのように。
刺激が強すぎる!
下腹部を熱い波が駆け抜けた。無意識のうちに太腿を擦り合わせる。下着は瞬く間に濡れそぼった――単なる羞恥心からではない。恐怖と好奇心が入り混じった感覚。初めてこっそりとポルノを見た時のように、怖いのに、もっと知りたいと思ってしまうあの感覚だ。
もう、私は何をしているの? こんな映像に、身体が反応しているなんて。
その時、画面が暗転した。配信終了。
下部に赤い文字が浮かび上がる。「次回の配信、明日午後9時」
私は現実に引き戻され、慌ててノートパソコンを閉じた。心臓が早鐘を打ち、胸から飛び出しそうだ。
「……悪趣味なサイト」
私は荒い息をつきながら吐き捨てた。なんとか自分を落ち着かせようと努める。
だが、あの数字――4729――と、奇妙な渇望感は、どちらも脳裏に焼き付いて離れなかった。
私はかぶりを振り、無理やり意識を切り替えた。奏介の従姉妹を、元カレと同じテーブルにしていいの? だめ、配置を変えなきゃ……。
翌晩、午後八時五十五分。
私は寝室に一人座り、スマートフォンの画面を見つめていた。奏介からのメッセージが表示されている。
「美咲、合併の件であと二時間はかかりそうだ。先に寝ていてくれ」
溜息をつき、化粧を落とすためにドレッサーへと向かう。鏡の中の女は健康そのもので、死にかけた痕跡など微塵もない。
午後九時、ちょうど。
昨夜のあの奇妙な熱が、蘇ってきた。ただの好奇心だ、と自分に言い聞かせる。ただ知りたいだけ……。
指が勝手に動き、ノートパソコンを開いてあのURLを打ち込んでいた。
「ちょっと見るだけ」
私は自分に言い訳をする。
「あんなに……乱れたことをする人たちが、どんな顔をしているのか見るだけよ」
ページが読み込まれ、ライブ配信のウィンドウが明るくなった。
同じ薄暗い部屋、同じキングサイズのベッド。男は仮面の女を背後から犯している。その動きは相変わらず激しい。
私は下唇を噛み締め、再び身体の奥で熱が疼くのを感じた。――その時までは。
男が寝返りを打った瞬間、私は完全に凍りついた。
彼の腰――三角形に並んだ、三つの丸い傷跡。
嘘。
手の震えが止まらない。あれは……骨髄採取の痕だ。奏介がドナーになった時、医師が言っていた。そのような傷が残るのだと。
「偶然よ。偶然に決まってる」
震える自分の声が聞こえた。
画面の中では、男が仮面の女を押さえつけ、情事はさらに激しさを増していた。あの体型、肩幅、そしてふとした仕草までもが……。
違う、違う、違う。骨髄移植をした人なんて大勢いる。彼のはずがない。
二十分が経過した。私は画面に釘付けになり、あれが奏介ではないという証拠を必死で探し続けた。
やがて男が横を向いた時、薄暗い光の中に、コーヒー色の痣がかすかに浮かび上がった。
スマートフォンが手から滑り落ち、鈍い音を立てて床にぶつかる。
あの痣に、私は数え切れないほどキスをしてきた。楓の葉のような形をしている。奏介はそれを、神様がつけてくれた印だと言っていた。
私はバスルームへ駆け込み、便器の前に膝をついてえずいた。胃がひっくり返るような感覚に襲われ、涙が止まらないほど溢れ出してくる。
「彼じゃない、彼じゃない……」
何度も繰り返したが、その声はあまりに掠れていて、自分のものとは思えなかった。
それからの数時間は、悪夢のような曖昧な記憶しかない。奏介に七回電話をかけたが、すべてコール三回で切断された。メッセージには既読がついたが、返信はない。
リビングとバスルームを往復し、胃液しか出なくなるまで吐き続けた。
午前二時。私はリビングのソファで毛布にくるまり、体を丸めていた。目は胡桃のように腫れ上がっている。
カチャリ、と鍵が回る音がした。
奏介が入ってくる。紺色のスーツはパリッとしたままで、ネクタイも乱れていない。
「美咲? まだ起きていたのか?」
彼は駆け寄ってきた。その端正な顔には、心配の色が浮かんでいる。
「私……」
言葉が喉に張り付き、出てこない。
彼は隣に座り、私の額にキスをした。鼻孔を突いたのは、知らない香水の匂いだった――バニラとムスクが混じったような、胃が痙攣するほど甘ったるい女の香り。絶対に彼が使うコロンではない。
「遅くなってごめん。永井さんとの合併話が思いのほか難航してね」
彼の手が私の長い髪を撫でる。
「大丈夫? 顔色がひどいよ」
「たぶん……マリッジブルーかも」
自分の口から、そんな言葉が出た。
奏介は私を抱き寄せ、頭の上に顎を乗せた。
「馬鹿だなあ、何を不安になることがあるんだ? あと十日で君は俺の妻になる。俺たちは永遠に幸せになるんだ。約束するよ」
彼の体温も、心臓の鼓動も、すべてが慣れ親しんだものだった。
私は目を閉じ、暗闇の中で必死に呪文のように唱えた。
骨髄移植の手術を受けた人は大勢いる……痣だって似ているだけかもしれない……あのサイトは悪質なサイトだ……奏介は私を愛している、私の命だって救ってくれた……。
「疲れているなら休みなさい」奏介は私のつむじにキスをした。「明日はドレスの試着があるだろう」
「うん」
私はなんとか声を絞り出した。
その日の深夜、私は奏介の横に横たわり、彼の規則正しい寝息に耳を澄ませていた。その穏やかな呼吸の一つ一つが、まるでナイフのように私の心を切り刻んでいく。
あの三つの傷跡と、楓の形の痣が、悪意ある呪いのように交互に脳裏に浮かび、私の理性を引き裂いていく。
見間違いだ。
見間違いに決まっている。
でも、左肩にまったく同じ楓の形の痣がある人間が、この世に何人いるというの?
黙って。偶然よ。偶然に決まってるわ。
カーテンの隙間から夜明けの光が差し込んでもなお、私は乾いた目を見開いたまま、自分自身を説得し続けていた。
