第1章
小夜子の視点
意識が、まるで海の底から光を目指してもがきながら泳ぎ上がるように、ゆっくりと暗闇から浮上した。
割れるような頭痛が意識を再び引きずり込もうとする。だが、そのとき、見知らぬ記憶の洪水が、脳内に叩きつけられた――私のものではない記憶が!
私の名前は桐谷小夜子。三十二歳。新東京総合病院に勤務する心臓外科医だ。
つい昨日まで、私は手術室で五歳の子供の心臓手術を執刀していた。その最中に除細動器が誤作動を起こして……。
しかし、今、私の頭に流れ込んでくる記憶は、別の女性のものだった。神崎絵美里、二十八歳。気弱で、お人好しで、周りの誰からも踏みつけにされる哀れなほどのお人好し。そして彼女の人生は、私が以前読んだ恋愛小説『白衣の天使』そのものだった。
なんてこと。私、転生したっていうの? 本を部屋の向こうに投げつけたくなるほど苛々させられた、あの気の弱いヒロインの体に?
「絵美里、目が覚めたんだね」
その優しい男の声に、私ははっと目を開いた。ベッドの傍らには端正な顔立ちの男が座っており、見覚えのある、吐き気のするような作り笑いを浮かべていた。
神崎貴志。「私の夫」であり、この物語最大のクズ男だ。
「気分はどう?」彼は見せかけの心配を口にしながら、ナイトスタンドに書類を置いた。
「先生が言うには、身体に異常はないそうだ。ストレス性の失神だろうって」
私は身を起こし、その書類に目を落とした。見るまでもない。離婚届だ。
案の定、彼が口を開いた。
「絵美里、話がある。乃亜の将来のためだ、正しい選択をしてほしい。母親は、沙羅のほうがふさわしい」
まるで天気の話でもするかのような、穏やかで、しかし有無を言わさぬ口調。一人の女性の世界を木っ端微塵に破壊することが、まるで些細な迷惑事であるかのように。
絵美里の記憶によれば、彼女はこの言葉を数え切れないほど聞かされてきた。そのたびに彼女は涙ながらに懇願し、そして、さらに残酷な言葉で打ちのめされてきたのだ。
だが、私は絵美里ではない。
「正しい選択ですって?」私は冷たく笑った。
「神崎貴志、いつからそんなに恥知らずなクズになったの?」
彼は明らかに呆気に取られ、こんな反応は予想外だったのだろう。
そのとき、病室のドアが勢いよく開いた。入ってきたのはスクラブ姿の茶髪の女性。腰のくびれた――白石沙羅。婦長にして、貴志の愛人だ。
「貴志、絵美里さんの様子はどう?」沙羅の声は偽りの気遣いに満ちていたが、その態度はまるで我が物顔で部屋に乗り込んできたかのようだった。
彼女のすぐ後ろから、六十代ほどの上品な女性が入ってくる――貴志の母、神崎絹代。この一見優しそうな老婦人こそ、絵美里を苦しめてきた主犯格の一人なのだ。
「絵美里、お元気そうね」絹代の口調は突き放すようだった。
「いつまでも無意味な抵抗はやめて、物分かりのいい子になってくださると助かるのだけれど」
沙羅はさらに大胆だった。臆面もなく貴志のそばに歩み寄ると、その腰に腕を回し、私に挑戦的な視線を送ってくる。
「往生際が悪い人っているわよねぇ。自分じゃ力不足だって分かってるくせに、いつまでもしがみついて。みっともないったらありゃしない」
絹代も冷笑を浮かべて口を挟んだ。
「絵美里、そのわがままは乃亜のためになりませんわ。この三年間、あなたのしてきたことを見てごらんなさい。泣くこと以外に何ができたというの? 乃亜の母親には、沙羅のほうがよほどふさわしい」
三年間分の屈辱的な記憶が蘇る――数え切れないほどの嘲笑と罵声、終わりのない孤立と排斥、執拗なまでの精神的拷問。
元の絵美里は、この有害な環境の中で少しずつ心を削られ、闘う気力をすべて奪われ、屠殺を待つ子羊のようになってしまったのだ。
だが、今、彼女たちが相手にしているのは――この桐谷小夜子だ。
私はベッドから跳ね起きると、ナイトスタンドの離婚届をひったくり、三人の目の前でびりびりに引き裂いてやった!
「ふざけないで、この裏切り者のクズども!」私は吼えた。
「あんたたちには何も渡さない! 私の貯金も、私の家も、私が築き上げてきたすべても! 私が生きている限り、全部寄付してしまったとしてもあんたたちには渡さない!」
沙羅はあんぐりと口を開けた。「あなた……よくもそんな口がきけるわね? 絵美里、気でも狂ったの?」
「気が狂った?」私はベッドから飛び降り、彼女の顔に詰め寄った。
「あんたが私に言う資格であるの? 自分が賢いとでも思ってるの? たかが人の家庭を壊した泥棒猫が、調子に乗るんじゃないわよ!」
私は貴志に向き直り、目を燃え上がらせた。
「それにあなた、神崎貴志、この三年間、あなたが何をしてきたか私が知らないとでも思ってるの! 夫婦の共有財産を隠し、あなたの母さんと共謀して私を孤立させ、病院での生活を地獄に変えた――私が何も気づいていないとでも?」
「絵美里!」絹代の顔が怒りで真っ白になった。
「貴志に向かってなんて口のききかたを! 彼はあなたに対して、これ以上ないほど辛抱強く接してきたのですよ!」
「辛抱強い?」私は苦々しく笑った。
「私の目の前で愛人をひけらかすほどに? 私から息子の親権を奪おうとするほどに? このクソババア、あんたが私の陰でどれだけ毒を撒き散らしてきたか、知らないとでも思ってるの!」
部屋の温度が氷点下まで急降下した。三人は皆、私の猛烈な反撃にショックを受け、言葉を失っていた。
そのとき、再びドアが勢いよく開いた。
小さな影が駆け込んでくる――絵美里の息子、七歳の乃亜。まあ、今となっては私の息子、ということになるのだろう。
「ママ!」小さな男の子は怯えた様子で私の腕に飛び込んできた。「大丈夫? 喧嘩してる声が聞こえて……」
私の心は、瞬時にとろけた。心配と恐怖に満ちた大きな瞳をしたこの小さな子は、小説で描写されていた通り、たまらなく愛らしい。
元の絵美里が、どんな屈辱にも耐えて離れようとしなかったほど彼を愛していたのも無理はない。
「ママは大丈夫よ、いい子ね」私は彼の小さな体が震えているのを感じながら、きつく抱きしめた。
「怖がらないで。ママが必ずあなたを守ってあげるから」
そのとき、私の視線がナイトスタンドの上にあるもの――乃亜のインスリン注射の記録――を捉えた。
心臓外科医として、私はあらゆる薬の投与量に敏感だ。その数字をはっきりと見た瞬間、氷のように冷たい恐怖が背筋を駆け上った!
この投与量……高すぎる! 乃亜の体重と年齢に対して、この量は重度の低血糖を引き起こし、ことによると……。
私は顔をはね上げ、そこに立つ三人を睨みつけた。貴志の目は泳ぎ、沙羅は居心地が悪そうにしており、絹代は何事もなかったかのように振る舞っている。
この悪魔ども! 私からすべてを奪おうとしただけでなく――私の息子を殺そうとしていたのだ!
「乃亜」私は声を抑えようと努めた。「インスリンの注射の後、すごく疲れたり、力が出なくなったりする?」
小さな男の子は頷いた。
「ときどき、すごく眠くなるんだ。沙羅おばちゃんが、それは普通のことだって……」
「沙羅おばちゃんがそう言ったの?」私の声は、危険な囁き声にまで落ちた。
「あの人……プロの看護師だから、僕の面倒の見方は分かってるって……」乃亜は恐る恐る言った。
私は乃亜をぐっと引き寄せた。その瞬間、私の怒りは沸点に達した――彼らが私のお金を欲しがったからではない。私の子供に、よくも手を出してくれた!
「ケンカを売りたいなら」私は一言一言区切りながら、声に致命的な脅威を込めて言った。
「とことん、やってやろうじゃないの!」
部屋の温度は氷点下を下回ったかのようだった。貴志、沙羅、そして絹代は皆、私の瞳に宿る殺気に度肝を抜かれていた。
私は桐谷小夜子。手術台の上で数え切れない命を救ってきた医者だ。
そして今、私はその同じ精密さと冷徹な計算をもって、私の息子を傷つけようとした者すべてを破壊する!
この戦争は、まだ始まったばかりだ。








