第8章 誕生日プレゼント
病室に差し込む陽光が唐沢楓の顔を優しく照らしていた。田中秘書は慎重に赤いベルベットのジュエリーケースを取り、おじいさんの手に渡した。
おじいさんは微笑みながらゆっくりとケースを開けた。中には、層の美しい輝きを放つ最高級の翡翠のブレスレットが収められていた。
「これはおばあさんの形見じゃ。二人の愛の証だった」おじいさんは柔らかな声で語った。
「おばあさんは孫の嫁に渡すように言っていてな。私たち二人からの償いとして、受け取ってほしい」
ブレスレットは光に照らされ、一層鮮やかな緑色を放っていた。よく見ると、内側に繊細な模様が浮かび上がっていた。唐沢楓はブレスレットを見つめ、複雑な思いと感動が込み上げ、苦笑いを浮かべた。
「おじいさん、これは受け取れません。私たちはもう...」
「離婚したって、わしはお前のおじいさんじゃ!おじいさんからの物は必ず受け取るんじゃ!」おじいさんは意地を張り、ブレスレットを床に投げるふりをした。
「受け取らんのなら、壊してしまうぞ!」
「やめてください!分かりました、受け取ります!」
おじいさんは策略が成功したかのように大きく笑ったが、孫の無表情な顔を見ると再び不機嫌になり、おそるおそる尋ねた。
「さゆり、もう取り返しはつかんのかの?」
「おじいさん、本当に私のことを想ってくださるなら、好きな人生を歩ませてください」彼女は固く首を振り、目に決意の色を宿した。
「もう縛られたくないんです」
おじいさんは唐沢楓の顔を見つめ、失望から理解へと表情を変えていった。彼女を愛しているからこそ、この切なさと寂しさがあった。だが今は分かっていた。無理に引き止めても、彼女の心は離れていくばかりだということを。
「分かった」おじいさんはゆっくりと頷き、ため息をつきながら懇願した。
「せめておじいさんの八十歳の誕生日まで待ってくれんか?あと数日のことじゃ」
「おじいさん、それは...」水原悟は眉をひそめ、低い声で言った。
「なぜいかんのじゃ?金田家の娘を連れてきて、わしに孫の嫁として認めさせる方がいいとでも?あの姪っ子と叔母さんは沈家の男たちを手玉に取って好き勝手しようというのか?夢見るがいい!」
水原明一はベッドを強く叩いた。
「わしをおじいさんと思うなら、あの金田家の娘とは距離を置け!言っておくが、わしは死んでもあの娘は認めんぞ!」
廊下で待っていた金田香奈と水原静香は、この怒鳴り声をはっきりと聞いていた。
老人の声には力がこもっており、明らかに彼女たちに向けられたものだった。
「このくそじじい!」金田香奈は低く呪った。水原静香は慌てて彼女の口を押さえ、鋭い目つきで睨みつけた。壁一枚隔てただけだ、慎重に!
「腹が立つわ。もう長くない老いぼれが、何様のつもり?!」
「あなたも言ったでしょう、もう長くないって。だったら焦ることないじゃない?今は悟をしっかり掴むことに集中しましょう。彼が心を完全にあなたに向けさえすれば、おじいさんなんて恐れることはないわ」水原静香は落ち着いて自分の経験を語った。
「昔は私の沈家入りも反対されたけど、結果はどうなった?水原光景はあなたの叔父になったでしょう。父子を押さえつければ、水原グループは私たちの思い通りよ」
水原静香は艶やかに微笑んだ。
金田香奈も彼女の言葉に落ち着きを取り戻した。
しばらくして、病室のドアが開いた。
水原悟と唐沢楓が並んで出てきた。二人は絵に描いたような組み合わせに見えたが、金田香奈の目には目障りでしかなかった。特に唐沢楓の手首に光る新しい翡翠のブレスレットは、あまりにも美しく、自分のものとは比べものにならなかった。
なぜあの老人は白石さゆりにだけこんなに優しいのか?自分に対してはあんなに冷たいのに。
しかし水原悟の前では、金田香奈は清純な演技を続けた。
水原悟が病室を出るや否や、金田香奈はバネのように飛びついた。心配そうな表情を浮かべて。
「悟さん、おじいさまが入院されたって聞いて、本当に心配でした!」彼女の声は優しく弱々しく、臆病な子鹿のように、絶妙な脆さを演出していた。
唐沢楓の目には、金田香奈のこの演技が極めて不自然に映ったが、心の中で溜息をつきながら、水原悟が全く気付いていない様子を見た。彼は金田香奈を心配そうに見つめ、眉間に深い皺を寄せていた。
「心配しないで。おじいさんは大丈夫だよ」彼は眉をひそめながら言った。
金田香奈は機会を見計らって水原悟に近づき、甘い笑顔を浮かべた。その目には得意げな光が宿っていた。彼女は水原悟の腕にしがみつき、彼の肩に寄り添った。まるで二人の間に揺るぎない親密な関係があるかのように。水原静香はそれを黙って観察し、この光景を見て心の中で勝ち誇った。姪っ子がまた一歩前進したと。
「香奈、あまり心配し過ぎないで。自分の体も大切にしないと」水原悟は自然な流れで応え、金田香奈への思いやりに満ちた目で見つめた。彼は完全に彼女の弱々しい姿に魅了され、守ってあげなければという責任感で胸がいっぱいだった。
金田香奈の目に得意げな光が宿り、水原悟は相変わらず優しい性格だと内心喜んだ。そしてこの演技は全て唐沢楓の目の前で演じられていた。この時、唐沢楓の心は暗く沈んだ。彼らの親密な様子に耐えられず、特に水原悟が金田香奈に注ぐ温かな太陽のような思いやりを見て、胸が刺すように痛んだ。
二年前、家で急に具合が悪くなった時、彼女は一本の電話をかけた。救急車ではなく、水原悟に。でも彼は?
家に来て病院に連れて行くどころか、電話すら出なかった。
彼女の望みはわずかだった。ただ電話に出てくれるだけでよかったのに、それすら叶わなかった。水原悟に愛情がないわけではない、心がないわけでもない。ただ、全ての感情を金田香奈に向けていただけだった。
「くそっ、見てられない!」
彼女は顔を背け、もう見たくなかった。静かに金田香奈の傍を通り過ぎようとした。
しかし、ある人物は彼女を簡単には行かせたくなかった...
金田香奈は唐沢楓の傍を通り過ぎる際、突然彼女に向かって倒れかかった。
「きゃっ!」
金田香奈は足を捻ったふりをして彼女に倒れかかり、その際にブレスレットを引きちぎって壊すつもりだった。
しかし思いがけないことに、唐沢楓は目を細め、優雅な身のこなしで身をかわした。
金田香奈は彼女の目の前で顔面から転倒し、見事に地面に突っ伏した!
そして、パキッという鋭い音が—
金田香奈の手首のブレスレットが、二つに割れて落ちた!

















































