第6章 離婚しなければならないのか
ズキン!
鈴木七海は心臓がどくんと重く沈み込むのを感じた。
とうとう、彼が本題に切り込んできた。
思わず体がびくりと震え、爪が掌に食い込む。じりじりと痛かった。
「何?」
彼女は平静を装った。彼が何を言っているのか、まるで知らないかのように。
中村健は眉をきつく寄せ、二通の離婚協議書を睨みつけている。
「これにまだサインしていないのか?」
やはり逃れられない。来るべきものが、ついに来てしまった。
心の中で自嘲の笑みを浮かべながらも、彼女の声は淡々としていた。
「ええ、今書くわ」
再び腰を下ろし、彼女は二通の協議書を手に取ると、そのうちの一通に自分の名前を走り書きした。
鈴木七海。この二つの綺麗な文字が、今はひどく目に刺さる。
この書類にサインすれば、自分と彼との関係は本当に何もなくなってしまうのだと、彼女も分かっていた。
これより先、二人は別々の道を歩み、互いに安らかに暮らすのだ。
目の前のこの男と、もう何の関係もなくなってしまうのだと思うと、心が張り裂けそうだった。
手に持ったペンは千鈞の重さで、ずっしりと沈む。
それでも、彼女は平静を装い続けた。
これは彼が望んだ結果。心がいかに辛くとも、彼の望みを叶えてあげよう。
彼女はペンを握りしめ、もう一通の協議書に、苦しい思いで自分の名前を書き記した。
「書けたわ。はい、どうぞ」
彼女は二通の離婚協議書を彼に差し出した。
中村健は協議書を受け取っても、なお眉間の皺を解かない。
彼はしばらく協議書をじっと見つめ、やがて口を開いた。
「これは以前の協議書か? 慰謝料が少なすぎる」
彼の瞳が彼女に向けられる。その眼差しには、憐れみの色が濃かった。
「お前は俺と五年も一緒にいたんだ。どうあれ俺の妻だったんだから、あまりぞんざいには扱えない。こうしよう。俺がもう一度書き直して、もっと多くの補償をお前に与えられるようにする」
本当に彼女を憐れむのなら、離婚などすべきではないのに。
彼女が中村家に入ったのは、決して補償を当てにしてのことではなかった。
この五年、彼も分かっているはずだ。彼女が捧げたものは、そんな補償よりずっと多いということを。
顔を上げ、彼女は深く彼を見つめ、その瞳と視線を合わせた。
もし視線で人を縛り付けられるのなら、彼を引き留めたいと願った。
「離婚しなくちゃダメ? 補償はいらないから」
これが最後だと、彼女はプライドを捨てて彼を引き留めようとした。
彼女の情熱的な瞳を見て、中村健は悟った。彼女が自分を愛していることを。
それほど愛していなければ、卒業と同時に中村家の古い屋敷に入り、ずっと最低限の給料で働き続けることなどなかっただろう。
彼女だってお嬢様で、能力も卓越した優等生だったのだ。
ただ彼を命懸けで愛しているからこそ、甘んじてそんなことをしてきた。
中村家に嫁いでからも、彼への世話は行き届き、細やかだった。
二人の結婚を知る者は、誰もが鈴木七海を褒めそやし、中村健は良い妻を見つけたと、その幸運を羨んだ。
中村健も当然それらは分かっていた。だが、ただ気に入らなかった。
この結婚が気に入らない。鈴木七海が気に入らない。心の底から、彼は鈴木七海に対してずっと冷淡で、彼女のどんなことにも一切関心を払わなかった。
「お前も分かっているはずだ。この結婚は最初から間違いだった。間違いは間違いのまま続けるわけにはいかない。いつかは正しい軌道に戻さなければならないんだ。鈴木七海、俺たちはもう子供じゃない。自分の過ちのツケは自分で払うべきだ」
彼の声は冷たく、口調はいらだたしげで、彼女を見る眼差しにはうんざりとした感情が満ちていた。
鈴木七海は自分が本当に滑稽だと感じた。
まだ彼を引き留めようだなんて!
自分を愛していない男、それどころか自分を見るのも嫌だという男を、どうして無理強いする必要があるだろうか?
いつから自分はこんなにプライドも、譲れない一線もなくなったのだろう?
中村健は離婚協議書を再びテーブルの下に押し込み、さらに断固とした口調で言った。
「離婚は絶対だ。協議書にもサインしてもらう。これに交渉の余地はないぞ」
鈴木七海の心は死んだ灰のようだった。
五年の結婚生活、朝夕を共にし、寄り添い合って過ごした日々が、ただこの冷たい一言に変わっただけ。
彼には一片の未練も名残惜しさもない。
名残惜しく、未練があるのは、いつだって彼女――鈴木七海だけだった。
最初から最後まで、彼女の一方的な思い込みで、この結婚に自己陶酔していたのも彼女だけ。
芝居をしていたのは彼女一人で、そこには男主人公はいなかったのだ。
そろそろ、自分も幕を引くべきだろう。
そう思うと、鈴木七海の表情は一層穏やかになった。
「そういうことなら、連絡を待っているわ」
「ああ、なるべく早く知らせる」
「分かったわ」
二人のやり取りはどちらも波風ひとつなく、何の感情もこもっていなかった。
鈴木七海が再び立ち上がって去ろうとした時だった。
「佐藤グループとの契約はどうなった?」
突然、彼が仕事の話を持ち出した。
「いくつか細かい問題がありましたが、佐藤奈須と交渉済みです。間もなくサインできるかと」
彼女は自信に満ちていた。
会社のことに関しては、彼女は常に職務に忠実だった。
中村健が尋ねるたび、彼女は淀みなく答えることができた。
仕事の能力に関して言えば、彼女が彼を失望させたことは一度もなかった。
中村健は頷き、彼女とさらに仕事の話をいくつか交わした。
知らず知らずのうちに、時間は飛ぶように過ぎ、すでに夜中の十二時を回っていた。
リビングルームのクリスタルのシャンデリアが煌々と輝き、その光の下では、すべてが調和し、温かみに満ちていた。
もしテーブルの下にある二通の離婚協議書が胸を締め付けなければ、彼女はこの目の前の温情を心から楽しんでいただろう。
彼と一緒にいるだけで、彼女の心は満足感で満たされるのだ。
ついに、彼は仕事の話を終え、凝り固まった目を揉みほぐした。その表情には疲労が滲んでいる。
鈴木七海にははっきりと見えた。彼が疲れていることが。
「もう遅いので、私はこれで戻ります。明日また時間がある時にご報告します」
彼女は事務的な口調で言い、なるべく彼の負担を減らそうとした。
「別荘に部屋はたくさんある。一晩泊まっていけばいい」
一晩泊まっていく? まるで自分が本当にここの客であるかのように聞こえる。
「そうだ、さっきの離婚の補償の話だが、何か要求があれば遠慮なく言え。できることなら、お前を不当に扱うつもりはない」
鈴木七海は淡々と言った。
「私には特にこれといった要求はありません」
中村健は眉をひそめて考え込んだ。
「この別荘をお前にやる。それから青葉区にある不動産もまとめて全部だ。それなら、お前も満足だろう」
彼の口調は、まるで商談でもしているかのようだった。彼と彼女の結婚は、ただの一件のビジネスだったのだ!
彼女に幾部屋か与えれば、彼女も儲けものだろうから、彼に借りなどないということか。
鈴木七海は目の前の別荘を見渡した。ここは彼らの新居で、ここで五年を共に過ごし、一緒にいた多くの思い出が詰まっている場所だ。
正直に言えば、手放したくなかった。
彼女は考えた。もし彼が再婚するとしても、ここには住まないだろう、と。
「この別荘だけでいいわ。他は何もいらない」
彼女の声は、この深夜の風のように冷ややかだった。
中村健が何か言おうとした、その時だった。彼の電話が鳴ったのだ。
無意識に、鈴木七海は時間を見た――十二時半。
深夜十二時半に電話をかけてくるのは、ただ一人しかいない――鈴木南だ。
中村健は電話を取り、通話ボタンを押した。
距離が近かったため、電話の向こうから聞こえる鈴木南の声が、彼女にははっきりと聞き取れた。
「健お兄様、お爺様の誕生日、もうすぐですよね。南も一緒にお祝いに参加したいなあって」
彼女の声は甘ったるい。
「健お兄様のお爺様は、もちろん南のお爺様でもあるんですもの。南も孝行の心を伝えたいんです」
彼女の理由はもっともらしく、断れないものだった。
「分かった。考えておく。もう遅いから、早く寝ろよ。夜更かしはするな」
鈴木南にそう言い聞かせ、中村健は電話を切った。
これほど長い間、彼は一度もそんな風に彼女を気遣ってくれたことはなかった。
彼女が何時に寝ようと、いつ食事を摂ろうと、彼は全く気にかけなかった。
「彼女が行くなら、私は行かなくていいわ」
鈴木七海は冷ややかにそう言い放った。
