第3章
佐藤友明は当然信じなかった。逆上して配信を切り、陰陽師の連絡先をすべてブロックした。
彼は青ざめた顔で私を睨みつける。
「化粧を直せ。俺の前ですっぴんを晒すな」
私は殊勝に頭を下げた。
「はい、友明くん」
伏し目がちにしながら、心の中で冷ややかに嗤う。
見てごらん。悪事を重ねる人間というのは、記憶力も悪いらしい。たった四年で、佐藤友明はこの顔を忘れてしまったようだ。
四年前、自らの手で絞め殺した女の顔を。
無理もないか。あの雨の夜は暗かったし、私は殴打されて頭から血を流し、顔の原型も留めていなかったものね。
『お願い、殺さないで』
私は懇願した。
『誰にも言わないから、見逃して』
しかし佐藤友明には届かない。暴れる私が鬱陶しかったのか、彼は私の手足をへし折り、その後、無残に犯した。
『おばあちゃんが待ってるの……家で私の帰りを待ってるの』
私は涙を流して訴えた。
『大学四年生で、やっとT大学の大学院に受かったばかりなのに……』
祖母は私を学校に行かせるため、爪に火をともすような生活をしていた。来る日も来る日も針仕事をして、その目はもうほとんど見えなくなっていたのだ。
合格の知らせもまだ伝えていない。あの子はまだ、一日たりとも楽な暮らしをしていないのに。
私がいなくなったら、あの子はどうなるの。
『うっせえよ!』
佐藤友明は怒鳴り、両手で私の首を締め上げた。
頸椎が砕ける鈍い音が響き、意識が遠のいていく。
死の淵で、祖母の姿を見た気がした。
色褪せた着物を纏い、家の前で私を待っている。
卓袱台には私の好物のちらし寿司。三日前から準備してくれたものだ。白濁した瞳で遠くを見つめ、私の帰りをひたすらに待ちわびている。
死体は神社の近くに遺棄された。けれど私の魂は、怨念に縛られ成仏できなかった。
怨霊となり、長い長い時を待ち続けた。
新しい顔を手に入れ、真っ先に向かったのは結婚相談所だ。
相談員は不思議そうに尋ねた。
「どうして佐藤家をご指名で?」
「ご縁を感じたんです」
私は静かに答えた。
「ずっと探していましたから」
四年。
丸四年もの歳月。
死してなお消えぬこの恨み、絶対に逃がしはしない。
佐藤家の誰かの誕生日が近づき、私は一家三人のために手縫いの着物を贈った。
「ほんの気持ちです」
微笑みながら、丁寧に包装された箱を差し出す。
佐藤友明の顔色がさっと変わる。陰陽師の警告を思い出したのだ。
「どうしたの、友明くん?」
異変に気づいた私は、優しく問いかける。
「私が一生懸命作ったプレゼント、お気に召しませんでしたか?」
その夜、佐藤友明がこっそりと陰陽師の連絡先を再登録しているのを見つけた。
『これは死に装束だ! 伝統的な葬儀衣装の特徴——白地に黒い縫い糸、そして左前。これは死人に着せるものだぞ!』
VTuber配信のリスナーたちは本気にしなかった。
『ただのレトロなデザインじゃね?』
『陰陽師先生、過敏すぎ』
『こういう和風、今流行ってるし』
陰陽師は連投する。
『数を数えてみろ、死人用のボタンは奇数だ。それに袖が手より長い。間違いなく死に装束だ。私が直接除霊に行かねば、取り返しのつかないことになるぞ!』
佐藤友明は半信半疑だったが、スーパーチャットが急増していることに気づいた。「陰陽師VS美女怨霊」という特別企画に、リスナーたちが食いついたのだ。
彼はわざとらしく恐怖に震える演技をして、即座に高額な除霊費用を陰陽師に振り込んだ。
「みんな、期待してくれ!」
佐藤友明はカメラに向かって叫んだ。
「数日後、有名な陰陽師を招いて生配信を行う! 本当に我が家が怨霊に取り憑かれているのか、その正体を暴くぞ! 予約とスパチャ、頼むぜ!」
弾幕と投げ銭が爆発的に流れる。
だが誕生日当日、佐藤家で本当に事件が起きた。
ただ、死んだのは義父——佐藤勇だった。
