第3章
小夜子の視点
午前3時。病院の管理棟は静まり返っていた。貴志のオフィスに職員証で忍び込むと、心臓が激しく鼓動する。
『今夜、あのクソ野郎どもを徹底的に叩き潰してやる!』
月明かりが机を横切り、不気味な光を放っていた。用意しておいた超小型の盗聴器を取り出す。電話機の底をこじ開けようとすると、指が震えた。
「クソ、なんでこんなに固いのよ!」歯を食いしばりながら呟く。爪が割れそうだ。
ようやく小さな装置を電話機の中に押し込むことに成功した。次はコンピュータの本体だ。机の下に潜り込み、二つ目の盗聴器を通気口に取り付けた。
その時、机の背後にある金庫が目に入った。
金庫が半開きになっている! あの馬鹿な貴志が鍵をかけ忘れたのだ!
勢いよく扉を全開にすると、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ――
ネクサス製薬から振り込まれた小切手の控えの束。金額は百万から千万まで様々だ! それに、表紙に『NX-47 小児臨床試験データ』と書かれた分厚い実験報告書の山!
「なんてこと……」最初の報告書を開くと、手が激しく震えた。
【被験者#001、男性、6歳、15日目に心不全により死亡】
【被験者#002、女性、8歳、22日目に腎不全により死亡】
【被験者#003、男性、7歳、18日目に多臓器不全により死亡】
全身の血が凍りつくようだった! 三人の子供! 三人もの罪のない子供たちが、すでにこの悪魔たちの手で殺されていたのだ!
急いで報告書と小切手の控えをすべて写真に撮った。こいつらは金のために命を売っているだけじゃない――組織的に殺人を隠蔽している!
廊下に響く足音!
とっさにスマホのライトを消し、急いで書類を元に戻し、そっと金庫を閉めた。
足音はどんどん近づいてくる。そして、懐中電灯の光がドアの下から漏れてきた!
「クソッ!」心臓が止まりそうな思いで、机の陰に飛び込んだ。
ギィ――。ドアが開いた。
「どうしてこのオフィスに明かりが?」夜間の警備員が、懐中電灯で部屋の中をぐるりと照らした。
私は息を殺し、机の下で身を縮めた。警備員の足音が部屋に響き、その光の筋が何度も頭上を通り過ぎていく。
「そこにいるのは誰だ! 出てこい!」警備員が突然叫んだ。
まずい! 見つかった!
私はゆっくりと机の陰から立ち上がり、冷静を装った。「私です、絵美里です」
「絵美里先生?」警備員は困惑した表情を浮かべた。「こんな真夜中に院長室で何を? 」
頭をフル回転させ、もっともらしい言い訳を考え出す。「息子の診療記録を探していたんです。神崎さんが、大事な書類が院長室にあるから取ってくるようにと」
「午前3時に書類を?」警備員の目は疑念に満ちていた。「絵美里先生、最近の先生の行動は少々不可解な点がありまして。この件は報告させていただく必要があります」
まずい! 報告されたら万事休すだ!
「報告の必要はありません。もう帰りますから」私は無理に平静を保ち、ドアに向かった。「探しているものは見つかりませんでしたし。また明日にします」
「待ってください!」警備員が突然行く手を阻んだ。「絵美里先生、正直に申し上げますと、病院内では先生の精神状態が不安定だという噂がすでに広まっています。真夜中に院長室に忍び込んで物を漁るなんて――まるで精神錯乱の発作ですよ!」
背中に冷たい汗が流れた! 危うく精神病患者のレッテルを貼られて、精神科に送り込まれるところだった!
「私はまったく正常です!」私は歯を食いしばって言った。「そこをどいてください。息子のところに戻らないと!」
警備員は数秒ためらった後、ようやく道を空けた。「わかりました。ですが、この件は記録に残しておきます」
私はオフィスを飛び出した。心臓はまだ激しく鼓動していた。エレベーターの中で、私は壁に寄りかかり、荒い息を繰り返した。
危ないところだった! でも、今夜の収穫はリスクを冒す価値があった!
翌朝、私は当直室でイヤホンをつけ、仕掛けた盗聴器からの音声を聴いていた。
午前9時きっかり、貴志のオフィスの電話が鳴った。
「もしもし、貴志、私だ」聞き慣れない男の声――ネクサスの役員に違いない。
「邦夫さん、実験の進捗はどうですか?」貴志の声には不安が滲んでいた。
「もっとペースを上げないと! 遺族が疑い始めている!」邦夫の声は氷のように冷たく、無慈悲だった。「取締役会からも圧力がかかっている――投資家たちはもう待てないんだ!」
私は拳を固く握りしめた! この悪魔どもは、殺すペースが遅いとでも思っているのか!
「あの三人の子供たちの死亡記録はどう処理しているんですか?」貴志が尋ねた。
「すべて処理済みだ――誰にもバレることはない!」邦夫は冷たく笑った。「公式には、全員自然死だ。遺族には『妥当な』見舞金が支払われ、病院の評判も完全に保たれている」
見舞金! 悲しみに暮れる親を黙らせるための血塗られた金!
その時、沙羅の声が会話に加わった。
「白石看護師長です、邦夫さん」
「沙羅、そちらの状況はどうだ?」
「昨夜の絵美里の行動は非常に異常でした」沙羅の声には、悪意に満ちた満足感が漂っていた。「正直に言うと、乃亜の投薬量をわざと増やして、事故死に見せかけて医療過誤として処理しようと思っていたんです。まさか絵美里が急に賢くなって、薬の問題に気づくなんて思いもしませんでした!」
スマホを落としそうになった! この毒婦は、私の息子を殺そうとしたことを今、認めたのだ!
「何だと? 勝手に投薬量を変えたのか?」貴志の声が鋭くなった。
「しらを切らないで、貴志!」沙羅は冷たく笑った。「あなたの計画を知らないとでも? 絵美里が死ねば、乃亜の保護者としての地位も、保険金も財産もあなたのものになる! 私はただ、そのプロセスを早める手助けをしていただけよ!」
「このキチガイ女!」貴志が怒鳴った。
「キチガイ女ですって?」沙羅の声はヒステリックになった。「殺人を計画し始めたのはあなたの方でしょう! 私が知らないとでも思ってるの? あなたが精神科に連絡して、絵美里を強制入院させようとしていたこと! 私たちは共犯なのよ!」
怒りで体が震えた! このクズどもは、私の息子を殺そうとしただけでなく、私を精神病院に閉じ込めようとしていたのだ!
会話は続き、邦夫の声が割って入った。「もういい! 喧嘩はやめろ! 今の重要な問題は、あの女の問題をどう処理するかだ!」
「すでに手は打ってあります」貴志は悪意を込めて言った。「取締役会は問題ありません――邦夫会長が三十億、公介副会長が二十億、医療監査委員会の緑川が十億け取っています。取締役七人のうち、四人は我々の手の内です!」
組織的な腐敗! 病院の取締役会全体が買収されていたのだ!
沙羅が続けた。「あの女が協力しない以上、プランBを実行します――精神科への措置入院です!」
「その通りだ!」貴志は嘲笑した。
「彼女が精神病棟に入ってしまえば」邦夫が付け加えた。「乃亜の保護者としての地位は自動的に貴志に移り、実験は一切の邪魔なく続行できる!」
三人は悪魔のような笑い声を上げた。
私はイヤホンを外しながら震えていた。体中が激しく震える。恐怖からではない――怒りからだ!
抑えきれない怒り!
これは単なる医療過誤ではない――組織犯罪シンジケートだ! 彼らは組織的に子供たちを殺害し、取締役会を買収し、病院全体を支配している!
ゆっくりと立ち上がると、私の瞳に危険な光が宿った。
私を強制入院させる? いい度胸じゃない!
スマホの録音アプリを開く――すべての会話が完全に記録されていた。昨夜の書類の写真と合わせれば、証拠は十分だ!
しかし、奴らは今夜にも動く! 時間がない!
私は冷たく微笑み、スマホをポケットにしまい、乃亜の病室へと大股で向かった。
明日、一矢報いるとはどういうことか、思い知らせてやる!








