第10章 破壊

水原悟が家に戻ると、室内から騒がしい物音が聞こえてきた。唐沢楓が戻ってきたのかと期待に胸を躍らせながら、彼女の部屋へと足を向けた。しかし、ドアを開けた瞬間、彼の瞳孔が一気に縮んだ。言い表せない怒りと衝撃が心を突き上げた。

部屋の中は荒らされ放題で、金田香奈が荒々しく唐沢楓の部屋を破壊していた。引き裂かれる音と衝突音が響く中、彼女は手にしたハサミを無差別に唐沢楓の服に振り回し、口元には狂気じみた笑みを浮かべていた。周りの家具やアクセサリーも無残に壊され、床には破壊された残骸が散乱し、彼女の悪意が充満していた。

「香奈、何をしているんだ?」金田香奈の行動は、彼の予想を完全に超えていた。

金田香奈はくるりと振り向き、相変わらず優しげな表情を浮かべながら、挑発的に水原悟を見つめた。

「あなたたちの一緒に過ごした痕跡も、白石さゆりの気配も大嫌い!彼女さえいなければ...私と悟くんは3年も無駄にしなかったのに?私の居場所を奪ったくせに...なぜ私が彼女を傷つけたみたいな顔をするの?まるで私が浮気相手みたいじゃない!」

「香奈、お前は浮気相手じゃない。そんな考えは止めろ」

その時、水原悟の目がクローゼットに留まり、真新しいメンズスーツを見つけた瞬間、胸が締め付けられた。記憶の中の唐沢佑の姿が一瞬よぎった。

これは唐沢佑のスーツなのか?水原悟の心の中で怒りが波のように押し寄せ、収まる気配がなかった。

「やめろ!」彼は怒鳴った。確かな足取りで金田香奈の元へ向かい、鉄のような心で、彼女の暴挙を止めようとした。

金田香奈も興奮のあまり、手にしたハサミが制御を失い、水原悟の体を突いてしまった。

真っ赤な血しぶきが飛び散り、水原悟の袖を染めた。

「あっ!ご、ごめんなさい、悟くん!」

金田香奈は手からハサミを落とし、口を押さえて、泣く以外何もできなくなった。

「まあまあ!これは一体どうしたの!」

水原静香が使用人を従えて急いでやってきた。水原悟が怪我をし、滴り落ちる血が白いカーペットを染めているのを見て、彼女も驚いて、「悟!な、なんでこんなことに...」

「新、金田さんを車で家まで送ってくれ」水原悟は痛みをこらえながら、疲れた息を吐いた。

金田香奈はもちろん帰りたくなかったし、水原静香も彼女を帰したくなかった。水原静香の思い通りなら、今すぐにでも二人を一緒に寝かせて、明日にでも子供を産ませたいくらいだった。

しかし、二人とも水原悟の意思に逆らえず、運転手に金田香奈を家まで送らせ、一時的に冷静になってもらうしかなかった。

金田香奈と水原静香を見送り、部屋がようやく静かになった。水原悟は荒らされた寝室に留まりたくなく、どういう気持ちからか、掃除もさせたくなかった。そのままドアを閉め、見ないふりをして書斎に腰を下ろした。

水原悟の脳裏にはまだ先ほどの金田香奈とのいざこざが残っていた。心の煩わしさを和らげるためにコーヒーが必要だと感じ、網島新は慌ててコーヒーを用意した。

「今淹れたばかりです。お試しください」網島新は期待の眼差しでカップを水原悟に差し出した。

水原悟はコーヒーを受け取り、そっと一口含んだが、その強烈な苦味に驚いた。眉をひそめ、このコーヒーの味に大きな失望を感じた。白石さゆりが以前淹れてくれたコーヒーのような滑らかさはなく、あの頃のコーヒーはいつも程よい甘みがあって、心が温まったものだった。

「どうやって入れたんだ?」水原悟は思わず尋ねた。声には不満が滲んでいた。

網島新は落ち込んだ様子で、白石さゆりが残したメモを慌てて確認したが、困惑した表情を浮かべた。

「メモ通りに作ったんですが、どうしてか...味が違うんです」

水原悟の目がテーブルの隅に置かれたメモに落ちた。そこには白石さゆりの細やかな気遣いが記されているようだった。彼はメモを開いてみると、生活の細部に関する記述で埋め尽くされていた。「砂糖何個、ミルクの量」「コーヒーの抽出時間」「月曜日は赤いネクタイを避ける」「悟は和菓子が好き」「絶対にクリームを入れない」など。これらの些細なことは、一見何でもないようで、愛情に満ちていた。

突然、水原悟の心に複雑な感情が湧き上がり、眉間の皺が深くなった。

「こんなに人の心を探ろうとするなんて、下心があるか、何か企んでいるかのどちらかだ!」

水原悟はメモに込められた深い愛情を感じ取れたが、今は怒りに任せて、自分の心の揺らぎを認めようとはしなかった。本当に自分を愛していたのなら、どうして突然いなくなれるのか?

どうして唐沢佑と親密になれるのか?

どうして自分に本当のことを話さないのか?

全て嘘だ!きっと嘘に違いない!

「網島新、白石さゆりは私に何か企んでいたと思うか?」水原悟は突然、網島新の思考を遮って尋ねた。

網島新は一瞬戸惑い、首を振った。

「私は...奥様はただ社長のことを愛しすぎていたと思います。まさに究極の恋愛脳というレベルで...」

網島新の率直な言葉に、水原悟の心情はさらに複雑になった。

彼は思わず唐沢佑に電話をかけた。

そう、また唐沢佑だ。

今や彼らの連絡は唐沢佑を通してしかできない。かつては夫婦だったのに、今では一つの連絡先さえ得られない。妻に連絡を取るたびに、他の男性を通さなければならない日々に、もう我慢できなくなっていた。

唐沢佑は相変わらず、しばらくしてから電話に出た。

「唐沢さん、妻に用がある」水原悟の口調は午前中より自然で、むしろ所有欲さえ感じられた。

「てめぇ...」唐沢翔が罵りかけたところを、唐沢楓にクッションで口を塞がれた。

「水原社長、さゆりはもうあなたの妻ではありません。すでに離婚されたはずです」唐沢佑は落ち着いた表情で注意を促し、特に慎重に呼び方を変えて正体がばれないようにした。

「彼女と二人で話がしたい」水原悟は唐沢佑とは一言も余計な会話をしたくなかった。

唐沢佑は唐沢楓を見やり、彼女が頷くのを確認すると、唐沢翔を連れてキッチンへ向かった。彼らはまだ楓の食事を作らなければならなかった。あの男のせいで楓の食欲が落ちるわけにはいかない。

ドアが静かに閉まり、唐沢楓はようやく口を開いた。

「忙しいの。用件を手短に」

「新しい携帯番号を教えろ」水原悟は自分の当然とも言える口調に何の問題も感じていなかった。

「嫌よ!」唐沢楓はきっぱりと断った。

「じゃあ、どうやって連絡を取ればいい?!」

「唐沢社長に連絡すればいいでしょう。私はそこにいるわ」

「白石さゆり、これが私への復讐か?私から去ったかと思えば、すぐに唐沢佑と同居とは?私の前では白石さゆり、唐沢佑の前では何て名乗るつもりだ?好き勝手したいなら、それも結構。でもおじいさまの八十歳の御祝いまでは、自分の言動に気をつけろ。噂話がおじいさまの耳に入らないようにな!大切にしていた孫嫁が、こんな廉恥心のない女だったと分かったら、おじいさまはどう思うか!」

ぱたっ!

携帯が落ちた。

唐沢楓は力なく壁に寄りかかり、手は無力に横たわった。

唐沢楓の心は抑圧と怒りで満ちていた。胸には重い石が乗っているかのように、呼吸が苦しく重たくなった。このような感情に耐えられず、波のように押し寄せてきて、息が詰まりそうだった。目の前の光景が一瞬にしてぼやけた。

絶望と痛みが暗雲のように彼女を包み込み、逃げ場を失わせた。

「水原悟...どうしてそんな風に私を見るの...十三年の愛情が、全て間違いだったの...」

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