第4章
蛇のように冷たい声で、心美はゆっくりと私に近づいてくる。その一歩一歩が、私の心臓を押し潰していくかのようだった。田中記者はまだカメラ機材を調整していて、このピリピリと張り詰めた空気にはまったく気づいていないようだ。
「何か問題でも、鳴瀬さん?」
心美はすぐさま甘い仮面をかぶり直した。「あら、何の問題もありませんわ! ただ、葵にもう少しリラックスするように、と伝えたかっただけなんです」
彼女は私のそばに歩み寄り、優しく肩を撫でてきた。けれど、その爪は深く肌に食い込み、私は思わず息を呑む。
「そうよね、葵?」胸が悪くなるほど甘い声なのに、その目は毒蛇のように冷え切っている。「あなたはただ、田中さんの質問に正直に答えればいいのよ」
正直に、だって? 思わず噴き出しそうになった。彼女の言う「正直」とは、私が詐欺師だと公衆の面前で認めさせることなのだから。
「では、始めましょう」田中さんは録音機材を調整する。「鳴瀬葵さん、国立音楽高校での学業について詳しくお聞かせいただけますか? 例えば、お好きだった教授や、最も印象に残っている授業など」
心臓が激しく高鳴り、頭の中が真っ白になる。国立音楽高校のことなど何も知らない――それがどこにあるのかさえ、定かではないのだ。
「わ、私は……」声が震えた。
「少し緊張しているみたいですね」心美が「助け船を出すように」口を挟む。「こうしてはいかがでしょう、田中さん――まずは葵に、そのプロとしての腕前を披露してもらうというのはどうでしょうか? 確か、国立音楽高校の学生は初見演奏の基礎がしっかりしていると記憶していますわ」
彼女はテーブルの上の楽譜を指さした。その目は、悪意に満ちた喜びに輝いている。「さきほど市川先生がご用意くださったエチュードを弾くだけでいいんですの! 国立音楽高校の優等生にとっては、こんなの朝飯前でしょう?」
私はその忌まわしい楽譜を睨みつけた。呪われたような音符たちが、目の前でぐにゃぐにゃと歪んで見える。失読症のせいで、文字だろうと音符だろうと、私には記号の判別ができないのだ。
「これは……」必死で言い訳を探す。「先ほども申し上げた通り、少し体調が……」
「体調が?」田中さんは戸惑ったように尋ねる。「ですが、市川先生は鳴瀬さんのことを天才レベルの音楽家だと。この程度の基本的な練習曲なら……」
「もちろんですわ!」心美が、勝利の喜びに満ちた声で割り込んできた。「葵の腕は、まさしく天才レベルです! さあ、葵、田中さんに本当の国立音楽高校のレベルというものを見せてあげなさい!」
崖っぷちに突き落とされた気分だった。あの楽譜は死刑宣告のようなもの――私には、何一つ理解できないのだ。
その、絶体絶命の瞬間に、私はふとあることを思い出した。
「実は……」私は必死に声を平静に保ちながら続ける。「国立音楽高校では、即興演奏と音楽療法を専攻していました。私たちの訓練は、伝統的な読譜技術よりも、聴覚による知覚や感情表現に重きを置いていたんです」
これは鈴木先生から聞いた受け売りの知識だったけど、苦し紛れにしては、少なくとも専門的に聞こえるはず。
田中さんは興味を示した。「音楽療法、ですか? それは珍しいですね! 詳しくお聞かせ願えますか?」
「はい」私は覚悟を決めて、さらに嘘を重ねる。「音楽を通じて患者さんの回復を助け、純粋なメロディーで人の魂の最も深い部分に触れる方法を学びます。これに求められるのは、技術のひけらかしではなく、魂の共鳴なんです」
心美の目に、一瞬、驚きの色が浮かぶのが見えた。私がこんな風に反撃するとは、夢にも思わなかったんだろう。
「ですから、私は楽譜に頼るより、耳で聴いて覚えることに慣れているんです」と私は続ける。「だからこそ、先ほどは市川先生に一度弾いていただきたいとお願いしたんです」
田中さんは頷いた。「なるほど。それは実に先進的な教育理念ですね。では、鳴瀬さんの即興演奏の能力を実演していただけますか?」
それなら、できる! 私はハーモニカを強く握りしめ、深く息を吸い込んだ。
「葛藤と希望をテーマにした即興曲を演奏します」
ハーモニカの音色が録音スタジオに響き渡る。私は内なる恐怖、怒り、そして絶望のすべてをその音に注ぎ込んだ。メロディーは低い呻きから始まり、やがて激しい反抗へと変わり、最後には揺るぎない希望へと昇華していく。
これは技術の披露ではない――私の魂の、ありのままの叫びだった。
演奏が終わると、録音スタジオは静寂に包まれた。田中さんの目は涙で潤んでいる。「なんてことだ、この表現力は……。こんなに深みのある音楽は聴いたことがない」
心美の顔は青ざめていた。彼女の完璧な計画は、またしても私によって打ち砕かれたのだ。
「実に素晴らしいです!」田中さんは興奮した様子で機材を片付け始める。「これは明日のトップ記事で決まりですよ! 国立音楽高校の音楽療法プログラムが、これほどの天才を生み出すなんて――信じられません!」
彼は足早に立ち去り、あとには私と、向かい合う心美だけが残された。
これでまた一つ災難を乗り越えた、と安堵したのも束の間、心美の次の一言が、私を奈落の底へと突き落とした。
「上出来じゃない、葵。でも、これで終わりだと思う?」
彼女はスマートフォンを取り出した。その画面には動画が映し出されている。「これは、さっきのあなたの『即興演奏』の映像よ。これを誰に送るか、知りたい?」
心臓が止まった。「どういう意味?」
「決まってるでしょ、市川先生よ」彼女は冷たくせせら笑う。「こう説明を添えてね。見てください、先生の天才生徒さんは、基礎的な初見演奏すらできず、即興演奏でごまかすことしかできないんですよ、って。プロのプロデューサーである彼が、それをどう思うかしら?」
「そんなこと、させない……」
「できるし、するわ」心美は一歩近づく。「……ただし」
「ただし、何?」
「私に協力すると約束するならね」彼女の目は、さらに狡猾さを増した。「今夜、音楽堂レコード主催の年恒例ガラディナーがあるの。私のパフォーマンスの伴奏をあなたにやってもらう。あなたは舞台裏に隠れて、私が表で演奏する。栄光はすべて私のもの――あなたはただ、黙って弾いていればいい」
私は歯を食いしばった。「もし、断ったら?」
「断る?」心美は狂ったように笑う。「そしたら、市川先生にはこの動画が届くわ。それに加えて、国立音楽高校からの公式回答もね――鳴瀬葵という名の学生を入学させたことは一度もない、と」
彼女は私の耳元に顔を寄せ、毒蛇のように冷たい声で囁いた。「そして、あなたのお母さんの医療費は、即刻、永久に打ち切られる。経済的支援のない重病患者が、どれだけ生きられると思う?」
母さん……。その言葉が、大槌のように私の心を打ちのめした。
「それにね」心美はさらに追い打ちをかける。「ちょっとしたサプライズも用意してあるの。高橋和人という名前、知ってる?」
私の血は、瞬時に凍りついた。高橋和人――十年前に交通事故で植物状態になった、あの有名な作曲家。そして、そのひき逃げ犯は、私の父親だった。
「知ってるみたいね」心美は勝ち誇ったように微笑む。「どうやってこの秘密を知ったと思う? 探偵を雇って、あなたの父親を調べさせたのよ。なかなか興味深い発見だったわ、そう思わない?」
世界がぐるぐると回るのを感じた。この秘密は、私の心の最も深い痛みであり、最大の罪悪感の源だったのだ。
「このニュースが漏れたら」心美は悪意を込めて言った。「市川先生はどう思うかしら? 彼が最も尊敬する師匠を植物状態にした犯人の娘が、彼の気持ちを弄んでいたなんて」
「やめて……」声が震えた。「お願いだから……」
「お願い?」心美は嘲笑う。「じゃあ、おとなしく協力しなさい。今からあなたは、私の個人的な音楽道具よ。私が言ったことを、あなたはやるの」
彼女は一枚のメモを私の手に押し付けた。「今夜八時、コンサートホールの舞台裏よ。いいこと、あなたは姿の見えないただの道具――余計な考えは持たないことね」
メモに目を落とすと、そこには住所と時間が殴り書きされていた。しかし、その文字が目の前で歪み、いくつかの文字をかろうじて判別できるだけだった。
「読めないの?」心美は私の様子に気づき、その目にさらに悪意の光を宿した。「ああそう、忘れてたわ。あなたは字もまともに読めないんだったわね。なんて完璧な出来損ない!」
彼女はメモをひったくり、ビリビリに破り捨てた。「読めないなら、直接教えてあげる。今夜八時、サントリーホール。遅刻も欠席も、抵抗する考えも許さないわ」
そう言い放つと、彼女はハイヒールを鳴らして去っていった。録音スタジオの椅子に、私だけが崩れるように取り残された。
ちょうどその時、市川さんが戻ってきた。
「待たせてすまなかった」彼は申し訳なさそうに言った。「レコード大賞の件が思ったより複雑でね……。あれ、記者はどこだ?」
「もう帰りました」私は必死に声を普通に保つ。「インタビューは、順調でした」
市川さんはほっとした様子だった。「そうか! 君ならうまくやれると思っていたよ。さて、さっきの練習の続きをしようか……」
彼はピアノに向かい、楽譜を手に取ったが、ふと動きを止めた。
「葵、一つ質問がある」市川さんは私の方を振り返り、その目に戸惑いの色が浮かんでいる。「インタビューの時、心美は君が国立音楽高校で音楽療法を専攻していたと言っていた。だが、私の知る限り、国立音楽高校の音楽療法プログラムは一番難しいコースで、しかも……」
心臓が激しく脈打った。「しかも、何ですか?」
「しかも、入学条件は非常に厳しく、確かな音楽理論の基礎と読譜能力が必須だ」市川さんの視線が鋭くなる。「これは、君がさっき見せた様子とは、少し矛盾するように思えるんだが」
口を開き、何かを説明しようとしたが、喉が締め付けられるようだった。
「いくつか、確認する時間が必要だ」市川さんはデスクの方へ向き直った。「君はもう帰りなさい。明日の朝九時にまた来てくれ――その時までには、君からすべてを説明してもらえると期待している」
彼の口調は氷のように冷たく――明らかに、疑念を抱いていた。
「先生、説明できます……」
「明日だ」彼は振り返らずに言った。「私の方で、国立音楽高校の関係部署に連絡して確認を取る。がっかりするような発見がないことを願うよ」
心美の脅迫と、市川さんの疑念。二つの山に押し潰されそうになりながら、私は震える足でスタジオを後にした。
もう、おしまいだ。さらに深い罠に落ちていくのを感じた。
もっと恐ろしいのは、今夜、まだ心美に仕組まれた演奏が残っていることだった。







