第2章
山崎絵美視点
東洋医科大学病院の集中治療室へと続く廊下は、まるで霊安室のように冷え冷えとしていた。
天井の蛍光灯が床の隅々まで無慈悲な影を落とし、鼻をつく消毒液の匂いが重く垂れ込めて、吐き気を催させる。私は保温機能付きのスープジャーを握りしめ、この廊下を三日間、ただ行ったり来たりしていた。
三日間。
庄司は一度も家に帰ってこなかった。私の電話に出ることも、一度としてなかった。彼は、私のことなど微塵も気にかけていなかった。
ICUの大きなガラス窓越しに、私は心が張り裂けるような光景を目の当たりにしていた。
庄司は、森本亜里亜のベッドのそばに座り、甲斐甲斐しく彼女の枕を直している。
『いつになったら、私はあんな風に、あなたに優しくしてもらえる日が来るのだろう』
彼が彼女の体温を測り、濡らした布で優しく額を拭い、耳元に寄り添って慰めの言葉を囁くのを、私はただ見ていることしかできない。その一心な眼差し、その悲痛な表情、その繊細な気遣い——それは、私がこの三年間、ずっと夢見てきたものすべてだった。
「もう大丈夫だ、亜里亜。俺がいる」
ガラス越しに、彼の優しい声が聞こえてくる。
「もう二度と、誰も君を傷つけたりしない」
私は無意識のうちに、自分のお腹に手を当てていた。
『赤ちゃん、見える? あれがあなたの父親よ。あなたの母親のことなんて、決してあんな風には見てくれない人』
ナースステーションの看護師たちは、とうに私の顔を覚えていた。彼女たちは、憐れみの滲んだ目で私を見る。まるで、惨めに見捨てられた妻を見るかのように。
「山崎奥様、またいらしたんですか」
若い看護師の小林由衣さんが、そっと声をかけてきた。
「山崎さんにお伝えしましょうか、奥様がお見えになったと」
私は力なく笑みを浮かべ、首を横に振った。
「いえ、結構です。彼は忙しいでしょうから」
『ええ、別の女の世話で、ね』
意を決してICUのドアを押し開けると、庄司は振り返りもせずに言った。
「そこに置いて、出ていけ」
まるで、どうでもいい使用人を追い払うかのような、冷たい声。
私は近くのテーブルにスープジャーを置いた。中には手作りの味噌汁と、彼が好きなおにぎりが入っている。しかし彼は一瞥もくれず、その意識のすべては森本亜里亜に注がれていた。
「庄司さん、三日間ちゃんと食べてないでしょう」私は慎重に言葉を選んだ。「せめて味噌汁だけでも飲んで。あなたの体が——」
「出ていけと言ったはずだ」
彼の声はさらに冷たくなり、依然として私の方を見ようとはしなかった。
私は馬鹿みたいに、ただその場に立ち尽くしていた。
三年間、こんな扱われ方には慣れたはずだった。だが、他の女にこれほど優しく接しておきながら、私には視線ひとつよこそうとしない彼を目の当たりにして——その痛みは、まるで津波のように私に襲いかかってきた。
『私のお腹には、彼の子供がいるというのに。それなのに、ほんの少しの気遣いさえも、もらえないなんて』
四日目の朝。ブラインドの隙間から、暖かく穏やかな陽光が病室に差し込んでいた。
再び病院を訪れた私は、部屋の中から森本亜里亜のか細い声が聞こえてくることに気づいた。
彼女は、目を覚ましたのだ。
出来立てのお粥を手にドアの外に立っていた私は、ドアの隙間から、決して見たくなかった光景を目にしてしまう。
森本亜里亜は弱々しく目を開け、すぐに庄司の姿を探した。彼を見つけると、その瞳には、私が彼に向けられているのを見たことがない光が宿っていた。紛れもない、愛の光が。
「庄司……」
彼女の声はかすれていたが、思慕の念に満ちていた。
「もう二度と会えないかと思ったわ」
庄司は彼女の手を固く握りしめる。
「目が覚めたんだな。ああ、よかった……本当によかった」
「ごめんなさい、庄司。三年前、あなたを置いていってしまって」
森本亜里亜の瞳に涙が浮かぶ。
「私はなんて自己中心的で、馬鹿だったんでしょう。海外でキャリアを築けるなんて思ってたけど、間違ってた。本当に、大間違いだったわ」
「謝るな。絶対に謝るな」
庄司は彼女の頬を優しく撫でた。
「大事なのは、君が今こうして戻ってきたことだ。もう、どこにも行くな」
「襲われた時、本当に怖かった。あなたのことばかり考えてたの」
彼女は彼の手をきつく握りしめた。
「あなたをどれだけ愛しているか、伝えられないまま死ぬのかと思った」
私の手は震え始め、持っていたお粥の椀を落としそうになった。
「もう二度と、誰にも君を傷つけさせないと誓う」
庄司は彼女の潤んだ瞳を見つめた。
「絶対にだ」
それは、私が三年間ずっと聞きたかった言葉だった。でも彼は、私には一度も言ってくれなかった。
彼らが慈しむようにお互いを見つめ合う姿を、彼の瞳に宿る蕩けるような優しさを見て、私は圧倒的な絶望感に包まれた。
『これが、愛というものなのね。彼は、こんな風に一人の女性を愛することができるんだわ。ただ、その相手が、私じゃないというだけで』
私はそっとドアを押し開けた。
「お粥を持ってきたわ……」
その時になって初めて、庄司は私の存在に気づいた。彼の表情から、優しさは瞬時に消え失せる。
「絵美、ここで何をしている」
「森本さんの具合が気になって」私は声を平静に保とうと努めた。「体にいいと思って、お粥を作ってきたの」
森本亜里亜が、私を見た。その瞳には、見覚えのある感情が閃いた。軽蔑、という感情が。
「ご親切にどうも、絵美さん」
彼女は弱々しく微笑んだが、その視線は氷のように冷たかった。
「でも、少し静かに休みたいの。悪いけど……?」
彼女は最後まで言わなかったが、そのメッセージは明確だった。出ていけ、と。
私は庄司に目を向けた。何か、言ってくれることを期待して。しかし、彼は気まずそうに私の視線を避けるだけだった。
「亜里亜はまだ安静が必要なんだ」
彼はようやく口を開いたが、その口調は冷たく事務的だった。
「家に帰ってくれ」
『安静? 彼女が必要としている空間には彼が含まれていて、妻である私は含まれていないのね』
「私はただ——」
私が何か言い募ろうとすると、庄司の声には苛立ちが混じり始めた。
「絵美、頼むから。彼女が体調を崩しているのがわからないのか」
突然、森本亜里亜の顔が青ざめ、彼女の手が痛々しく胸を押さえた。
「庄司、めまいが……」
庄司は即座に緊張した。
「大丈夫か? 医者を呼ぼうか」
「大丈夫よ、ただ少し気分が悪いだけ」
森本亜里亜は私を弱々しく見つめ、その視線で自分の状態の原因をほのめかした。
庄司は私の方を向き、その瞳には明らかな敵意が閃いた。
「絵美、出ていけ。今すぐにだ」
『今すぐに』
私は、招かれざる闖入者のように、自分の夫に追い出されたのだ。
誰もいない廊下に立ち尽くす私の耳に、ドア越しに聞こえてくる庄司の心配そうな問いかけと、森本亜里亜のか弱い返事が届く。
「本当に大丈夫か? すぐに中村先生を呼んでくる……」
「彼女がいなくなったら、気分が良くなったわ。あなた、そばにいて抱きしめて……」
私は力なく壁に寄りかかった。手にはまだお粥の椀があったが、それはもう完全に冷え切っていた。
『この三年間。この家で、彼の心の中で、私はいったい何だったのだろう』
通り過ぎる看護師たちが、同情的な視線を私に向ける。夫とその元恋人によって病室から追い出される妻なんて、滑稽で仕方ないのだろう。
私はゆっくりと病院の小さな中庭まで歩き、ベンチに腰掛けた。秋の日差しが降り注いでいるというのに、その暖かさは少しも感じられない。
私はそっとお腹に触れ、乾いた笑いを漏らしながら呟いた。
「赤ちゃん、どうやらお母さんは、この家族のお荷物になっちゃったみたいね」
『あなたの父親の心は、他の女性のもの。そしてあなたの母親は、ただの哀れな影法師』
疲れ果てて背もたれに寄りかかり、声はさらに小さくなった。
「もしかしたら、私たちはこの場所を離れて、どこか新しい場所でやり直すべきなのかもしれないわね……」
しかし、そう口にしながらも、それが叶わぬ願いであることはわかっていた。
どうして、私が彼から離れられるだろう。ある種の想いは、心に深く焼き付いて、逃れられない執着となる。それがどれほどの痛みを伴おうとも、決して愛されることがないとわかっていても、私はまだ、この絆を断ち切ることができなかった。







