第1章

春学期が始まって三週間目、私は大学の有名人になった。

ルームメイトの中島絵里奈が興奮した様子で部屋に飛び込んできて、スマホの画面を突きつけてきた。そこには、大学の匿名掲示板の最新スレッドが映し出されている。

画面には三枚の写真を繋ぎ合わせたコラージュ画像。左側には、経済学部の神崎菊司が図書館で私のために高い場所にある本を取ってくれているところ。真ん中には、格闘サークルのリーダーである池田悠が重厚なバイクに跨り、寮の前で私を待っているところ。右側には、理工学部の天才少年、西野智也が自習室で私のためにコーヒーを運んできてくれるところ。

添えられた文章はこうだ——『噂の三角関係? 最強イケメン争奪戦!』

 絵里奈の声は信じられないといった響きを帯びていた。

「神崎菊司、池田悠、それに西野智也——大学の三大有名人が、同時にあなたを口説いてるなんて! Twitterのトレンドにも入ってるよ!」

 私は驚かなかった。昨日にはもう知っていたことだから。

 ただ、彼ら三人が私を好きなわけじゃない。三百万円の賭けのためだ。

 三ヶ月以内に私を落とし、骨抜きにできるのは誰か、という賭け。

 そして私は、昨日たまたま通りかかり、たまたま家柄は平凡なのに成績は優秀で、彼らが『幸運の獲物』を選ぶ条件に合致していただけ。

「ほら見て!」

 絵里奈は興奮気味にLINEグループを開いて私に見せる。

「投資研究会の人たちが、神崎先輩が今日の会議であなたの名前を出してたって。格闘サークルの人たちは、池田先輩にあなたの時間割を調べるよう頼まれたって。あの天才少年の西野くんでさえ、あなたが好きな本のジャンルを人に聞いて回ってるって」

 私はちらりとそのメッセージに目をやり、すぐに俯いて匿名のグループチャットを開いた。

 そこでの議論は、さらに白熱していた。

『今度のはどれくらい持つかな。前回のは一ヶ月も経たずに神崎に落とされてたけど』

『桜井葵って何者だよ。奨学金で大学通ってるただの一般人だろ。こんなことになったら、夢見心地で笑いが止まらないだろうな』

『へへ、俺は神崎菊司に賭ける。一週間もすれば桜井葵は陥落するさ』

 嘲笑に満ちたこれらのメッセージに、神崎菊司、池田悠、西野智也は、それぞれ二言三言返信しているだけだったが、その言葉には必勝の自信が滲んでいた。

 私は目を閉じ、深呼吸する。指が無意識に机を叩いていた。

 兎だって、追い詰められれば人に噛みつく。

 私を獲物扱いする前に、その資格があるのかどうか、よく考えればいいのに。

 私は再びスマホを手に取り、LINEの未承認の友達申請三件を眺める。その瞬間、ある計画が脳裏に浮かんだ。

 彼らがゲームをしたいというのなら、ルールは私が設定してあげよう。

 三人の中で私が最初に接触したのは、神崎菊司だった。

 名高い神崎家の跡取りで、キャンパスには彼に恋い焦がれる者が数え切れないほどいる。しかし彼は、どの求愛者に対しても礼儀正しく接し、要するに、受け入れもせず、拒絶もしない。

 彼女たちと恋愛する気など毛頭ない一方で、その追従を享受しているのだ。

 図書館で、私はわざと本棚の高い場所にある本に手を伸ばしてみせた。神崎菊司はちょうど向かいにいて、当然その様子に気づいた。

「手伝おうか?」

 彼の声は低く、抑えが効いていた。

「もしご迷惑でなければ」

 私はわずかに俯き、彼らの賭けなど全く知らないかのように、程よい感謝の笑みを浮かべた。

 神崎は手を伸ばし、 легкоとその本を取って私に差し出した。その瞬間、私の指先が彼の少し冷たい手に触れると、彼は気づかれない程度に、さっと手を引いた。

 まだ少し初心な、高嶺の花といったところか。

「ありがとうございます、神崎先輩」

 私は最も丁寧な敬語で礼を言った。

 彼は少し驚いたようだった。

「僕のことを知っているのかい?」

 私は少し俯き、はにかんだ様子を見せる。

「経済学部の神崎先輩を知らない人なんていませんよ」

「今週の土曜日、投資研究会で講演会があるんだ」

 彼は一呼吸置いて言った。

「もし興味があれば、聴きに来るといい」

「お誘いいただき光栄です」

 私は彼が差し出した講演会の招待状を受け取り、わざと指先で彼の手の甲をそっと撫でた。

 神崎は明らかに固まり、その眼差しに微かな動揺が走った。

 それに対し、私は艶めかしく無言のまま、にっこりと微笑み返した。

 彼のような気位の高い人間にとって、人前では内気で、二人きりになると大胆になる女ほど、魅力的なものはないだろう。

 神崎菊司に比べ、池田悠のアプローチはまさに大々的だった。

 ある日の放課後、寮へ帰る道を歩いていると、私は『一人でいた』池田悠に遭遇した。彼は全身傷だらけで、口の端からは血が滲んでいた。

 背後からは、彼を追いかけて殴りかかる『隣のサークル』の連中が追ってきていた。

 彼は私を見ると、途端に可哀想な表情を浮かべた。

「助けてくれ……」

 こんな使い古された、不良を助けるヒロインのシナリオを、一体どうして思いついたのだろうか。

 心の中でそうツッコミを入れながらも、私は彼の芝居に合わせてあげることにした。

 私は慌てたふりをして大声で叫ぶ。

「警察が来た!」

 彼が仕込んだであろう敵役の役者たちは、それを聞くと、即座に協力して四方へと散っていった。

「サンキュ」

 池田悠は口元の血を拭い、その瞳には複雑な光が揺らめいていた。

「先輩、お怪我を。保健室に行きますか?」

 私はわざと心配そうな表情を浮かべる。

「いらねえよ、こんなのかすり傷だ……」

 彼は言い終える前に、痛みに顔をしかめた。

「私の肩にお寄りください」

 私は優しく彼を見つめた。

 案の定、その日を境に、池田悠の猛烈なアプローチが始まった。

 彼は重厚なバイクに跨って寮の前で私を待ち、桜の木の下で大声で告白し、食堂では私のために割り込んできた学生を追い払いさえした。

 そして西野智也。十六歳で京都大学理工学部に特待生として入学した天才少年。彼が私に近づく方法は、ずっと単純だった。

 自習室で、彼は最も苦手とする文学の課題を手に、私の隣にやってきた。

「先輩、この文学の課題、教えてもらえませんか?」

 彼は眼鏡を押し上げ、人畜無害な笑みを浮かべた。えくぼがことさらに可愛らしく見える。

「もちろんいいわよ、西野くん」

 私は微笑んで応じたが、心の中では彼の眼鏡の奥で光る計算高い眼差しをはっきりと見抜いていた。

「先輩は本当に優しいんですね」

 彼は人懐っこい子犬のように見え、素直で聞き分けが良かった。

「もしご迷惑でなければ、週末、一緒に秋葉原へ行きませんか? 新しくできた本屋があるって聞いて。それに、他の課題についても教えていただきたくて」

「いいわよ、喜んで」

 私は面倒見の良い先輩を演じているのだから、後輩の頼みを断るはずがない。

 寮に戻り、私は窓辺に立って、桜が舞い散る夜景を眺めた。

 そっと窓ガラスに触れ、口元に冷たい笑みを浮かべる。

「ゲームはまだ始まったばかりよ、皆さん」

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