第4章 偶然の出会い
「君のお兄さんから聞いたんだが、バラエティ番組のゲスト枠を譲るつもりだとか。それで確認の電話をした」
斎藤徹の声は淡々としていて、喜びも悲しみも読み取れない。
「それで、あなたは私に譲ってほしいの? それとも譲ってほしくないの?」
青山希はわざと含みを持たせた。前の人生では、橘家の人々に気に入られようとしたことに加え、斎藤徹の説得もあって、結局その機会を橘詩音に譲ってしまったのだ。
次兄の橘硯は確かに約束を守り、別の仕事をくれたが、それは大したことのない役だった。
彼女にとっては全く何の助けにもならず、作品自体が駄作なだけでなく、知名度も皆無。おまけに審査に通らず、撮影中止に追い込まれる始末だった。
一方の橘詩音はというと、彼女から奪い取ったチャンスを足がかりに、清純な美少女路線でブレイクを果たした。
さらに青山希を怒らせたのは、斎藤徹も元々そのバラエティ番組に招待されていたという事実を、彼女が番組の放送後まで知らされていなかったことだ。
番組での二人は実に艶めかしく、画面越しに視線が絡み合うのが感じられるほどだったが、斎藤徹と橘硯がたまたま同級生だったため、彼女はそれ以上深く考えようとはしなかった。
その後、偶然にも良い機会を得て撮影現場に入り、斎藤徹も時々顔を見せに来てくれたことで、彼女は次第にその件を忘れていった。
天の憐れみか、彼女の確かな演技力は観客に認められ、最優秀主演女優賞にノミネートされた。ただ残念なことに、授賞式の日を待たずして、何者かに尾行され、誘拐されてしまった。
彼女が最後に助けを求めて電話をかけたのは五番目の兄、橘陸のところだったが、相手は橘詩音のことばかり気にかけていた。次に斎藤徹に電話をかけると、受話器の向こうから橘詩音の作ったような甘ったるい声が聞こえ、二人が一緒にいることを知った。
悲しむ暇もなく、ビルの屋上から突き落とされ、粉々に砕け散った。
今思えば、斎藤徹はとっくの昔に橘詩音と知り合っていたのだろう。最初から最後まで、何も知らずにいたのは自分だけだったのだ。
「君のお兄さんの話だと、君に譲ってほしいみたいだ。その代わりにもっといい仕事をくれるそうだし、譲るべきだと思う」
斎藤徹はほとんど迷うことなく、やや命令口調で言った。
「そうね、譲るべきだわ。でも、私が譲るべきなのは、その枠じゃない。別のものだと思う」
青山希は冷笑した。「あなたも彼女に譲ってあげるべきかしら?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。彼女は君の妹だろう? 僕が彼女と付き合うわけないじゃないか」
斎藤徹の淡々とした口調は、まるで尻尾を踏まれたかのように、途端に興奮したものに変わった。
「私にあんな厚かましい妹はいないわ。まさか、妹としてしか見てない、僕の考えすぎだよ、とか言いたいわけ?」
前の人生の青山希はあまりにも愚かで、このくだらない感情を重く見すぎていた。だが今はもうどうでもいい。ただ、この胸糞悪い連中を自分の人生から追い出したいだけだ。
「一体何を騒いでいるんだ? バラエティを譲りたくないならそれでいいだろう。わざわざいちゃもんをつける必要はないんじゃないか?」
斎藤徹はすっかり狼狽えているが、青山希は慌てず、一言一言区切って言った。「斎藤の御曹司、よく聞きなさい。私たち、別れるわ」
電話の向こうで数秒の沈黙があった。青山希が電話を切ろうとしたその時、再び斎藤徹の声が響いた。
「どうしてだ? 僕がバラエティの機会を譲るべきだと言ったからか? 君のためを思って言ったんだ。理不尽なことを言うな」
斎藤徹の声を聞いて、少しも悲しくないと言えば嘘になる。前の人生で得られた温もりは多くなかったが、彼は確かに少しばかりの愛情をくれた。しかし、今となっては考えも変わり、それ以上に吐き気を覚える。
「冗談じゃないわ、斎藤徹。私の方から、あなたを捨てるの。分かった?」
青山希は淡々と言い放った。
前の人生では、両親や兄たちにどれだけ悲しい思いをさせられても、何ともないと思っていた。少なくとも、自分を愛し、良くしてくれる人がいると。
だが、まさか自分が最も大切にしていた人物が、自分を最も深く傷つけるとは。
もし最初から、彼女が告白した時に、斎藤徹が曖昧な態度をとらずにはっきりと断ってくれていれば、彼女も何も言わず、せいぜい友達でいるだけだっただろう。
しかし彼は、彼女からの好意を享受しながら、橘詩音とあいまいな関係を続けていた。実に憎むべき男だ。
「青山希、嫌なら譲らなければいい。別れを切り出して僕を脅す必要はない。恋愛は遊びじゃないんだ」
「ええ、恋愛は遊びじゃない。あなたの感情はゴミよ。ゴミはゴミ収集所にいるべきだわ。こっちに近寄らないで」
言い終えるや否や、青山希は電話を切り、そのままブラックリスト登録と削除を一気に行い、斎藤徹の連絡先をすべて携帯から消し去った。
全てを終えると、青山希は再び掃除を始め、一汗かいた。掃除が終わると、気分もすっかり晴れやかになった。
夜、自分で作ったサラダをキッチンから運び出したところで、また携帯が鳴った。
友人からで、エンタメニュースを見てみろとのことだった。
青山希が訳も分からずウェブページを開くと、すぐに事態を把握した。橘エンターテインメントが彼女との契約を解除するという告知を出していたのだ。
橘氏は芸能界で一、二を争う大手事務所だ。彼らがこのような声明を公に出すのは、彼女を潰し、どこの事務所も彼女と契約できないように追い込むためだろう。そうなれば、彼女は大人しく橘家の人々に泣きつくしかないと。
私に頭を下げさせたい? 馬鹿な夢を見るのも大概にしてほしい。
青山希は携帯を閉じ、落ち着いて夕食を食べ始めた。誰も契約してくれないなら、自分で会社を登録すればいいだけだ。
幸い、前の人生で戸籍を移そうとした際に橘詩音が次々と問題を起こしたため、橘の父は形式的に手続きをしただけで、本当に彼女の戸籍を橘家に移してはいなかった。そのため、彼女は今でも自分一人の戸籍を持っている。
翌日、青山希は早起きし、身支度を整えると資料を持って家を出た。午前中いっぱい走り回り、ようやくスタジオの登録を済ませることができた。
全ての準備が整ってから、彼女はバラエティ番組の監督に電話をかけ、ゲスト枠に影響がないことを確認し、ようやく胸をなでおろした。
それから数日間、青山希は自宅にこもり、会社経営に関する知識を詰め込んだ。
その間、橘家の人々から体裁を繕うような電話が二度ほどあったが、いずれも彼女に皮肉を言われ、着信拒否された。
その日、青山希が資料を持って番組制作会社を訪れ、外に出たところで、橘硯と橘詩音にばったり出くわした。橘陸も一緒だった。
三人は彼女を見て顔色を変えたが、青山希は気づかないふりをして、背を向けて立ち去ろうとした。しかし、橘詩音に呼び止められた。
「お姉ちゃん、あなたも番組の打ち合わせに来たの?」
青山希はその言葉に足を止め、瞬時に状況を理解した。「どうかした? まさか、またあなたに枠が回ってきたわけ? 今度は誰のを奪ったの?」
「お姉ちゃん、誤解よ。奪ったんじゃなくて、お兄ちゃんが監督と相談して、五番目のお兄ちゃんと私が一緒に出られるようにしてくれたの。番組側も同意してくれたわ」
橘詩音は少し得意げに笑った。青山希は橘陸に視線を移し、まるで口の中にゴミを無理やり詰め込まれたような吐き気を覚えた。
橘陸は新人映画帝王だ。どんな番組でも彼が加われば、相当なアクセスが見込める。番組側が歓迎するのは当然だろう。
つまり、彼女の枠を使わなくても、橘詩音はこの番組に出る方法を考えられたということだ。それなのに、橘家の人々はわざわざ彼女に道徳的な圧力をかけたのか? どの面下げて。
