第3章

「償い? あなたの言う償いって、あの人たちと同じように、私が物分かり良く、何でもかんでも橘詩音に譲れってこと? そんな償い、あなたなら受け取るの?」

青山希にやり込められた橘陸は何も言えず、黙って俯くしかなかった。その瞳の奥に、怒りの色がかすかに宿る。

当時、自分もまだ子供だった。遊びたい盛りなのは当たり前だ。もしあの時、青山希がどうしても一緒に遊びに行きたいと騒がなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

それに、自分はもう何度も謝ったというのに、彼女は毎回この話を蒸し返す。明らかに根に持っているだけじゃないか。

「この件で君が辛い思いをしているのは分かっている。だけど、もう騒ぐのはやめてくれ。僕たちの我慢の限界を試すような真似はしないでほしい」

橘硯は橘陸のばつの悪そうな様子を見て、少し口調を和らげながら続けた。「詩音ちゃんが君のバラエティは要らないと言った以上、もうそれでいいんだ。僕が代わりにもっと良い仕事を見つけてきて、それを埋め合わせにする。だから、父さんと母さん、それに詩音ちゃんに謝って、この話は終わりにしよう」

「あなたたち一家って本当に極上品ね。よくもまあ、そんな恥知らずなことをそんなに堂々と言えるものだわ」

青山希は思わず手を叩いた。これ以上ここにいたら、本気で罵倒してしまいそうだ。

「説得は無駄だ。彼女がそこまで頑なに縁を切りたいと言うなら、切ればいい。今日、本気でここから出て行くつもりなら、二度と戻ってくるな。いつまで強がっていられるか、見ものだな」

長兄の橘時明も吐き捨てるように言った。青山希が戻ってきてからこの一年あまり、彼女は四六時中自分たちに媚びへつらっていた。本気で縁を切るつもりだとは信じられない。ただ自分たちの気を引きたいだけだろう。本当に家を出て行く度胸などあるはずがない。

「自分たちで勝手に芝居がかったこと言わないでくれる? 誰もがあなたたち橘家の財産を欲しがってるなんて思わないでよね」

青山希はそう言い放つと、振り返りもせずにその場を去った。リビングに響き渡る、けたたましいドアの閉まる音。それでようやく、一同は呆然とした。

まさか、本当に家を出て行ったのか? 数人の顔色がおかしくなる。

「外で躾がなってないからよ。少しも行儀がなってない。どうして私がこんなものを産んだのかしら」

橘夫人は我に返ると、悔しそうに地団駄を踏んだ。もしかしたら親子鑑定を間違えたのではないかとさえ疑ってしまう。橘詩音は血が繋がっていないのに、あんなに物分かりが良いというのに。青山希はなぜ、彼女の半分も大人しくできないのか。

「母さん、放っておきましょう。本当に家を出て行く度胸なんてあるわけない。外で数日放置しておけばいいんですよ。芸能界なんていう大染め物屋には、どんな人間がいるか分からない。そのうちいじめられても誰も守ってくれなくなったら、大人しく戻ってくるしかないんですから」

橘硯は歯ぎしりしながら言った。青山希がこんな風に出て行けば、もし噂が広まったら、次男である自分の評判が悪くなるかもしれない。

「その通りだ。橘家に逆らうやつを、誰も使おうとはしない。何度か壁にぶち当たれば、自分の過ちに気づくだろう」

橘時も同意するように言った。青山希がいなくなって、彼が一番喜んでいた。あのうざい奴がいなければ、家もようやく数日は静かになるし、詩音ちゃんもいじめられずに済む。

「二番目のお兄様、三番目のお兄様、そんなこと言わないでください。このことは私のせいです。もし私に力があって、自分でそのバラエティに出られたらよかったんです。そうすれば、お姉様が皆さんと喧嘩することもなかったのに」

橘詩音はその様子を見て、絶妙なタイミングで口を挟んだ。その言葉はまた、皆の同情を誘った。

彼女は心の底の喜びを抑えつけ、相変わらず可憐で哀れな表情を浮かべている。「まずはお姉様に冷静になってもらいましょう。明日、私が謝りに行きます。たとえお願いしてでも、お姉様を連れ戻します。だって、あの方こそが橘家の令嬢なんですから」

「何を謝るっていうの? あなたは何も悪くないわ。青山希が根に持ってるだけよ。彼女に嫌な思いをさせられに行くことはないわ」

橘詩音の言葉が終わるか終わらないかのうちに、橘夫人が命令口調で言い放った。

「そうだよ。青山希はそこを突いてきてるんだ。俺たちが甘やかして機嫌を取りに行けば、彼女の思う壺ってわけだ」

橘梓が不機嫌そうに言うと、橘陸も頷いた。「あいつは理不尽なことでも自分の理屈を押し通そうとする。下手に出れば出るほど、あいつはつけあがるだけだ。この一年あまりで、俺はそれを痛感したよ」

橘の父も頷き、すぐに橘詩音の肩を叩いた。「この件は君とは関係ない。安心して橘家にいなさい。青山希も自分で考えがまとまれば戻ってくる。あまり自分を責めるな」

「でも……」

橘詩音はためらうように橘夫人を見た。彼女もまた、詩音の手を叩き、優しく宥める。「お父様の言う通りにしなさい」

その言葉を聞いて、橘詩音の心に引っかかっていた石がようやく落ちた。仕方ないといった様子で頷きながらも、心の中はこれ以上ないほど喜んでいた。

青山希はこの家から出て行った。ならば、二度と戻ってこられる機会など与えてやるものか。

一方。

青山希には未練のかけらもなかった。橘家の屋敷を後にして、タクシーで旧市街へと向かった。

橘家に引き取られる前は、彼女はこの旧市街に住んでいた。幸い、当時部屋を借りた際に三年契約を結んでいたため、契約期間が満了しておらず、大家に解約を申し出るのも気が引けて、そのままにしてあったのだ。

彼女が橘家に持って行った荷物はそれほど多くない。それに普段から、何か嫌なことがあると、ここに駆け込んでは部屋の大掃除をした。汗だくになるまで体を動かせば、気分もいくぶん晴れるのだ。

家に戻ると、青山希は素早く窓を開けて換気し、次に水の入ったバケツを持ってきて、家具の上の埃を少しずつ拭き取っていった。

部屋の中はそれほど汚れていない。彼女がモップを置こうとしたその時、ポケットの中でスマートフォンが突然鳴り響き、少し場違いに感じられた。

彼女はスマートフォンを取り出し、画面の着信表示に目をやった。その瞬間、眼差しがすっと冷たくなる。斎藤徹からだった。

まさか、前の人生で斎藤徹までもが自分を裏切ることになるとは思ってもみなかった。

かつて、遊園地の入口で橘陸に置き去りにされた時、人身売買の組織に遭遇し、もう少しで攫われるところだった。幸い、機転を利かせてとある叔父さんに助けを求めた。

その叔父さんたちは道士で、彼女を哀れに思い、道観に連れ帰って養ってくれた。斎藤徹の祖父はその道士と親友で、斎藤徹はしょっちゅう家族と一緒に道観にやってきた。そうするうちに、二人は親しくなった。

子供の頃の青山希は口数が少なく、友達作りも苦手で、卑屈で敏感、おまけにしょっちゅう癇癪を起こしていた。斎藤徹は彼女より数歳年上で、何から何まで彼女を受け入れ、譲ってくれた。

そうして彼女は少しずつ心の闇から抜け出し、徐々に明るくなっていったのだ。

二人はそうして共に成長したが、後に斎藤徹の祖父が亡くなり、斎藤徹は仕方なく両親と共に雲城市へ戻ることになり、そこで二人は離れ離れになった。

青山希はそれが寂しくて、一心不乱に勉強に打ち込み、自らの努力でついに雲城市の大学に合格した。

卒業後、斎藤徹が芸能界に入ったと知り、彼女もまた芸能界入りした。懸命に努力し、ようやく少し名が売れた頃、たまらずに彼に告白した。

彼の返事は曖昧で、拒絶はしなかったが、さして喜んでいるようにも見えなかった。

当時、青山希は彼が恋愛経験がなく、恥ずかしくてどうしていいか分からないだけだと思っていた。今になってようやく分かる。本当に人を愛しているなら、その眼差しは隠せないものだ。自分はただ、自分を偽っていただけだったのだ。

そこまで考えると、青山希は心の中の嫌悪感を押し殺し、遠慮のない口調で切り出した。「何の用?」

「君、数日後にバラエティ番組に出るんだって?」

斎藤徹も勿体ぶらず、単刀直入に尋ねてきた。その口調には、いくらか不快感が滲んでいるのを青山希は聞き取れた。

「どこから聞いたの?」

青山希は肯定も否定もしなかった。だが、考えなくても分かる。前の人生でも斎藤徹は橘詩音のことが好きだった。橘詩音に関することとなると、彼の耳はどこまでも早かったのだ。

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