第4章
入り口に立つ黒木琉生。その銃口は小原に向けられている。
私は鉄パイプを鷲掴みにし、ありったけの力を込めて小原へと振り下ろした。
ほぼ同時、乾いた銃声が轟く。
弾丸は私の掌を貫通し、そのまま小原の胸板へと突き刺さった。
激痛に視界が暗転し、鉄パイプがカランと床に落ちる。
黒木琉生は大股で踏み込むと、小原にもう一発、とどめの弾丸を撃ち込んだ。
そして振り返ると、振り上げた手で私の頬を二度張った。
「パン! パン!」
殴られた勢いで顔が横に弾かれ、口端から血が滲む。
黒木琉生は私の髪を乱暴に鷲掴みにし、無理やり引き立たせる。その瞳には、凍てつくような殺気が宿っていた。
「小林美晴、俺を裏切った奴がどうなるか、わかってんのか?」
私は激痛に耐えながら、問い返す。
「裏切り……?」
黒木琉生の眼光は、人を殺せそうなほど鋭く冷たい。
「男と駆け落ちなんざしやがって。それが裏切りじゃなくて何だと言うんだ」
わかった。きっと美月があることないこと吹き込んだのだ。私が誘拐されたことを、男との駆け落ちだと捻じ曲げて。
「俺はお前に十分尽くしてきただろうが」
指に力がこもり、頭皮が引きつるような痛みが走る。
「何でも与えてやったってのに、他の男について行く気か?」
突如、私は狂ったように高笑いを上げた。
笑いすぎて、涙が滲んでくる。
あいつが私に尽くした、だと?
私を罠に嵌め、全てを奪い去り、ただの子供を産む道具として扱ったことが、尽くしたと言うのか?
私は傷ついていないほうの手を持ち上げ、彼の腰にある拳銃を握りしめると、自身の腹に押し当てた。
「撃ちなさいよ」
黒木琉生の瞳孔が、驟然と収縮する。
彼は私を見据え、顔色を沈ませた。
「お前……知っていたのか?」
髪を掴んでいた手が緩み、その口調から険が取れる。そこには僅かながら、後ろめたささえ滲んでいた。
「美晴、この件がお前にとって不公平なのはわかってる」
「だが聞いてくれ。この子が生まれさえすれば、美月は天野家での地位を固められる……」
彼は私の手を取ろうとする。
「そうしたら、俺たち二人の本当の子供を作ろう。約束する」
私はその手を、乱暴に振り払った。
「そんなにこの子が欲しい?」
私は彼の瞳を射抜くように見つめ、一言一句、噛み締めるように告げた。
「なら、あんた自身が私を見張ることね」
「少しでも目を離せば、私は必ずこの子を殺すわ」
黒木琉生の顔色が、瞬時に土気色へと変わる。
彼が手を振り上げたので、私は殴られると覚悟して身を竦めた。
だがその手は空中で止まり、最終的に横の壁へと叩きつけられた。
「こいつを連れて帰れ!」
彼は歯噛みしながら怒号を飛ばす。
「二十四時間体制で見張るんだ。危険なものには一切触れさせるな!」
別荘に戻されると、私は寝室に軟禁された。
食事も摂らず、水一滴すら口にしない。
見張りの目が少しでも逸れれば、私はあらゆる手段で自分を傷つけようとした。
壁を爪で引っ掻いて指先を血まみれにし、ベッドの支柱に頭を打ち付け、割れたガラスの破片さえ口に入れようとした。
追い詰められた黒木琉生は、私に手錠と足枷を嵌め、自分の傍に繋ぎ止めるしかなかった。
彼が行く場所には、どこへでも連れて行かれた。
ある時、彼が私の服を着替えさせていた際、腰の後ろにある傷跡に触れ、動きを止めた。
「これは……何だ?」
その声は、ひどく微かだった。
私は冷ややかに笑う。
「二年抱いてきて、今さら背中の傷が気になるの?」
彼は何も答えず、ただその傷跡を掌で覆った。その瞳には、読み取れないほど複雑な色が混じり合っている。
その一瞬、彼の眼底に苦痛のようなものが走った気がした。
だがすぐに彼は手を引っ込め、冷徹な仮面を被り直した。
妊娠四ヶ月を迎えたあの日。黒木琉生の元に緊急の連絡が入った。
彼の組織と敵対勢力が波止場で衝突し、深刻な被害が出たらしい。
「すぐに向かう」
電話を切るなり、彼は上着を引っ掴んで部屋を出ようとする。
私は鉄の鎖でベッドに繋がれたまま、彼が去っていくのをただ見つめていた。
扉は外から施錠された。
それから丸三日、彼が戻ることはなかった。その間、誰一人として私を気にかける者はいなかった。
一滴の水さえ喉を通していない。喉はひび割れたように渇き、胃は空腹で痙攣している。
ベッドに横たわりながら、私は命が少しずつ削り取られていくのを感じていた。
このまま死ぬのだと思ったその時、手首の冷たい鎖に触れた。
それを見つめるうち、頭に狂気じみた考えが浮かんだ。
私は鉄の鎖を腹に巻き付けた。一重、また一重と。そして全力で締め上げた。。
激痛が走り、下半身から生温かいものが流れ出す。
歯が砕けるほど食いしばり、さらに強く締め付ける。
子供が苦しんでいるのがわかる。胎動が伝わってくる。
だが、止めるわけにはいかない。
この子は、この世に生まれてきてはいけない存在なのだ。
これは偽りであり、陰謀であり、私が利用されたことの動かぬ証拠なのだから。
絶対に生かしてなどおかない。
鎖は肉に食い込み、血は止めどなく溢れ出す。
意識が遠のき、視界が鮮血の色に染まっていく。
どうやら、ドアが蹴り破られたようだ。
誰かが、身を引き裂くような声で私の名を叫んでいるのが聞こえた。
「美晴!」
