第1章
花宮薔薇視点
午後二時、タトゥースタジオ『タトゥイスト』で、私はクライアントである白石怜さんの背中に、とぐろを巻く龍の筋彫りを施す作業に没頭していた。一筋一筋、完璧でなければならない――この龍のデザインが完成するまでにはあと二時間はかかるだろうが、私の最高傑作になるはずだ。
「花宮さん、この龍、まるで生きてるみたいだ!」
白石さんが鏡に映る自分の背中を見て、感嘆の声を上げた。
私は笑い、タトゥーマシンを彼の肌の上で踊らせ続けた。
「まだですよ。命が宿るのは、眼を入れてからです」
この依頼のおかげで、スタジオはあと二ヶ月は安泰だ。
経営は火の車だったが、それでも自分の芸術的な基準を妥協したことは一度もない。一つ一つの作品が私の署名なのだ――手抜きなど、できるはずもなかった。
バンッ!
ガラスのドアが乱暴に押し開けられ、風鈴がけたたましい音を立ててぶつかり合った。私の手元が狂い、もう少しで龍の鱗を台無しにするところだった。
「うちは完全予約制です!今すぐお引き取りください!」
私は顔も上げずに怒鳴りつけた。作業中に邪魔されることほど、頭にくることはない!
「彫師さん」
背後から、深く、人を惹きつけるような男性の声がした。否定しようのない権威を帯び、まるで地獄の底から響いてくるかのような、背筋を凍らせる声だった。
ゆっくりと振り返ると、高価なスーツに身を包んだ三人の男が、スタジオの中央に立っていた。
先頭に立つ男は長身で威圧感があり、誂え向きの黒いスーツを着こなしていた。その顔立ちは刃物のように鋭く、しかし鋼色の瞳は氷のように冷たかった。
「黒羽赤司だ」
薄い唇がほとんど動かない。
「君の新しい債権者だ」
心臓を大槌で殴られたような衝撃だった。
「債権者ですって?一体、何の話をしてるんですか!」
黒羽赤司はかすかに微笑んだ――その笑みは、彼の冷たい視線よりもなお、ぞっとさせるものだった。彼の後ろにいた弁護士風の男が一歩前に出て、機械的に読み上げ始めた。
「機材ローン240万円、家賃180万円、業者への未払い金260万円……」
一つ一つの数字が、弾丸のように胸に突き刺さる。信じられない思いで、私は目を見開いた。
「そんなはずは……契約はすべて分割払いで、支払いは一度も滞納していません……」
「合計680万円、それに利子もつく」
黒羽赤司が私の言葉を遮った。
「現金か、刑務所か?」
スタジオにいた誰もが凍りついた――白石さん、アシスタントの夏川栞、そして待合にいた数人の客。彼らの視線がライトのように突き刺さり、私は今までにない羞恥心に満たされた。
「あなた……私を監視して、罠にはめたの?」
ようやく事態を悟り、私の声は震えていた。
これは偶然ではない――周到に仕組まれた罠だ。私のローン契約はすべて悪意をもって買い取られ、すべての負債がこの男の管理下に集約されていたのだ。
黒羽赤司の唇が、危険な笑みを形作った。
「解決策を提示してやろう。俺の専属彫師として、三年間の独占契約だ」
「これは脅迫よ!誘拐だわ!」
怒りで我を忘れた私は、タトゥーマシンを掴んで彼に投げつけた。だが、それが届く前に、黒いスーツのボディガード二人に両腕を掴まれた。
「あっ!」
夏川栞が悲鳴を上げた。
白石さんや他の客たちは息を呑み、スタジオ全体が水を打ったように静まり返った。
私は檻の中の獣のように暴れたが、ボディガードたちの腕は鋼鉄の万力のようにびくともしない。
「私の芸術を……私の自由を……!あなたが全部、めちゃくちゃにした!」
声はかすれ、堪えきれなかった涙が裏切るように目からこぼれ落ちた。
黒羽赤司は私に歩み寄り、その長身から見下ろした。
「サインしろ。さもなくば刑務所行きだ。三つ目の選択肢はない」
弁護士が私の前に契約書を置いた。びっしりと書かれた法律用語を睨みつける。一語一語が、私の魂への死刑宣告のように感じられた。
「私に……選択肢は……ない……」
かろうじて聞き取れるほどの声で呟き、震える手でペンを取った。
ペン先が紙に触れた瞬間、私の芸術家としてのキャリアが死んだのを感じた。
サインを終えた私は、犯罪者のように自分のスタジオから「護送」された。
ドアのところで、私は最後にもう一度だけ振り返り、未完成の作品たちを見た。
すべて、終わったのだ。
スタジオの外には、黒いロールスロイスが停まっていた。私は車に「招き入れられ」、黒羽赤司が向かいの席に座った。
「俺のために働くのも、思うより面白いぞ」
閉ざされた空間で、彼の声はことさらに低く響いた。
私は冷たく窓の外を見つめた。
「面白い?あなたみたいな人にとって、芸術なんてただの飾り物にすぎないでしょう」
「俺のことを知らなすぎる」
車は都心の一等地へと向かっていった。街で最も高いビルの一つである紅塔が、私の新しい牢獄になるのだ。
エレベーターは最上階へ直行した。ドアが開くと、私のスタジオの十倍はあろうかという広さのタトゥースタジオが目に飛び込んできた。最高級の機材、完璧な照明、そして街全体を見下ろす巨大な床から天井までの窓。
信じられないほど豪華だが、息が詰まるようだった。
「ここが君の新しいスタジオだ」
黒羽赤司が私の背後に立った。
私は拳を握りしめた。怒りと、屈辱と、恐怖が胸の中で渦巻いていた。
この冷血漢は、自分が勝ったと思っている。私を意のままに操れると思っている。
だが、それは間違いだ。
私は決して屈しない。絶対に。








