第2章

小夜子の視点

午後十一時。小児病棟の廊下は、薄暗く静まり返っていた。

ナースステーションを忍び足で通り過ぎる。静まり返った夜の闇に、私の心臓の鼓動だけが激しく鼓動していた。

先ほどの怒りは、八時間もの間燃え続けていた――今こそ、真実を掘り起こす時だ。

新東京総合病院の心臓外科医である私には、あらゆる患者の全医療記録にアクセスする権限がある。絵美里という母親の立場は、完璧な口実になった。真夜中に自分の子供の診療記録を確認している母親を、誰が疑うだろうか。

そっと乃亜の病室のドアを開ける。小さな体は深く眠りこけ、胸が穏やかに上下していた。細い腕にはまだ点滴のラインが繋がれ、あの忌まわしい薬が、一滴、また一滴と、息子の体に毒を注ぎ込んでいる。

私は素早くナースステーションの端末へ向かい、医療システムにログインした。画面に乃亜の全診療記録が表示された瞬間、血の気が引いた。

「NX-47、実験段階の糖尿病調整剤、投与量2.5mg、一日三回……」

手が震えだす。これはインスリンじゃない!

医学雑誌で見たことのある実験薬だ――まだ臨床試験の段階で、厚生労働省の承認には程遠い代物!

急いでその薬剤の詳細情報を引き出すと、恐怖は時間が経つにつれて増していく。副作用のリストにはっきりと書かれていた。心不整脈、腎障害、重度の血糖値変動、そして重篤な場合は臓器不全、あるいは死!

「あのクソ悪魔どもが!」私は歯を食いしばって呻いた。「七歳の息子を実験用のモルモットにしやがって!」

その時、突然ドアが勢いよく開いた。

「絵美里?」絹代の声が暗闇を切り裂いた。「こんな真夜中に一体何してるの?」

私は素早くパソコンの画面を閉じ、この二枚舌のクソババアに向き直った。「息子の様子を見てるだけよ。何か問題でも?」

「息子の様子を見るのに、こそこそパソコンをいじる必要があるわけ?」絹代がにじり寄ってくる。その目はナイフのように鋭い。「絵美里、この神経質な女! 夜中に被害妄想の変人みたいにうろつき回って! そのうち精神病棟行きよ!」

「被害妄想?」私は冷たく笑った。「絹代さん、あなたたちが乃亜に何を注射してきたか、分かってるの?」

「分かってるに決まってるでしょ!」絹代は当然のように言った。「沙羅さんはあなたよりずっとプロで、乃亜のことをもっと気にかけてるわ。あの子の状態には、普通のインスリンよりこの新しい薬の方がずっといいって言ってたもの!」

「いいですって?」私の声は震え始めた――恐怖からではない、純粋な怒りからだ。「これは厚生労働省の承認も下りていない実験薬なのよ! 副作用は心不整脈、腎不全、最悪の場合は死! あなたたちは私の息子を殺そうとしてるのよ!」

絹代の顔色が変わったが、すぐにまたあの見下したような表情に戻った。「馬鹿なこと言わないで! ただ文句をつけたいだけでしょ! 沙羅さんはプロの看護師よ。どうして乃亜を傷つけたりするの?」

「プロの看護師?」私は乃亜のベッドへと歩み寄った。「なら、このプロの医者が私の息子を守らせてもらうわ!」

私はためらうことなく、乃亜の点滴ラインから薬剤のバッグをひったくった。

「絵美里! あんた、気でも狂ったの!」絹代が大声を上げた。「そんなことしちゃだめよ! ドクターの指示なのよ!」

「ドクターの指示?」私は点滴バッグを床に叩きつけた。「七歳の子供に未承認の実験薬を注射するなんて、どこのデタラメな医者の指示よ? これからは、誰にもこの毒を息子に投与させない!」

絹代が必死にナースコールボタンを押す。二分もしないうちに、沙羅が息を切らして駆け込んできた。

「どうしたんですか?」沙羅は床の点滴バッグを見て、顔面蒼白になった。「絵美里さん、あなた何を……?」

「あんたたちの悪意から息子を守ってるのよ!」私は我が子を守る母親として、乃亜のベッドの前に立ちはだかった。「沙羅、いつまでその噓を続けるつもり?」

「あなた、正気じゃないわ! これは医療上の指示なのよ。薬を止める権利なんてあなたにはない!」沙羅が点滴を再接続しようとしたが、私は彼女を突き飛ばした。

「権利がないですって? 私は母親よ! プロの医者なのよ! 誰よりも息子のために何が良いか分かってるわ!」

その時、私は静かにスマホの録音ボタンを押した。この証拠を残しておく必要があった。

「絵美里さん、そんなに感情的にならないで!」沙羅の声が切迫したものになる。「この薬は莫大なお金をかけて手に入れたもので、臨床結果も素晴らしいの。あなたの偏見で、治療プロトコル全体を台無しにしないで!」

それだ――「莫大なお金」、「治療プロトコル」。何か胡散臭いと思っていた!

「莫大なお金って何?」私はさらに問い詰めた。「実験薬よ。一体いくらかかったの?」

沙羅は言い過ぎたことに気づき、慌てて言葉を濁した。「つまり……病院が新しい薬を入手する手続きは、とても複雑で……」

「くだらない言い訳はやめて!」私は爆発した。「言いなさい! この薬はどこから来たの?」

沙羅と絹代は顔を見合わせ、明らかにこの会話を続けたくない様子だった。

「絵美里、あなたは今興奮しすぎてるわ」絹代が心配そうに言った。「外に出て少し頭を冷やしましょう。話は明日にしましょう」

「逃げる気じゃないでしょうね!」私は彼女たちを止めようとした。

「貴志にこの件を話してくるわ」沙羅はそう早口に言うと、絹代をドアの方へ引っ張っていった。「彼にこの状況を何とかしてもらわないと」

二人は慌てて部屋から出て行き、私は怒りに震えながら、一人そこに立ち尽くした。

後を追いかけようとした時、廊下から貴志の声が聞こえた――電話中だった。私は素早く足を止め、ドアに忍び寄って聞き耳を立てた。

「……被験体に異常な反応が出ている。絵美里が疑い始めている……」貴志の声は不安げだった。

「七億円はタダで渡したわけじゃない、神崎さん」電話の向こうから、冷たい男の声が聞こえてきた。「我々、ネクサス製薬の投資にはリターンが伴わなければならない。実験は、いかなる手段を使っても続行してもらう」

心臓が止まりそうになった。七億円? ネクサス製薬? 貴志は金のために、実の息子を被験体として売り渡したというのか!

「分かってる、分かってるよ……」貴志の声はさらに神経質になった。「でも、今日の絵美里の反応はあまりに奇妙だった。まるで別人のようで……」

「なら、何とかして彼女を黙らせろ」電話の声は感情がこもっていなかった。「あるいは……保護者を変更しろ」

スマホを握る手に力が入り、指の関節が白くなる。

こいつらは、私のお金と家だけじゃなく、今度は息子の命を金に換えようとしている!

「もし絵美里が妨害し続けるなら……」貴志の声がためらった。

「神崎さん、あなた自身の利益が何かわかっているはずだ」声はさらに不気味さを増した。「七億円は始まりに過ぎない。実験が成功すれば、さらに多くの資金が続く。だが、その前提条件は、被験体が従順であることだ」

飛び出して貴志を八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られたが、今はその時ではないと理性が告げた。もっと証拠が必要だ。

足音は遠ざかり、貴志はエレベーターに向かったようだった。

私は静かに乃亜の病室に戻った。

彼女たちの背後でドアが閉まった瞬間、私の表情は氷のように冷え切ったものに変わった。

乃亜のベッドサイドへ歩み寄り、眠っている彼の顔を優しく撫でる。スマホには、先ほど録音した会話のすべてが収められていた――七億円、ネクサス製薬、被験体……すべての証拠がここにある。

「乃亜、ママがあなたを守るからね」私は彼の耳元で囁いた。「あなたを傷つけた人たちには、必ず報いを受けさせる」

奴らが汚い手で来るというのなら、上等だ。とことんやってやろうじゃないか。

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