第2章

朝の九時。マネージャーから電話が入った時、私は投資報告書に目を通していたところだった。

「覚くんが台本を家に忘れたみたいなんです。今日は重要なシーンがあるんで、届けてもらえませんか? 千葉スタジオの第三スタジオです」

私はデスクの上の仕事に目をやり、短く答えた。

「わかりました」

通話を終えると、秘書が顔を覗き込んできた。

「三村さん、お出かけですか?」

「家の用事でね」

彼女は瞬きをした。

「ご自分で使いっ走りなんて珍しい。運転手に行かせればいいのでは?」

私は動きを止めた。確かに、以前の私なら絶対に自分で届けたりはしなかっただろう。だが、今は……。

千葉スタジオは郊外にある。入り口の警備員は私の身分証を確認すると、過剰なほど恭しい態度をとった。

「高木先生は休憩中です。キャンピングカーは駐車場の最奥に停めてあります。三村さん、ご案内しましょうか?」

「いいえ、結構よ」

彼らが私に気づいたのは分かっている。

三村グループはこの撮影チームに出資しているし、投資家リストには間違いなく私の写真が載っているからだ。

銀白色のキャンピングカーはすぐに分かった。

近づくと、声が聞こえてくる。

女の笑い声、男の低い囁き、そして勤務時間中にはあるまじき吐息。

私はドアの前で足を止める。

地面には黒いハイヒールが片方転がっており、ヒールが折れていた。

その先には肌色のストッキング。ドアの隙間から垂れ下がり、端にはガーターベルトの留め具が繋がっている。

私はドアを開け放った。

高木覚が一人の女に覆いかぶさっている。女は引き裂かれた白い衣装を身にまとい、肩紐が腕まで滑り落ちていた。乱れた長い髪、発光するような白い肌、目尻の泣き黒子。

シートには引き裂かれたレースの下着が散乱している。

空気には香水と汗の混じった匂いが充満していた。

高木覚が弾かれたように振り向き、私を見た瞬間に動きを止める。

「麻由?」

私は入り口に立ち尽くしたまま、手にした台本を掲げてみせた。

「マネージャーに頼まれたの」

女が悲鳴を上げ、慌てて服を胸元にかき集める。

見覚えがある——桜井三晴。最近売り出し中の新人女優だ。

高木覚は彼女の上から退くと、服を整えながらすぐに平然とした表情を取り戻した。

「どうして先に電話してこなかったんだ?」

私は何も答えなかった。

彼が台本を受け取ろうと歩み寄ってきたので、一歩後ろへ下がる。

「麻由、説明させてくれ——」

「何を説明するの?」

私は彼の言葉を遮った。

「どうして主演女優とキャンピングカーの中でこんなことをしているのか、説明できるわけ?」

高木覚の表情が変わる。狼狽から苛立ちへ。

「俺がどういう人間か、前から知ってただろ?」

「あの時、俺を追いかけてきたのはお前だ」

高木覚は煙草に火をつけた。

「お前がどうしても付き合いたいってしがみついてきたんだ。今さら俺のことを知らないわけじゃないだろう」

彼は煙の輪を吐き出した。

「俺は芸能人だ。この業界はこういうもんなんだよ。とっくに受け入れてたくせに、今さら何を騒いでるんだ?」

車内の桜井三晴はすでに服を着直し、挑発と優越感を含んだ瞳で私を見ていた。

「それに」

桜井三晴が甘ったるい声で口を開く。

「三村さんのその見た目じゃあ、覚さんが浮気するのも無理ないですよねえ」

私は高木覚を見つめた。

三年前、握手会で感激のあまり言葉が出なかった私。

二年前、結婚式で自分が世界一幸せな女だと思っていた私。

一年前、彼のためにあらゆるリソースを手配し、「麻由は最高だよ」という言葉を聞いていた私。

そして今、彼は「とっくに受け入れてたくせに、今さら何を騒いでるんだ」と私に問うている。

私は笑った。

「あなたの言う通りね」

台本を地面に投げ捨てる。

「私が愚かだったわ」

高木覚が眉を寄せる。

「どういう意味だ?」

「離婚よ」

私は彼の目を真っ直ぐに見据えた。

「帰って手続きを進めるわ」

高木覚は一瞬呆気にとられたが、すぐに鼻で笑った。

「また癇癪か? 麻由、いい加減にしろよ。お前は俺から離れられないくせに」

「離婚協議書は私が作成しておくから、サインを忘れないで」

彼の笑顔が凍りついた。

「俺と別れて、もっといい男が見つかるとでも思ってるのか? お前みたいな女が?」

私は踵を返して歩き出した。

「三村麻由!」

背後で彼が叫ぶ。

「待てって言ってるだろ!」

私は振り返らなかった。

私が好きだったのは、結局のところこの外見だけだったのだ。どんなに美しい顔も、一年も見れば飽きてくる。このタイミングで離婚せずして、いつするというのか。

翌朝、私は顧問弁護士を呼び出し、離婚の件を委任した。

弁護士は田中という名の四十代の女性だ。

「相手が同意しない場合は、訴訟を行うしかありません」

彼女は眼鏡の位置を直しながら尋ねた。

「証拠はありますか?」

私は携帯電話を取り出し、昨日録画した動画を再生した。

キャンピングカーの中の映像、散乱した衣服、高木覚とあの女。

田中弁護士は頷いた。

「十分ですね」

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