第9章 濡れ衣を着せる

金田香奈は無実そうな顔で地面に倒れ、手首を押さえながら痛そうに目に涙を浮かべた。まるで大怪我でもしたかのように。

彼女は顔を上げ、唐沢楓をじっと見つめながら震える声で言った。

「どうして押したの?ただ話がしたかっただけなのに!」

周りの人々が次々と集まってきて、疑問と心配の眼差しを向けていた。唐沢楓は一瞬固まり、怒りが込み上げてきた。金田香奈に触れてもいないのに、なぜこんな言いがかりをつけられなければならないのか。

「押していません!」唐沢楓は慌てて弁解したが、心の中では冷笑していた。金田香奈のこの芝居は本当に底なしだ。

その時、唐沢楓の頭に閃きが走った。すぐにスマートフォンを取り出し、監視カメラの映像を開いて病院の廊下の記録を確認すると、案の定、一部始終がはっきりと映っていた。映像には金田香奈が自分で躓いて転んだ様子が写っており、誰も彼女を押してはいなかった。

「ほら、これが証拠です」唐沢楓はスマートフォンを手に持ち、金田香奈と水原静香に少し離れた位置から見せた。映像の中の金田香奈が転ぶ様子は一目瞭然だった。

金田香奈の顔色が一瞬にして真っ青になり、それまでの辛そうな表情と無邪気さは一気に消え去った。

「金田さん、まだ言い逃れするつもりですか?」唐沢楓は冷たく言い放った。目には軽蔑の色が浮かんでいた。

「わ...私...」金田香奈は言葉を詰まらせ、慌てふためいた末に、水原悟の視線を感じ取り、しぶしぶ頭を下げて認めた。

「私が不注意で転んだだけです。さゆりさんは関係ありません」

傍らで全てを目撃していた水原悟は、金田香奈への失望感が深まるばかりだった。彼は金田香奈を優しく善良な人間だと思っていたのに、今の行動に深く衝撃を受けていた。

金田香奈は歯ぎしりしながら、なんとか面子を保とうと冷笑い。

「よけてくれなければ転ばなかったのよ!わざとよ!私のブレスレットも壊れちゃった。おばあさんの形見なのに!うちの家宝なのに!さゆりさん、悟くんと離婚して腹が立つのはわかるけど、私にあたるのはおかしいわ。別れたのは私のせいじゃないでしょう?」

その言葉には意地の悪さが滲み出ていた。

唐沢楓は一瞬驚いたが、すぐに怒りが込み上げてきた。金田香奈の言葉は刃物のように彼女の心を突き刺した。水原悟の表情も曇り、金田香奈の態度に無力感と失望を感じているようだった。

「香奈、それは言い過ぎだ」水原悟は我慢できずに口を開いた。その声には怒りが混じっていた。

唐沢楓は微笑んだ。水原悟も金田香奈に怒るのだと知って意外だった。てっきり、幼なじみには際限なく譲歩するばかりだと思っていたのに。

唐沢楓は金田香奈に汚名を着せられるのを黙って見過ごすつもりはなかった。地面に落ちたブレスレットの破片を拾い上げ、陽光に透かして見た後、軽蔑するように水原静香の手に押し付け、自分の手を払った。

まるで何か汚いものに触れたかのように。

「何よ、その態度は?」

「アドバイスよ。これからアクセサリーを買うときは、まず専門機関で本物かどうか鑑定してもらったほうがいいわ。こんな偽物のブレスレット、身につけると体に悪いわ」

唐沢楓は冷たく笑って、その場を去ろうとした。

しかし、すぐに引き返して網島新の肩を軽く叩き、諭すように言った。

「網島特助、これからは水原社長に忘れずに伝えてね。愛人にはちゃんとした装飾品を買ってあげなさいって。こんなガラクタを身につけさせるなんて、恥ずかしいわ。私が水原家の化粧台に置いてある見られる程度のアクセサリーを、次の水原夫人にプレゼントするわ。わかった?」

「はい、奥様!」網島新は条件反射のように答え、すぐに口を押さえた。心の中で早口すぎたことを後悔し、首にならないかと心配になった。

金田香奈は今度こそ完全に頭に血が上り、目を丸くして網島新と唐沢楓の去っていく背中を睨みつけながら、心の中で思った。

「白石さゆり、覚えていなさい。いつか必ず殺してやる!」

唐沢楓は他人がどれだけ怒ろうと気にも留めず、すっきりした気分で病院を後にした。金田香奈が怒り狂う様子を思い出すと、思わず笑いそうになった。

唐沢楓が急いで建物を出ようとした時、後ろから急ぎ足の音が聞こえてきた。

「待って!」水原悟が建物から追いかけてきて、切迫した声で呼びかけた。

彼の心には唐沢楓への疑問が波のように押し寄せていた。なぜ身分を隠していたのか、本当は誰なのか、それを知りたかった。

唐沢楓は振り向かず、車のキーを強く握りしめ、必死に冷静さを保とうとした。彼女は最近手に入れた高級スポーツカーに飛び乗った。流線型のボディは陽光の下で輝いていた。エンジンを始動すると、轟音が周囲の静けさを破り、同時に彼女の心の動揺も鎮めた。

しかし、水原悟は不安に駆られ、彼女の動きを見るや否や足を速めた。彼が近づこうとした時、唐沢楓はすでにアクセルを踏み込み、矢のように飛び出して、砂埃を巻き上げていた。

「さゆり!」水原悟は焦って、すぐに網島新に車を出すよう指示した。

街並みが二台の車の間で速く流れていき、網島新は歯を食いしばりながら前方のスポーツカーを見つめ、必死に追いかけた。タイヤは路面で鋭い音を立て、まるで世界に抗うかのようだった。

唐沢楓はバックミラーで水原悟が必死に追いかけてくるのを確認し、複雑な感情が湧き上がったが、それ以上に軽蔑の念が強かった。問題から逃げても解決にならないことは分かっていたが、それでも水原悟と話したくなかったし、自分の過去を話すつもりもなかった。

十三年前、あの恐ろしい暗闇と豪雨の中で、十一歳の唐沢楓が水原悟の星のような瞳を覚えていたことを、どうして話せただろうか?

水原悟が自分の命を救ってくれた恩人で、彼がいなければ今日の唐沢楓はいなかったことを、どうして話せただろうか?

これらのことを、唐沢楓は決して話すつもりはなかった。

やっぱり男というのは下賤な生き物だ。追いかけて気遣えば嫌な顔をされ、冷たくあしらって糞のように扱えば、勝手に擦り寄ってくる。

唐沢楓は冷ややかに鼻を鳴らし、バックミラーを見た。

まだ付いてくるなんて、しつこい奴だ。

水原悟は助手席に座り、焦りに胸を締め付けられながら、思わず手すりを握りしめていた。網島新の方を向き、強い口調で言った。

「早く!追いつくんだ!」

しかし、唐沢楓の車の速さは尋常ではなく、まるで手綱を解かれた駿馬のように、瞬く間に角を曲がって姿を消し、網島新を焦らせるばかりだった。

「全速力で走っても追いつけません!」網島新は諦めたように首を振った。彼の運転技術は確かだったが、このスポーツカーのパワーとスピードは普通の車では太刀打ちできないものだった。

「追え!」水原悟の目は前方から離れなかった。

網島新は黙って深いため息をつき、アクセルを踏み込んだ。車は漆黒の夜の中を疾走し、唐沢楓の姿を追おうとした。しかし、どれだけ努力しても、あの機敏な光の影に近づくことはできないようだった。

あっという間に、唐沢楓のスポーツカーは遠くへ消え、人気のない路地に曲がっていった。水原悟の心の焦りと怒りはますます強くなっていった。最後に、唐沢楓の車の影が徐々にぼやけていくのを見ながら、心の中の悔しい怒りが燃え上がった。

「こんなふうに逃げられるはずがない!」彼の声が遂に爆発し、諦めきれない思いが滲んでいた。彼は決意を固めた。ここで諦めるわけにはいかない、必ず唐沢楓を見つけ出し、彼女の秘密を暴かなければならない。

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