第8章
これは変、ストレス反応のようだ！
星谷由弥子は素早く近づき、天宮東輔の腕から子供を奪い取ると、自分の胸に抱きしめて静かに声をかけた。「大丈夫よ、もう何もないわ、何もないわ」
子供は荒い息を続けながらも、真っ赤な目で天宮東輔を睨みつけていたが、先ほどのような必死の抵抗はもうしていなかった。
天宮大奥様はようやく安堵の息をついて、天宮東輔を指さして叱り始めた。
「何よ、どうして突然拓海を抱き上げたりするの？」
天宮東輔は星谷由弥子をじっと見つめ、その目に一瞬冷酷な光が走った。彼は首を掻きながら作り笑いを浮かべた。「母さん、拓海とちょっと遊んでただけじゃないか。まさかこんな大げさな反応するとは思わなかったよ」
「もういいから、さっさと食事に戻りなさい！」
星谷由弥子はそっと子供の心拍を確かめながら、その赤く染まった瞳を見つめた。彼女の心は不安で締め付けられていた。
心拍が不安定だ。
確認を終えると、星谷由弥子は手を離し、椅子に座って天宮拓海を抱き寄せた。
彼女には確信があった——この子は心的外傷後ストレス障害の症状を示している！
このまま放置して適切な治療を施さなければ、躁病に発展する恐れもある。
「どう？拓海、大丈夫？」
天宮大奥様が近づき、拓海の背中をさすりながら言った。「いい子ね、怒らないの。ひいおばあちゃんがあとで彼を叱っておくからね！」
「いい子ね」
子供は徐々に落ち着いてきたが、まだ眉をしかめたままで、まだ不機嫌であることを示していた。
星谷由弥子は彼を自分の隣に座らせ、時々背中をさすっていた。天宮大奥様は彼女の行動を見て、もう何も言わずに手を引いた。
「みんな早く食べましょう、冷めないうちに」
天宮家の人々はそれぞれの席に着き、食事を始めた。まるで先ほどの出来事など何も起こらなかったかのように。
村上美晴は星谷由弥子を睨みつけながら目を転がし、天宮東輔を見る目には苛立ちが浮かんでいた。
手出しができなかったうえに、自分が叱られるとは！
天宮東輔はすでに村上美晴に飽きていた。不機嫌そうに彼女に料理を一つ取り分け、低い声で言った。「黙って食べろ！」
星谷由弥子は目を伏せ、さりげなく尋ねた。「拓海くん、さっきちょっと様子がおかしかったみたいですが？」
天宮大奥様は即座に顔を上げた。「何が言いたいですか？」
「なんだか、症状があるように見えたんですが……」
彼女は確かめる必要があった。天宮家の人々がこの問題を認識しているかどうか。この数日間、この子が薬を飲んでいるところを見たことがなかったのだから。
「どういう意味ですか？」
天宮大奥様は箸を置き、すぐに怒り出した。「うちの拓海が病気だって言いたいのですか？誰に向かってそんな縁起でもないことを言ってます？」
彼女の可愛い拓海は幼い頃から一人ぼっちで、彼女だけが心から大切にしてきた。
やっと拓海が好きになった人が来たと思ったのに、まさかこんな人だったとは！
何の問題もない子供に、いきなり病気だなんて言うなんて！
そんなことがあるか！
村上美晴も箸を置き、言い放った。「でたらめを言わないで。うちの拓海は何の問題もないわ。一体何が言いたいの？」
「この家に入って和人の妻になったからって、うちの拓海にあれこれ言える立場じゃないわよ！」
村上美晴の煽りに、天宮大奥様は星谷由弥子を見る目がますます冷たくなった。
「星谷由弥子、この家では立場をわきまえなさい。何に口出しして良くて、何に口出ししちゃいけないのか、よく考えなさい！」
「人を苛立たせないで！」
村上美晴は得意げに眉を上げた。家に入ったばかりで東輔を誘惑し、自分を軽んじるなんて、その結果がどうなるか思い知るべきだわ！
これらの言葉を聞いて、星谷由弥子の瞳の色が暗くなった。天宮家の人々は天宮拓海に何の問題もないと思い込み、医者にも連れて行っていないようだ。
「おばあさま、叔母さま、そういう意味ではないんです」星谷由弥子は説明した。「ご存知の通り、私は医術を学んでいますので、こういった面に敏感なんです」
「ただ拓海くんが他の子と似たような症状を示しているように見えただけです。今後の接し方を考えて、お聞きしただけです」
村上美晴の目に悪意が走った。「うちの拓海が他の子供と比べられるような子だと思ってるの？」
「もういいでしょう！」
天宮大奥様はこの騒ぎにうんざりして、テーブルを叩いた。
「食事中くらい静かにできません？」
広いダイニングルームは一瞬にして静まり返り、食器が触れ合う音だけが残った。
星谷由弥子は眉を伏せ、心の中でますます不思議に思った。
天宮グループは帝都でも一流の名家だ。
理屈の上では、子供のこういった面に敏感であるはずなのに、この子の症状はこれほど明らかなのに、なぜ治療していないのだろう？
彼女は隣のもじゃもじゃした小さな頭を見て、ゆっくりと食事に戻った。
頭の中には、まだほとんど会えていない自分の子供の姿が浮かび、心は悲しみで満たされた。
まあいい、一人治すも二人治すも同じこと！
食事の後。
星谷由弥子はいつものように天宮和人の治療を行い、彼の体中に鍼を刺した。
秘書は傍らで目を見開いていた。この鍼を刺すスピードは、二度目に見ても驚くべきものだった。
星谷由弥子が鍼を終えると、天宮和人の目を開いて瞳孔を確認し、そのまま書斎へと向かった。
中からなかなか出てこないので、秘書は少し不思議に思った。鍼治療の間、医者はそばにいなくても良いのだろうか？
彼はますます揺れる銀の鍼を見て眉をひそめ、ちょうど書斎に呼びに行こうとしたとき。
星谷由弥子が紙とペンを持って出てきた。彼女はその紙をベッドの足元にある小さなテーブルに置いた。
そして天宮和人のそばに行き、手の鍼をさっと抜いた。彼女は目を閉じて脈を取り、しばらくすると、紙の上に素早く何かを書き始めた。
書き終えると秘書に渡した。秘書は紙を見下ろすと、びっしりと何かが書かれていたが、まるで書道のようで、彼には全く読めなかった。
「これは漢方の処方箋です。漢方薬局に行ったら、そのまま薬剤師に渡せばいいです」
秘書は命令を受け、処方箋をポケットに入れて大股で出ていこうとした。
「待って！」
突然星谷由弥子に呼び止められた。秘書は不思議そうに振り返った。「若奥様、他に何かありますか？」
天宮和人のことだけに気を取られて、天宮拓海の薬を書くのを忘れていた。
「もう一枚処方箋をまだ書いていないわ！」
彼女は頭を下げ、ペンをさっと走らせ、文字がすぐに紙に浮かび上がった。書き終えると秘書に渡し、素早く天宮和人の体から鍼を抜き始めた。
同時に秘書に指示した。「この二つの薬は、別々に包んでもらってお願いします」
「煎じないように伝えて、後で家に持ち帰ったら私に渡してお願いします」
「はい！」
秘書は返事をし、星谷由弥子は鍼を抜きながら考えていた。天宮拓海に処方した薬は、この治療期間が終わったら、次の治療期間には何を飲ませるべきか、そして治療のことは、おそらく表立っては進められないだろう……
窓の外から車が疾走する音が聞こえてきた。
天宮東輔はバルコニーに立ち、秘書が遠ざかっていく車の排気ガスを見つめていた。彼は隣の星谷由弥子の部屋の開いたドアを見た。
眉を上げ、手を伸ばして携帯電話を取り出し、番号を押した。
相手はすぐに電話に出た。天宮東輔は冷たく言った。「奴が出かけたぞ。尾行しろ！しっかりと見張れ！」
「何を買うのか見て、それがいったい何の役に立つのか調べろ！」
