第7章 好きですか
鈴木七海の漆黒の瞳が、静かな水面のように彼をじっと見据えていた。
「お祖父様の誕生祝いの宴に、本当にあの子を連れていくつもり? お祖父様の気性を知っているでしょう」
彼女は彼の行いの是非を責めるのではなく、ただ忠告しただけだ。
中村健はもちろん分かっていた。祖父が鈴木南を好いていないことを。
隠し子が、どうして中村家の古屋敷に入れるものか?
それが祖父の言った言葉だった。
ましてや、彼女が鈴木七海と比べられるはずもない。容姿、性格、能力、そのどれをとっても、彼女は鈴木七海に及ばないのだ。
鈴木七海こそが、中村家に最もふさわしい嫁なのだ。
明後日は祖父の誕生祝いの宴。もし彼が公然と鈴木南を連れて現れれば、間違いなく祖父の不興を買うだろう。その時になって騒ぎ立てられれば、かえって面倒なことになる。
確かに厄介な問題だった。
中村健が眉をひそめ、思案に暮れていると、再び携帯が鳴った。
着信番号に目をやり、彼の瞳にふと穏やかな光が宿る。
彼は鈴木七海の気持ちなど一切顧みず、電話に出た。
どうせ離婚する間柄だ。彼が誰と電話しようと、彼女には関係のないこと。
たとえ彼が他の女を家に連れ込んだとて、彼女に何ができようか。
「南ちゃん!」
彼は低く呼びかけた。
やはり彼女からの電話か。まだ諦めきれないのだろう。
あれほど中村家に入りたがっているのだから、これは絶好の機会に違いない。
「分かってる。でも、お爺様の性格は君も知ってるだろ。まだその時じゃないんだ。約束するよ、いつか必ず連れて帰るから。な、分かっただろ……」
彼は鈴木南を優しくなだめながら、そのまま二階へと上がっていった。
去り際に、彼は彼女を一瞥すらしなかった。まるで彼女が空気で、存在しないかのように。
鈴木七海はソファに身を縮こまらせた。まるでそこに自分を隠してしまいたいかのように。
彼の穏やかな声を聞きながら、彼女はただ全身が冷えていくのを感じていた。
それは甘やかすような声。彼が鈴木南にだけ与え、妻である自分には決してくれなかった声。
次第に遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、鈴木七海の心はきつく締め付けられた。
そうだった。どうせ離婚する身なのだ。これ以上何を期待することがあるだろう。
彼女は立ち上がり、ゆっくりと寝室へ戻った。
目の前には見慣れた光景が広がる。あの温かみのある大きなベッド、枕元にはまだ彼女の写真が置かれ、すべてが昔のままだった。
彼女は力なく笑い、クローゼットからネグリジェを取り出して着替えた。
その時、寝室のドアが開けられた。
中村健が書斎で電話を終え、まっすぐここへやって来たのだ。
彼を見て、鈴木七海は少し驚いたが、表情は相変わらず淡々としていた。
「あなたがここで寝るなら、私は客室で寝るわ」
彼女は静かに言った。
もう離婚するのだから、これ以上一緒に寝るのはふさわしくない。
彼女は目を伏せ、彼のそばを通り過ぎようとした。
その瞬間、彼はぐいと彼女の腕を掴んだ。
不意を突かれた彼女は、彼の胸に引き寄せられ、壁に強く押し付けられた。
彼の方が背が高く、彼女を見下ろしている。その黒い瞳には欲望の光が揺らめいていた。
彼女はその光が何を意味するのか知っていた。
「離して!」
鈴木七海は力いっぱい彼を突き放そうとしたが、さらに強く抱きしめられた。
彼女の体が一瞬こわばる。
「中村社長!」
彼女は事務的なこの呼び名を使い、彼の理性を呼び覚まそうとした。
「私たちはもう離婚する身です。ご自重いただきたいわ」
離婚を騒ぎ立てる一方で、彼女にこんな好き勝手な真似をするなんて。彼女を何だと思っているのだろう。
本当に欲望を発散したいだけなら、いくらでも他の女を探せるはずだ。
「まだ離婚はしてないだろ? お前が一日でも俺の妻である限り、俺は夫としての権利を行使できる」
彼は尊大に、さも当然といった口ぶりで言った。
彼女の前では、彼はいつもこうだ。自分が望めば、何でも好き勝手できると思っている。
彼は力ずくで彼女の顎を持ち上げ、薄い唇をきつく結び、少しずつ顔を近づけてきた。
「中村さん……」
彼女のピンク色の唇がその一言をかろうじて紡いだ瞬間、彼の唇に塞がれた。
彼の動きは乱暴で、荒々しくすべてを席巻し、まるで彼女を丸ごと飲み込んでしまおうとするかのようだった。
彼女は少し陶然とし、無意識に目を閉じた。
しばらくして、彼はようやく彼女を解放したが、唇はそのまま下へと移動し、彼女の白い首筋に雨のように降り注いだ。
彼女のまつ毛が微かに震え、こわばっていた体がゆっくりと力を失っていく。
彼は彼女の体の変化を感じ取り、手はますます大胆になって、彼女の胸元に落ち、力強く揉みしだいた。
彼女は陶酔した表情で、口から思わずくぐもった呻き声を漏らした。
五年だ。彼らは何度も体を重ねてきた。彼は彼女の体を隅々まで知り尽くしており、どうすれば彼女を興奮させられるか、当然のように分かっていた。
「好きか?」
「好き……!」
彼女は頬を赤らめ、酔ったような声で答えた。
彼は彼女のネグリジェを脱がせ、勢いのまま彼女の体に入り込んだ。
彼の激しい攻めのもと、彼女はついにすべての警戒心を解いた。
彼女は彼に応え、口から漏れる呻き声はますます煽情的になっていく。
突然、中村健が動きを止めた。
彼女は目を閉じていて、彼の様子は見えない。ただ、彼の冷たく嘲るような声だけが、はっきりと耳に届いた。
「お前は絶対に俺を拒まないな。そんな欲情しきった姿、佐藤奈須にも見せたのか?」
まるで冷水を頭から浴びせられたかのようだった。
鈴木七海の体が一瞬にして凍りついた。
途端に、彼女は目を見開き、瞳から情欲の色が完全に消え失せた。
彼の言葉に含まれた皮肉の意味は、もちろん分かった。
けれど、彼は分からないのだろうか。彼女が彼を好きだからこそ、あのような姿を見せるのだと。
彼は本当に、どんな男にでも彼女がそんな風に溺れると思っているのだろうか。
だとしたら、彼女は何なのだ。
彼の目には、彼女は一体どう映っているのだろう。
鈴木七海は力いっぱい彼を突き放した。
「怒ったのか? どうやらもうヤった後らしいな。あいつもとっくにお前のその様を見ていたってわけか?」
鈴木七海は全身を震わせた。
「中村健、あなたって最低!」
彼女は憤然と浴室に駆け込み、内側から鍵をかけた。
ドアに寄りかかると、彼女の体は力なく崩れ落ちていく。
床にうずくまり、両腕で頭を抱えると、苦痛と恥辱の涙が頬を伝って滑り落ちた。
どうしてあんなに人を傷つける言葉が言えるのだろう。
彼の心の中で、自分はこんなにも安っぽい存在だったのか。
そうだった。鈴木南こそが、彼の心の頂点にいる女なのだ。
彼女の感情が少し落ち着くと、立ち上がって蛇口をひねり、冷たい水で自分の体を何度も何度も洗い流した。
先ほどの情事は愛欲ではなく、屈辱だった。
彼女はそのすべてを洗い流したかった。
ドアの外から中村健の声が聞こえた。「なんだ、佐藤奈須の話をされただけで不機嫌になるのか? 図星だったようだな」
崩壊寸前の感情が再び広がり、彼女は涙声で言った。「私が佐藤奈須と寝たかどうか、あなたの心が一番よく分かっているはずよ。あなたは私があなたを愛してると知っている。だからこんなに好き勝手して、何度も私を傷つけるのよ」
中村健は黙り込んだ。
彼女の言う通りだ。彼女に佐藤奈須とそんなことをする時間などどこにもなかった。
毎日、彼女は仕事に忙殺されるか、家に帰って彼の世話をするかで、他のことをする余裕など全くなかったのだ。
彼の心に、わずかな罪悪感がよぎった。
鍵を見つけ、彼は浴室のドアを開けた。
鈴木七海は隅で身を縮こまらせ、全身を震わせ、涙で目を潤ませていた。
「すまない。少し酒を飲んでいた。それで、行き過ぎたことをした」
彼はバスタオルを取り、彼女の体を拭いた。その手つきは優しかった。
「抱いて戻る」
彼はそっと彼女を抱き上げ、ベッドに戻すと、優しく布団をかけてやった。
そのすべてを終えると、彼は明かりを消して部屋を去っていった。
暗闇の中、彼女は目を開けたまま、先ほどの出来事を考えていた。
彼が自分にあんなに優しくしてくれたのは、滅多にないことだった。
彼女はずっと彼の温もりを求めていた。
しかし今となっては、いっそ彼にもっと冷たくしてほしいと願ってしまう。そうすれば、ここを去る時、心がこれほど痛むことはないだろうから。
断つべき時に断たなければ、後々必ず乱れる。
