第3章 過去
使用人たちは過去の恨みなど一切忘れ、口々に林田優子の周りに群がりながらお世辞を言っていた。数言葉で林田優子の機嫌を取ってしまい、上機嫌になった彼女は北野美月という自分にとって何の脅威にもならない女性を相手にする気も起こらず、使用人たちと共に別荘へと入っていった。
寒風が鋭い剣のように夜空を舞い、木の葉を叩きつけ、耳障りな唸り声を上げていた。北野美月は薄手の一枚を纏い、手足が冷えて痺れるほどだった。
だが、彼女の心は手足よりもさらに冷たかった。
この瞬間、人に捨てられる惨めさを初めて実感した。北野美月はこの別荘で四年間「奥様」として過ごしてきたのに、今は何一つ持ち帰ることもなく、他人に居場所を奪われてしまった。
「さようなら、山崎家!」
この四年間は、犬に餌をやっていたようなものだったわ!
深く息を吸い込み、北野美月は振り返ることなく去っていった。
その夜、彼女は市内中心部で1LDKの部屋を借りた。小さな部屋だったが、彼女が身を寄せるには十分だった。四年間も人気のない広大な別荘に住んでいたので、もうあんな人の気配のない日々を過ごしたくはなかった。
北野美月はすっかり緊張が解けた。無意味な待ちぼうけから解放されただけでなく、「山崎家の若奥様」という肩書きの束縛からも自由になったのだ。
自由って、なんて甘美なものなんだろう。
自由を取り戻した北野美月は携帯を取り出し、まず真っ先にブラックリストから、あのうるさい人物を解除し、電話をかけた。
電話がつながった瞬間、北野美月はちょっと後悔した。
うるさい……
「姉御、四年ぶりだぞ、やっと俺のこと思い出してくれたんだな!」
「離婚するって聞いたぞ、おめでとさん!山崎霧みたいなクールな無表情野郎なら、とっくに蹴っ飛ばしておくべきだったよな!」
「知らねえだろうけどよ、姉御が山崎家で肩身の狭い思いしてた間、裏社会じゃお前の伝説がいっぱい出回ってたんだぜ。あの古手の連中がお前こそ地球掘り起こしても見つけたいマックスレベルの大物だって知ったら、目ん玉飛び出すぜ!」
「どうだ、今回はでかいの狙うか?子分の俺は...」
「ストップ!」
北野美月は頭がぐるぐるして、まるで3000羽のアヒルが「ガーガーガー」と騒いでいるような気分だった。
ガーガーガー、ガーガーガー。
うるさすぎる!
彼、白井隆史の人物像は本来、傲慢不遜で、K市四天王の一人のはずなのに、北野美月の前ではただのうるさい子分だった。四年間北野美月と連絡が取れなかった彼は、今日ついに姉御からの電話を受け、興奮を隠せなかった。
しかし彼の熱意も北野美月には響かず、彼女は冷淡に断った「おじいちゃんに約束したの。もう二度とあの世界には戻らないって。あなたが本当に私を姉御と思うなら、この秘密を守って」
そう、北野美月には華やかな過去があった。だが今は、それを振り返りたくなかった。
北野美月は単刀直入に言った。「今回電話したのは、あるものを調べてほしくて...」
予定していた依頼を済ませると、北野美月は山崎霧からのメッセージを受信した。
心臓の鼓動が、一瞬加速した。
「明日9時、市役所にて」
まるで上司が業務を指示するような簡潔明瞭なメッセージに、北野美月の心の波紋はすぐに静まった。
やっぱり、男を気にすると不幸になるわ。
「了解」
北野美月も同様に素っ気ない返信をした。
翌日。
朝日が市役所のガラスドアを通して床に降り注ぐ中、北野美月は早くから入口に立っていた。シンプルながらも上品な赤いワンピースを身にまとい、化粧も丁寧に施して、これから始まる新生活への最後の準備をしているかのようだった。
ただ、今は少し頭がくらくらしていた。おそらく昨夜の冷えで少し熱があるようだった。
でも、本題には影響ない。
黒いロールスロイスが北野美月の前に停まり、山崎霧がゆっくりと降りてきた。長身で冷たい表情、黒いスーツが侵しがたいオーラを際立たせていた。
北野美月の姿を見て、彼の心に複雑な感情が湧き上がった。驚きと戸惑いが混ざっていたが、それを表に出さず、ただ眉をしかめて冷たくホールへと入っていった。
「随分と積極的だな?」山崎霧の声は低く、不満の色を帯びていた。
北野美月が振り返ると、目には驚きの色が浮かんだ。
この無表情な男が皮肉を言ってるの?社長が皮肉を言うなんて?今まで知らなかった。
でも山崎霧の足早な様子を見ると、積極的なのは彼の方じゃない?!


























































