第4章
夕日が空を茜色に染め、翔太の車を濃い赤色に塗りつぶしていく。エンジンが低く唸りを上げ、まるで獲物に飛びかかろうとする獣のようだ。
私は震える指でシートベルトを締め、決意を宿した鋼のような視線を前に向けた。「一分待つごとに、大和がお母さんを操ったり、証拠を隠滅したりする時間を与えることになる。今すぐ行くわ」
翔太が心配そうな顔で燃料計を確認した。「瑞希、暗闇の中を八時間も運転するんですよ。もしこれが奴の思う壺で――我々を孤立させ、無防備にさせることが目的だったらどうします?」
私は心臓を激しく打ち鳴らしながら、スマートフォンの画面を睨みつけた。大和のクラウドファンディングのページが、まるで風に吹き散らされる証拠のように、次々と消えていく。「もう遅い。あいつ、もうネットのアカウントを消し始めてる。今動かなきゃ、絶対に捕まえられない」
翔太は車の荷台へ向かい、園芸用の道具――シャベル、剪定ばさみ、小さな鍬――を積み込み始めた。その動きは素早く、断固としていた。
「園芸道具?」私は尋ねた。
「もし危険なことになったら、自分たちの身は自分たちで守らないと」彼の声は雷のように低く響いた。「もう誰も、君を傷つけさせはしない」
午後八時、新北海高速道路。山間部を縫うように道が続く。私たちのヘッドライトが暗闇を切り裂き、前方の鬱蒼とした松林を照らし出した。
翔太はハンドルを強く握りしめた。「三ヶ月前、大和が君の退職金口座にいくらあるか聞いてきたんだ。私が答えるのを拒んだら、奴は……攻撃的になった」
私はショックで彼の方を振り向いた。心臓が止まるかと思った。「攻撃的って、どういうこと? どうして教えてくれなかったの?」
翔太の苦い笑みが、その瞳の痛みを物語っていた。「奴はこう言ったんだ、一言一句違わずにね、『瑞希は昔からうちの金のなる木だからな。井戸が枯れる前に、あんたも分け前をもらっとけよ』って」
「何だって?」私の声は割れたガラスのように鋭かった。「あなたを詐欺の仲間に引き入れようとしたってこと?」
「それだけじゃない。奴の音楽活動に『投資』するよう君を説得できたら、750万円の分け前をやると持ちかけてきた」翔太はハンドルを握る指の関節が白くなるほど力を込めた。「君に言うと脅したら、奴は笑って言ったよ。家族より私の言うことなんて、君が信じるわけがないってね」
三ヶ月。兄は三ヶ月も前からこの詐欺を計画していた。その間、私は彼の「音楽の夢」を誇りに思い続けていたというのに。
「だから涼子さんを雇ったの? 証拠が必要だったから」
「君を守りたかったんだ。でも、まさかここまで事が大きくなるとは思わなかった」
午前二時、川崎郊外にある星野家の邸宅。静かな住宅街は闇に包まれ、玄関のポーチライトだけが弱々しい光を放っていた。
私は鍵を使って中に入った。リビングからテレビの音が聞こえてくる。ガウン姿の母がソファに座り、深夜のトークショーを見ていた。その顔色は血色が良く、病人とは到底思えない。
娘の突然の帰宅に、母は慌ててテレビを消した。「瑞希? あなた、どうしてここに? 仕事で来られないって……大和から聞いてたけど……」
私は母を冷ややかに見つめ、氷のような声で言った。「お母さん、昨日自殺未遂をしたにしては、ずいぶん顔色がいいじゃない」
母はわざとらしく咳き込み始めた。その演技は下手で、見え透いていた。「ああ、あなた……薬のせいで、気分より顔色が良いだけなのよ。本当は、体の中はボロボロなの」
私はまっすぐ大和の部屋へ向かい、ドアを押し開けた。中の光景に、私は一瞬で言葉を失った。ベッドに散らばる現金、机の上の偽造身分証明書、そして壁に貼られた詳細な「家族の資産状況分析」と題されたチャート――私の収入、資産、弱点、そのすべてが几帳面に記録されていた。
「お母さん!」私の怒声が家全体を揺るがした。
母はダイニングテーブルに座り、私の目を見ることができずにいた。翔太はリビングで、万が一の事態に備えて見張っている。
私は母にスマートフォンを突きつけた。画面には大和のクラウドファンディングページのスクリーンショットが映っている。「お母さん、これを見て本当のことを教えて。大和が母さんの名前を使って、見ず知らずの人たちからお金を騙し取っていたことを知ってたの?」
スクリーンショットを見た途端、母の目から涙が噴き出した。「私……何かがおかしいとは思ってたの。でも、あの子は一時的なものだって。あなたはお金持ちだから、これくらいなくなっても平気だって……」
「平気だって?」私の声は危険なほど低くなった。「私が『癒しの園』のために一日十六時間も働いて貯めたお金よ。7500万円もなくなって、平気なわけないでしょう?」
母は崩れ落ち、胸が張り裂けそうな声で泣きじゃくった。「一人になるのが怖かったの、瑞希。お父さんが亡くなってから、私には大和しかいなかった。あの子まで失ってしまったらって……」
「だから代わりに私を犠牲にすることにしたの?」私の瞳に同情の色はなく、ただ氷のような怒りだけがあった。「兄さんが私の人生をめちゃくちゃにしていると知っていながら、あなたはあの子を守ることを選んだ」
「あの子は私の息子よ! 音楽で成功したら、全部返すって約束したの!」
「音楽で成功?」私は冷たく笑った。「お母さん、兄さんはその言い訳を十年も使い続けてるのよ。いつになったら目を覚ますの?」
母は顔を上げた。その目には一瞬、苛立ちの色が浮かんだ。「あなたは昔から、大和の才能に嫉妬してたものね。あの子が芸術家肌で、あなたはただの……っていうのが我慢ならないんでしょう」
「ただの何? ただ何でもかんでもお金を出す人間? あなたが彼の妄想を助長している間、この家を支え続けてきた人間だってこと?」
午前五時、裏庭。夜が明け始め、空が白みかけていた。
翔太は昇る朝日を見つめながら、重い口調で言った。「瑞希、君の思いやりは美しい。だが、大和は一線を越えすぎた。これはもう家族の問題じゃない――犯罪だ」
私は枯れた薔薇を一本摘んだ。花びらが指の間でほろほろと崩れ、塵になる。「わかってる。でも、もう一度だけ、私が知っていると思っていた兄に働きかけてみたい。もし、それでもだめなら……」
「その時は、君と君のお母さんを守るためなら、どんなことでもする」翔太は私の手を握り、揺るぎない力を伝えてくれた。
その時、台所の窓から母が叫んだ。その声は恐怖で鋭く尖っていた。「瑞希! 玄関に誰かいる……ノックもせずに!」
私と翔太は視線を交わした。心臓が早鐘を打っていた。
ドアの向こうにいるのは、誰なのか。






