第2章

「星野さんでいらっしゃいますか? 私、救急看護師の高橋美佳と申します。お母様の星野玲奈さんが自らつけた傷で搬送されました。危険な状態です」

看護師の声は疲労をにじませつつも、プロフェッショナルな響きだった。「ご家族の方に、ただちに同意書へサインしていただく必要があります」

自らつけた傷? 全身の血が凍りつくようだった。

背景で、兄の大和の胸が張り裂けそうな嗚咽が聞こえる。「瑞希、頼む! お風呂場で見つけたんだ……血が、すごい量で……」

雷に打たれたような衝撃が走り、心の中のあらゆる疑念は一瞬で吹き飛んだ。

「……わかった、すぐ行きます」私の声は震えていた。「必要な処置はなんでもしてください。お金は、私がなんとかします」

「もう一つ、あります」看護師の声が重くなった。「お母様には緊急の精神科治療が必要です。費用は1,275万円です。即時の承認がなければ、基本的な処置しかできません」

1,275万円。

昨日、750万円を振り込んだばかりなのに、さらに1,275万円が必要だなんて。

「わ……わかりました。私が、なんとかします」

電話を切った後、私はベッドの端に崩れ落ち、全身が震えていた。

リビングから入ってきた翔太が、心配そうな顔で尋ねた。「どうしたんだ?」

「お母さんが、自殺未遂したの」私の声は、砕けたガラスのようだった。「お風呂場で、手首を……」

ドトールコーヒー。

私が駆けつけると、涼子さんはすでに隅のテーブル席に座っていた。傍らには分厚い法的書類の束が置かれている。彼女は優雅で落ち着き払っており、何事にも動じないといった風情だった。

「今、あなたがどれだけ打ちのめされているか、わかるわ」彼女は穏やかな口調で切り出したが、その瞳は鋭かった。「でも、知っておかなければならないことがある」

彼女は銀行の送金記録をこちらへ滑らせた。「翔太は、私たちの離婚協議中に夫婦共有財産を移したの。あの庭園プロジェクトへの4,500万円の投資? 全部海外の口座に送金しちゃったのよ」

書類にびっしりと並んだ数字を、私は呆然と見つめた。頭が真っ白になる。

「彼は特に、裕福で世間知らずな女性を狙って、自分の事業計画に資金を出させるの」涼子さんは続けた。「私もその一人だった。ロマンチックなプロポーズ、共有する夢、優しい庭師というイメージ――全部、経験したわ」

「私たちはお金で繋がってるわけじゃない」私は守りに入るように言った。「彼に何かを要求されたことなんて一度もないわ」

涼子さんは苦笑した。「あの庭園プロジェクトのために、あなたが4,500万円のローンの連帯保証人になっているって、彼は言ってた? 自分の信用情報を確認してみることをお勧めするわ」

心臓が止まるかと思った。

「そんなのありえない。ローン契約書にサインした覚えなんてないもの」

「翔太は、相手に気づかせずに書類にサインさせるのがとてもうまいのよ」涼子さんは書類をまとめた。「気をつけて、瑞希さん。彼が壊したのは、私の人生だけじゃないから」

午後三時、永代銀行支店。

蛍光灯の光の下では、何もかもが青白く、冷たく見えた。ファイナンシャル・アドバイザーの永原さんは、コンピューターの画面を見て眉をひそめている。

「記録によりますと、これらの取引は先月、お客様ご自身が承認されています」彼女は画面を指差した。「署名も、当行のシステムにあるものと一致します」

私は目を大きく見開いて信用情報レポートを凝視した。冬木翔太が保証人となり、癒しの園企業を受益者とする4,500万円の事業ローンが組まれました。

さらに恐ろしいことに、私の普通預金口座には自動送金が設定されており、毎月75万円が見知らぬ口座に送金され続けていた。

「こんな書類にサインした覚えはありません!」私はほとんど叫んでいた。「事業用口座を開設した記憶すらないんです!」

永原さんは疑わしげな目で私を見た。「お客様、こちらには防犯カメラの映像もございますし、ご本人様確認も済んでおります。どなたかがお客様になりすましたとでもおっしゃるのですか?」

私の世界は、一瞬にして崩壊した。

私の名前。私の署名。私のお金。

そのすべてが、心から愛した人によって使われていた。

午後六時、私はダイニングテーブルに座り、銀行の書類を一面に広げていた。

翔太がドアを開けて入ってきた。庭仕事でついた土がまだ服に残っている。テーブルの上の書類を見ると、彼の顔はさっと青ざめた。

「瑞希、これは全部説明できるんだ」彼は必死に書類をめくった。「涼子の法的な攻撃から、私たちを守ろうとしていたんだ」

「私たちを守る?」私は怒りに任せて立ち上がった。「あなたは私が同意もしていないローンの保証人に私の名前を使ったのよ! 私の信用はめちゃくちゃよ!」

翔太はスマートフォンを取り出し、涼子からの脅迫的なメッセージを見せた。「協力しなければ君も訴えると脅されて……。少しでも時間を稼げればと思ったんだ」

「だから私の知らないところで、勝手に私のお金を動かしたって言うの?」

「こんなことになるなんて思わなかったんだ!」翔太は懇願した。「君を守りたかっただけなんだ!」

私たちが激しく言い争っている、まさにその時、私の電話が鳴った。

発信者番号表示は、大和。

電話に出ると、すぐに大和の泣き声が聞こえてきた。

「瑞希、病院が今すぐ支払いを求めてる。さもないとお母さんの治療を打ち切るって」彼の声は絶望に満ちていた。「医者が言うには、お母さんの容態は思ったより深刻らしい。北海の専門病院に移さないと……」

「1,275万円。今夜中に払わないと、退院させられる」

世界がぐるぐると回るのを感じた。

「もう一つ……」大和の声がためらいがちになった。「昨日、川崎で翔太を見たんだ。でも、瑞希は一日中一緒にいたって言ってたよな」

私は衝撃を受けて翔太を見た。彼の顔が、瞬時に血の気を失う。

「見間違いだったかも……」大和はすぐに付け加えた。「すごく動転してたから、幻覚でも見たのかもしれない。でも瑞希、お金は本当に必要なんだ。お母さん、翔太との問題を知ってたみたいで、『自分が足手まといになりたくない』って、何度も……」

電話を切ると、部屋は死のような静寂に包まれた。

私は翔太を見つめ、説明を待った。

だが彼は、ただスマートフォンに視線を落とし、私の目を見ようとしなかった。

すべての嘘、すべての操作、すべての欺瞞――この瞬間、何もかもが明らかになった。

私は崖の縁に立たされていて、足元の地面が少しずつ崩れていくような感覚に襲われた。

「翔太……」私の声はかろうじて囁きになった。「あなたは、本当は誰なの?」

指にはめられた銀の婚約指輪が、急に冷たく重い枷のように感じられた。私がようやく理解し始めたばかりの、嘘で編まれた蜘蛛の巣に私を縛りつける枷だ。

たった一日のうちに、母の命は天秤にかけられ、私のキャリアは危機に瀕し、財産は破綻し、そして愛した男は完全な他人になった。

だが最悪なのは、これがほんの始まりに過ぎないという、沈んでいくような予感がしたことだった。

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