第3章
山崎絵美視点
山崎本家の屋敷の大広間は、壮麗な輝きに満ちていた。
豪奢なクリスタルのシャンデリアが、磨き上げられた大理石の床の隅々にまで、温かな黄金色の光を投げかけている。優雅に着飾った招待客たちはシャンパングラスを手に、そこかしこで楽しげな談笑の声を上げていた。これは、森本亜里亜の無事の帰還を祝うために山崎家が催した、盛大な祝宴だった。
そして私は、一番隅の席にぽつんと座っていた。
『なんて完璧な場所かしら』
山崎庄司と森本亜里亜が、まるで王と女王のように皆に囲まれて座る主賓席の方に目をやり、私は自嘲気味に微笑んだ。
私が着ていたのは、シンプルな黒一色のイブニングドレス。宝石で飾り立てた社交界の貴婦人たちの中で、場違いなほど地味に浮き立っている。もっと良いドレスが買えなかったわけではない。ただ、何を着たところで、誰も私になど気に留めはしないとわかっていたからだ。
「庄司と亜里亜をご覧なさい。なんてお似合いなのかしら」
叔母の声が、わざとらしく私の耳に届いた。
「これこそが『本物』の相性、天が定めたご縁というものよ」
他の親族の長老たちも、待ってましたとばかりに同意して頷く。
「ええ、亜里亜ちゃんは高貴な森本家の血筋ですもの」
「それに、とても聡明でいらっしゃる。海外での事業も順調だとか」
「何よりも、庄司の亜里亜ちゃんへの想いは、ずっと変わっていらっしゃらない」
私は隅の席で、まるで透明人間にでもなったかのように、彼女たちの会話に耳を傾けていた。その声は、明らかに私に聞かせるために張り上げられている。
「あちらの女は、籍の上では山崎の人間かもしれないけれど、所詮はただの会計士の娘でしょう」
「三年も経つのに、庄司様にお子様の一人もお授けできないなんて」
『もし私が妊娠していると知ったら、あなたたちはどんな顔をするのかしら』
そっとお腹に触れると、皮肉な思いが胸にこみ上げてきた。
「叔母様方のおっしゃる通りですわ」
私は無理に笑みを作って、会話に加わった。
「庄司さんと森本さんは、本当にお似合いですもの。皆様のお気持ち、よくわかります」
年配の夫人たちは、私の予想外の「物分かりの良さ」に意表を突かれたのか、驚いた顔で私を見つめた。
「絵美さん、あなたは本当に聞き分けのいい子ね」
叔母は満足げに私の手をぽんぽんと叩いた。
「あなたも、庄司の幸せを願っているのでしょう?」
『幸せ? 彼の幸せは、私の苦痛そのものなのに』
「もちろんですわ」私は静かに頷いた。「彼の喜びは、私の喜びですから」
嘘が唇からこぼれ落ちた瞬間、ナイフで心を抉られるような鋭い痛みを感じた。
パーティーの半ば、私は心を打ち砕かれる光景を目の当たりにする。
森本亜里亜が庄司の肩にわざとらしく寄りかかり、甘えた声でささやいた。
「庄司、まだ少し疲れているの。退院してすぐにこんな盛大なパーティーは、さすがに体にこたえるわ」
庄司はすぐに心配そうな顔で彼女を覗き込む。
「それなら早く帰ろう。君の体が一番だ」
「ううん、みんなと一緒にいたいわ」
森本亜里亜は弱々しく微笑んだ。
「だって、このパーティーは私のためのものだもの。ただ……ショールを取ってくださる? 少し肌寒くて」
「もちろん」
庄司はすぐに立ち上がり、彼女にショールを持ってくると、その華奢な肩に優しくかけてやった。
「きつくないかい」彼は囁くように尋ねた。
「ちょうどいいわ」
森本亜里亜は彼の腕の中で満足そうに身を寄せた。
「ありがとう、庄司」
私はその光景を、複雑な感情が渦巻く中で見つめていた。
「無理はするなよ。疲れたらすぐに言うんだ。いつでも帰れるからな」
庄司は優しく彼女を椅子に座らせた。
森本亜里亜は頷き、その瞳を幸せそうに輝かせる。
「あなたがそばにいてくれれば、何も怖くないわ」
周りの招待客たちは、その睦まじい光景を見て、感嘆の声を上げた。
「庄司様は、亜里亜さんに本当に優しいのね」
「これこそが『本物の愛』だわ」
「彼らは結ばれるべき運命なのよ」
私は隅の席で、まるで自分とは何の関係もない芝居でも見ているかのように、その光景をただ眺めていた。ただ、その主役の男が、たまたま私の夫であるというだけで。
私は静かに席を立ち、化粧室へと向かった。
一人きりで、自分のやつれた顔と向き合える場所が必要だった。
化粧室は不気味なほど静まり返り、水滴の落ちる音だけが規則的に響いていた。鏡に映る女——青白い顔、疲れ切った目、そしてあの無理に作った笑顔——を、私はじっと見つめた。
『これが私、山崎絵美。夫に愛されない妻、家族に受け入れられない部外者』
「あなたは悔しくないの?」
私は鏡の中の自分にそっと語りかけた。
「誰か、あなたの気持ちを気遣ってくれた?」
鏡の中の女は力なく首を横に振り、その目に涙が滲んだ。
「いつまで耐えるつもり?」
私は問い続けた。
「いつまで、ここにいるべきじゃない場所に居座り続けるの?」
『でも、離れるわけにはいかない』
私は深く息を吸い、無理やり笑顔を作った。
「頑張るのよ、絵美。……この家族のために。赤ちゃんのために」
『そして、決して忘れることのできない、あの人のために』
化粧室を出ると、廊下の先にある半開きの部屋から、聞き覚えのある声がした。
森本亜里亜の声だった。電話で誰かと話している。何気なく通り過ぎようとしたが、彼女の言葉に、私はその場で凍りついた。
「よく聞いて、この件はきちんと後始末してちょうだい。山崎家の婚外子の時みたいに、痕跡を残すようなヘマはしないで」
『山崎家の、婚外子……?』
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
『誰のことを言っているの?』
「あの件は三年前のことよ。もう誰も口にしたりしないわ。でも今回はもっと慎重にやりなさい。ミスは許さないから」
私は角に隠れ、冷たい壁に体を押し付け、声が漏れないように必死で手で口を覆った。
『三年前? 何の事件?』
「前に言ったでしょう。あいつは私たちの事業について嗅ぎ回りすぎていたのよ。もしあの時、私が素早く『処理』していなければ、今頃私たちのビジネスはすべて白日の下に晒されていたわ」
足が震えだし、立っているのがやっとだった。
『処理……? どういう意味?』
世界が、ぐらりと激しく揺れた。
手に持っていた水のグラスが、甲高い音を立てて床に落ち、無残に砕け散った。
「誰!」
森本亜里亜の鋭い声が響く。
私は夢中で踵を返し、走り出した。心臓が破裂しそうなほど、激しく鼓動していた。
屋敷の裏庭まで無我夢中で走り、巨大なイチョウの木の陰に身を隠すと、手で口を覆ったまま、涙が止めどなく溢れ出した。
『ありえない……そんなはずが……』
だが、電話越しの言葉一つ一つが、耳の奥ではっきりとこだましていた。婚外子、三年前、処理……。
『——真実を、突き止めなければ』







