第11章 早めの誕生日プレゼント
唐沢楓は、もう自分の人生に関係のない人々に構わないようにしていた。
彼女は能楽『桜姫』を歌いながら、髪を軽く束ね、玉の簪を差していた。その簪は彼女の動きに合わせて揺れ、まるで拍子を取っているかのようだった。
天青色の舞台衣装が実に美しく、袖は雲のように、彼女の舞いに合わせて漂っていた。
唐沢佑は横で興味深く見つめ、楓が歌い終わると、大きな拍手を送った。目には笑みを湛え、少し溺愛するような口調で言った。
「楓、本当に上手いな。この姿と歌声なら、昔なら間違いなく妃になれたぞ」
唐沢楓はそれを聞くと、すぐに不機嫌になり、目を丸くして言った。
「妃なんかになりたくないわ。妃って結局は側室でしょう?そんなの嫌よ。なるなら、自分の意志で決められる、自信に満ちた女王様になりたいわ」
唐沢佑は苦笑して言った。
「変わった考えを持ってるな。そういえば、うちのお母さんたちのことだが...」
楓は表情を曇らせ、複雑な眼差しを向けた。
佑は続けた。
「誤解しないでくれ。この三年間、三人とも本当に楓のことを心配してたんだ。こっそり楓の様子を聞いてきたよ。元気にしてるかとか、困ってることはないかとかね」
楓は不思議そうに佑を見つめ、尋ねた。
「お兄ちゃん、どうしてそんなこと話すの?」
佑はため息をつきながら言った。
「楓、なぜ突然家を出て国境なき医師になったんだ?私にはわかってる。父さんに対する反発だったんだろう?」
「父さんのやり方が良くなかったのはわかる。でも血のつながりは変えられないんだ。父さんは本当に楓のことを大切に思ってるよ」
「それに三人の奥様たちも、心の優しい人たちだ。長年家をきちんと切り盛りしてきて、悪意なんて微塵もない。私が保証する。彼女たちは本当に家族思いなんだ」
楓は実は既に三人の継母のことを受け入れていた。ただ、佑にはそれを伝えていなかっただけだった。
心の中で思った。お兄ちゃん、私は既に彼女たちを許しているのよ。ただまだ、そう伝える機会がなかっただけ。
水原悟は部屋に座り、網島新が先ほど包帯を巻き終えたところだった。
彼は一人で思い出に浸り、幼なじみの金田香奈の姿が脳裏に浮かんでいた。
かつて、最も困難な時期に寄り添ってくれた香奈への想いは、いつしか彼の心の執着となっていた。
しかし、今の金田香奈は彼を悩ませていた。
記憶の中の香奈は、静かに咲く花のように優しく可憐な存在だった。
だが今では、その振る舞いは昔とは全く異なり、水原悟はしばしば戸惑いを感じていた。
水原悟は首を振って、それらの思いを振り払おうとし、仕事に取り掛かり始めた。
ふと目に入ったクローゼットのスーツを取り出して着てみると、まるでオーダーメイドのように体にぴったりとフィットした。
心の中で思った。このスーツを贈ってくれた白石さゆりのセンスは、なかなかのものだな。
そのとき、山田さんが温かい牛乳を持って入ってきた。
水原悟がそのスーツを着ているのを見て、微笑んで言った。
「若旦那様、このスーツは若奥様が随分と心を込めて準備なさったものですよ。お誕生日のプレゼントにと、一ヶ月前から用意していらっしゃいました」
水原悟は驚いた様子を見せたが、すぐに冷ややかな表情に戻った。
「山田さん、それは過去の話だ。私たちは既に離婚している。彼女のことは話題にしたくない」
山田さんは焦って言った。
「若旦那様、若奥様との間に何か誤解があるのではないでしょうか?」
水原悟は眉をひそめ、いらだたしげに言った。
「もういい、山田さん。彼女が本気で私のことを考えていたなら、離婚になどならなかったはずだ。あの頃の態度も、全て演技だったんだろう」
山田さんは必死に説明しようとした。
「若旦那様、本当に若奥様のことを誤解なさっています。あの方が今まで若旦那様のためにしてこられたことは、全て真心からだったはずです」
水原悟は断固として首を振り、声を荒げた。
「もう言うな。私にはわかっている。彼女の行動には何か別の目的があったはずだ。もう彼女の話は聞きたくない」
山田さんは諦めたように溜息をつき、水原悟の頑なな態度に何も言えなくなった。
しかし、白石さゆりへの扱いが不当だと感じ、小声でつぶやいた。
「若旦那様、このままでは、きっといつか若奥様を失ったことを後悔なさると思います」
水原悟はその言葉に気分を害し、怒りを込めて言った。
「最後に言う。もう彼女の話はするな。今の私には仕事と生活だけだ。彼女は過去の人間だ」
山田さんは水原悟の本気の怒りを見て、黙り込んだ。静かに温かい牛乳をテーブルに置き、部屋を出て行った。
水原悟は山田さんの去っていく姿を見つめながら、心が乱れていた。スーツを見て白石さゆりのことを思い出し、思わず冷笑した。
人を見る目は間違っていないはずだと思い、白石さゆりには必ず何か隠された目的があったに違いないと確信していた。
しかし、心の奥底では、さゆりの声が聞こえてくるようで、本当に誤解していたのではないかという疑問が浮かんだ。
だがその思いは一瞬で消え、すぐに元の考えに戻った。
唐沢楓は離婚後の生活を、この上なく気楽に過ごしていた。
以前の水原家での生活では、毎朝早くに起きて家族の朝食を作り、常に周りの顔色を伺わなければならなかった。
今は違う。まるで籠から解放された小鳥のように、好きなことができる自由な身分だった。
今では朝の運動が日課となっていた。
毎朝、一人でSUPボードを漕いでいた。
きらめく水面の上で、力強くパドルを漕ぎ、水原家で感じていたつらさや重圧を、汗と共に振り払うかのようだった。
朝の運動を終えると、まるで充電を終えたかのように、心身共に生き生きとしていた。
そんなとき、林田瑛太が彼女の前に現れた。

















































