第8章

「北瀬さん、もう少しだけ……お時間、いただけますか。私の話を、聞いてほしくて」

玲さんの声は柔らかく、それでいてガラス細工のように脆い響きを帯びていた。

一瞬、躊躇した。

カメラマンとして、俺は常に他人の物語に惹かれてしまう。特に、完璧に見える日常の裏に隠された、生々しい真実には。このどうしようもない職業病が、俺に「ノー」と即答させることを許さなかった。

「……ええ、喜んで」

俺は再び腰を下ろし、彼女とは礼儀正しい距離を保った。

玲さんは、まるで猫のようにしなやかな仕草で身を寄せ、俺に近づいてきた。

その距離は絶妙で、不快感を抱かせないぎりぎりのライン。それでいて、...

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