第3章
早矢香の視点
彼は眉をひそめた。
「五日? 何のために?」
「子供がもういないこと、そしてさくらが罰を受けないという事実を受け入れる必要があるの。気持ちを整理するために五日間ちょうだい」
私は深呼吸をした。
「五日後は恒例のファミリー・ディナーでしょう。もしさくらの潔白を公にするなら、晩餐会の席で、全員の前で発表したほうが効果的じゃない?」
正仁はいぶかしげに私の顔を覗き込んだが、私は視線を逸らさずに耐えた。やがて、彼は頷いた。
以前のように私の額にキスをする彼に対し、私は憎しみを悟られないよう目を伏せた。
「必ず償いはするよ、早矢香。約束する」
彼に抱きしめられても、感じるのは寒気だけだった。
「お義母さんに会いに行くか?」
突然、彼が尋ねた。
「そのほうが気分も晴れるだろうし、回復も早まるかもしれない」
私は驚いて彼を見た。
「ええ、そうしたいわ」
「じゃあ明日にしよう」
彼はもう一度額にキスをした。
「俺が連れて行く」
その夜、彼の隣に横たわりながら、私は一睡もできなかった。
翌朝早く、私たちは母が入院している私立病院へと向かった。
病室に入った瞬間、異変に気づいた。
母の状態は前回よりも遥かに悪化していた。ベッドに半身を起こした母の顔色は土気色で頬がこけ、唇には血の気がなく、呼吸は浅く苦しげだった。
湿った咳の音が響く。
全身の血が引いていくのがわかった。
「お母さん!」
私はベッドサイドに駆け寄った。
私を見ると、母は力を振り絞って微笑もうとしたが、その表情は苦痛に歪んでいた。
「早矢香、私の可愛い子」
母の手を握ると、氷のように冷たかった。
「どうしたの? どうしてこんな状態に?」
先月までは衰弱してはいたものの、容体は安定していたはずだ。今の母は、まるで死の淵にいるようだった。
母が答えるより先に、正仁の携帯が鳴った。画面を一瞥した瞬間、彼の表情が一変し、和らいだものになった。
「さくらが転んだらしい」
彼は唐突に言った。
「様子を見てこないと」
私は彼を睨みつけた。
「今?」
「君はここでお義母さんと一緒にいてくれ。すぐに戻る」
そう言い残し、彼はすでにドアへと向かっていた。
「急がなくていいから」
振り返ると、母が心配そうな目で私を見ていた。
「私は大丈夫よ」
母はか細い声で言った。
「私のことは心配しないで」
だが、誰が見ても大丈夫な状態ではなかった。
母を慰めて休ませた後、私は廊下で担当医を捕まえた。
「一体どういうことですか?」
私は鋭く問い詰めた。
「先月まで安定していたのに、なぜ急にここまで悪化したの?」
医師は気まずそうに目を泳がせ、私と視線を合わせようとしなかった。
「答えて」
私は怒りを抑えて言った。
「今すぐに」
彼は観念したようにため息をついた。
「森久保氏の指示で、数日前から特定の投薬を中止していました。その結果、お母様の容体が悪化したのです」
何ですって? 雷に打たれたような衝撃で、足の感覚がなくなりそうだった。
「彼が、何をしたって?」
「申し訳ありません、森久保夫人。我々は指示に従っただけで――」
「すぐに投薬を再開して」
私の声は震えていた。
「しかし、森久保氏が――」
「彼が何を言おうと関係ない! 彼の望み通りにすると約束したのよ。彼も反対しないはずだわ。薬を投与して。今すぐに!」
木村医師は慌てて頷いた。
「もちろんです、直ちに」
彼は足早に立ち去った。
私はその場に立ち尽くし、拳を固く握りしめて震えていた。
私が彼に電話をする前から、彼はすでに母の薬を止めていたのだ。
彼が私をここに連れてきたのは、自分に何ができるかを私に見せつけ、理解させるためだったのか。これは私への警告なのか?
あの薄汚いクズ野郎! 彼の残酷さに、怒りが沸点を超えた。
呆然としたまま病院内を歩き回る私の頭の中は混乱していた。
昨晩、「母に会えば気分が良くなる」と言ったときの彼の顔を思い出し、心が引き裂かれるようだった。
携帯を取り出し、彼の番号をダイヤルした。
二回のコールの後、彼が出た。
『早矢香? まだ病院か?』
「家に帰って」
あまりの痛みに、私の声は逆に冷静だった。
「今すぐ家に帰ってきなさい」
『何だって? 今はさくらと一緒なんだ――』
「あなたがどこで誰と居ようが知ったことじゃない。すぐに戻って。話があるの」
電話の向こうで沈黙が流れた。
『早矢香――』
「今すぐよ、正仁」
私は電話を切った。
