第6章 新しい役人の就任
ホテルの入り口で、高層ビルの隙間から差し込む陽光が大理石の床に輝いていた。スーツ姿の幹部たちが玄関に集まり、厳かな表情で期待に胸を膨らませながら、着任予定の新任役員について小声で話し合っていた。
「今回来るのは唐沢会長の娘だって。今回の視察をかなり重視しているらしい。きっと只者じゃないぞ」と誰かが小声で言い、時折玄関を見やりながら、一瞬たりとも見逃すまいとしていた。
別の幹部が何か気付いたように冷ややかに鼻を鳴らした。
「唐沢会長はの娘って。きっと愛人の子供なんだよ。本当の愛娘なら、こんな厄介な仕事を任せるはずがない」
「たとえ実の娘だとしても、きっと世間知らずのお嬢様だろう。金遣いの荒い女以外の何者でもないさ」
そんな噂話が飛び交う中、一台のマイバッハが静かに近づいてきた。エンジン音が沈黙を破り、車のドアが開くと、唐沢楓がゆっくりと姿を現した。洗練されたスーツワンピースに身を包み、なびく髪を肩に流して、優雅さと凛々しさを兼ね備えた佇まいで歩み寄る。一歩一歩が大人の魅力を放ち、まさに女性実業家の降臨といった様子だった。
「あの方が新しい専務なのか?」群衆の中から誰かが小声でつぶやき、唐沢楓を盗み見ながら、その眼差しには畏怖と敬意が混ざっていた。
唐沢楓は微笑むだけで、心の中ではすでに万全の準備を整えていた。幹部たちと共に視察するのではなく、抜き打ち検査を選んだのは、彼らに予想外の驚きを与えるためだった。
幹部たちがホテルに入っていく中、唐沢楓はレストランの方向へ向かった。廊下には控えめな贅沢さが漂っていた。レストランのドアを開けると、料理の香りが立ち込めていたが、各種食材を確認していくうちに、彼女の表情は次第に曇っていった。
目の前の食材は失望的なものだった。魚介類は生気がなく、むしろ生臭い匂いさえした。野菜の葉は不自然な黄ばみを見せ、何か不安な兆候を告げているかのようだった。
「これは一体どういうことなの?」唐沢楓は眉をひそめ、警戒心を強めた。バーに向かうと、整然と並べられたボトルが目に入った。手に取った飲料を透かして見ると、粗悪な調合の跡が見えた。飲料の品質はホテルの基準とはかけ離れていた。
「信じられないわ!」彼女は歯を食いしばり、怒りを抑えた。これらはすべて高橋副総経理の購買担当だった。この視察は単なる定期巡回ではなく、表面下に隠された醜い現実を暴くためのものだと理解した。
客室に入ると、寝具類も期待を裏切るものだった。質の悪いシーツと枕、清潔感すら欠如していて、唐沢楓は不快感を覚えた。このチームでは、業務管理だけでなく、劣悪な管理体制との戦いも必要だと痛感した。
「こんな状態は、絶対に許容できないわ!」彼女の声が部屋に響き渡り、すべての偽りの仮面を引き裂くかのようだった。ホテルのイメージとサービス品質を向上させるには、徹底的な改革が必要だと確信した。
その場にいた支配人を呼び寄せ、冷静だが怒りの滲む口調で言った。
「これらの購買について、一体どう考えていたの?この食材は私たちの基準を完全に下回っているし、寝具類もホテルの格に全く見合っていないわ!」
支配人は動揺を隠せず、言葉を詰まらせながら説明した。
「コスト削減を考えて...」
「言い訳は要りません!」唐沢楓は相手の言葉を遮り、鋭い眼差しで見据えた。
「コスト削減は品質低下の理由にはなりません!私たちは高級ホテル。お客様の満足こそが存在意義なのよ!三万円のコース料理で、こんな腐りかけの魚介類を出すつもり?」
全員が黙り込み、唐沢楓の叱責と厳しさの前に、誰も反論できなかった。
「今日から、すべてのサプライヤーを見直します。当ホテルの商品すべてが最高品質であることを確認させていただきます!」唐沢楓は容赦なく命令を下した。
「後ほど私のオフィスで購買について話し合いましょう」
オフィスに戻るなり、唐沢楓は社長椅子に座り込み、いらだたしげに何度も回転させた。それでも飽き足らず、秘書の林田英太が自発的に椅子を回す役目を買って出た。
しばらくして満足げな表情を浮かべた唐沢楓は、細い指で林田英太の頬をつまんだ。若い秘書の顔は桃のように赤くなった。
「楓、お前はKSの未来の社長なんだ。もう少し権力者らしく振る舞えないのか。英太に手を出すのはやめろ」唐沢佑は眉をひそめた。
「なぜ?男性重役は女性秘書に手を出してもいいのに、女性社長が男性秘書の頬に触れちゃいけないの?」
林田英太の顔は更に赤くなり、血が滴り落ちそうなほどだった。唐沢楓はようやく彼を解放した。
若い子の肌触りは本当に良いものだ。みんなが若い子を好む理由がよく分かる。
唐沢佑は首を振り、優雅な表情に優しい微笑みを浮かべた。
しばらくすると、高橋副総経理が震える足取りでオフィスに入ってきた。
彼の説明によると、ホテルの寝具類はすべてエリ家具のものだった。
なんという偶然だろう。エリ家具は水原悟の高嶺の花な兄が設立した企業だ。唐沢楓が座った途端に不快感を覚えたのも納得だ。
あの固くて不快な寝具を思い出すだけで腹が立った。快適な眠りは顧客のホテル評価に大きく影響する。ネット上の低評価が多いのも当然だ。
「高橋さん、エリ家具をすべて変更したいのですが、どう思います?」唐沢楓は意図的に尋ねた。
「それは...適切ではないかと。エリ家具とは長期的な取引関係があり、突然契約を破棄するのは...」高橋副総経理は言葉を濁した。
「分かりました。あなたの意見は理解しました」唐沢楓はそれ以上説明せず、手を振って高橋副総経理を退室させた。
高橋副総経理とエリの関係は良好なようだ。これは残しておけない。しかし、まだ解雇するタイミングではない。もう少し待とう。
唐沢楓がホテルの次のステップを考えていると、唐沢佑の携帯が鳴り出した。唐沢楓が何気なく見ると、見知らぬ番号が表示されていた。
いや、唐沢楓にとって、この番号は見知らぬものではなかった。
水原悟からの電話だった。なぜ唐沢佑に電話をかけてきたのだろう。
唐沢佑は外部の人々には穏やかな人物に映るが、水原悟に対してはそうではなかった。水原悟は敵だった。彼は水原悟と無駄話をする気はなく、妹にも余計な言葉を費やしてほしくなかったため、すぐに電話を切った。
しかし、執拗に電話は鳴り続けた。
三回目の着信を切った後、唐沢佑は着信拒否しようとしたが、唐沢楓が電話に出るよう促した。妹思いの兄は妹の要求を断れなかった。
「分かった、お前の言う通りにする」
唐沢佑はゆっくりとスピーカーフォンを押したが、すぐには話し出さなかった。
「唐沢社長、私の妻はそちらにいますか?」水原悟は掠れた声で尋ねた。
「おや、元旦那さんじゃないか」唐沢佑は意地悪く言い返した。
「言葉を慎んでください。まだ離婚手続きは終わっていません。離婚証明書も受け取っていない。法的には、彼女・白石さゆりは私の妻です。そんなに急ぐ必要はないでしょう!」
唐沢楓は冷笑を漏らした。
「誰が急いでいるの?あなたこそ、結婚中から金田香奈を潮見荘園に住まわせて、私に離婚協議書にサインを強要したじゃない。今サインしたのに、まだ電話で嫌がらせをする。あなた、マゾなの?!」
唐沢佑は眉を上げ、お茶を一口すすった。
これこそが本当の唐沢楓、世間を驚かせ、タブーを恐れない一輪の薔薇だった。

















































