第8章 盗まれた感情はいらない
鈴木七海が目を覚ますと、すでに空は白んでいた。
目を開けると、自分がベッドの隅で身を縮こまらせていることに気づく。広々としたベッドの大部分が、がらんと空いていた。
初めて、このベッドが本当に大きいと感じた。その大きさが、心を空っぽにさせる。
あたりは静まり返り、物音一つ聞こえない。
昨夜のことを思い出す。中村健が出ていったのは、もうずいぶん遅い時間だった。どこで寝たのだろう。
客間、それとも書斎?
きっと書斎だろう。以前、彼が仕事で遅くなった時も、いつも書斎で寝ていたから。
その時、携帯がピコンと鳴った。メッセージの通知音だ。
寝返りを打ち、テーブルの上の携帯を掴んで開くと、鈴木南から送られてきた一枚の写真だった。
写真には、固く握り合った二つの手が写っている。
片方は女の手、もう片方は男の手だと見て取れた。
男の手は節くれ立っていて、紛れもなく中村健の手だった。
――【本当に幸せ。健兄さんと素敵な夜を過ごしたわ】
鈴木七海の胸に酸っぱいものが込み上げ、吐き気を覚えた。
昨夜、彼は確かに自分と関係を持ったはずなのに。
なのにその後、また鈴木南のところへ行ったというのか。
どうして彼は、同時に二人の女に向き合えるのだろう?
――【知ってる? 健兄さんと先に知り合ったのは私なのよ。でも健兄さんは私が早く結婚するのを望まなかった。私にもっとプレッシャーがかかるのを心配して、海外に留学させてくれたの。これも健兄さんが私を気遣って、守ってくれるための一つの手段なのよ】
鈴木南からまたメッセージが届いた。
鈴木七海は冷笑する。
一文字一文字が針のように、彼女をちくちくと刺して痛い。
彼女は、中村健の心の中に好きな人がいることを知っていた。誰にも代わることのできない存在。
かつて彼は彼女に言った。「鈴木七海、俺が好きな女は一人だけだ。ただ、その女はお前じゃない。俺たちは昔からの知り合いで、ずっと俺の心の中にいる。この生涯で俺が好きなのは彼女だけだ」
彼が言っていたその女は、やはり鈴木南だったのだ。
――【あなたは泥棒だってこと、分かってる? 私が海外にいる間に、あなたは五年間もの結婚生活を盗んだ。もう、私に返してくれる時よ】
結局、始めから終わりまで、すべては彼女の一方的な思い込みだったのだ。
ただ彼女が中村健を好きだっただけ。そして中村健は一度も彼女を好きではなかった。
だから鈴木南に会う時だけ、彼はあんなにも優しく、思いやりに溢れていたのだ。
彼の目にも心にも、鈴木南しかいない。
無理強いしても手に入らないものなら、もう要らない。
彼女は鈴木南に返信しなかった。返信する必要もない。
もし鈴木南がただ彼女を怒らせ、辱めるためだったのなら、鈴木南の目的は達成されたのだから。
携帯を置き、寝返りを打ってベッドから降りると、身支度を整え、服を着替えてから階下へ向かった。
階下では、山口さんがすでに朝食の準備を終えていた。
こんなに大きな食卓に、彼女一人だけが座っている。
山口さんは朝食を運んでくると、階上を見やりながら尋ねた。「健様もご一緒に?」
「いいえ、もう出かけました」
鈴木七海は淡々と言った。
山口さんは驚いた。「こんなに早く会社へ? 健様も大変ですね、朝食も召し上がらずに」
鈴木七海はコップを持って牛乳を飲んでいたが、突然むせてしまい、立て続けに咳き込んだ。
山口さんは慌てて駆け寄り、彼女の背中をさする。「奥様、ゆっくり。どうして喉を詰まらせたんですか?」
咳き込んだせいで、鈴木七海の頬は真っ赤になった。
中村健はもちろん忙しい。ただ、会社の仕事で忙しいのではなく、鈴木南に付き合っていたのだ。
本当にご苦労様なことだ。あんなに遅くに、わざわざ駆けつけなければならなかったのだから。
その時、山口さんが汚れた牛乳を下げ、新しい一杯を淹れ直してきた。
「奥様、最近顔色があまり優れませんね。お体にはお気をつけください」
鈴木七海は表情を変えず、平坦な口調で言った。「山口さん、これからはもう私のことを奥様と呼ばなくていいですよ」
山口さんは一瞬固まったが、彼女の言葉の意味がまだ分からなかった。
奥様と呼ばずして何と呼ぶのか? 彼女は健様の奥様なのだ。
鈴木七海はゆっくりと目玉焼きを一口食べ、目を伏せた。「私たち、もうすぐ離婚するんです」
山口さんは手に持っていた牛乳のグラスに驚き、手元が緩んでグラスが床に落ち、牛乳が飛び散った。
「申し訳ありません」
山口さんは慌てて床のグラスを拾い、モップを持ってきて床をきれいに拭いた。
「五年も経って、旦那様と奥様のご関係がやっと少し和やかになったというのに、どうしてまた離婚なんて……」
山口さんは長いため息をつき、ひどく残念がった。
「奥様はこの家のために長年尽くしてこられたのに、こんなふうに別れるなんて、私まで惜しいですわ」
彼らが結婚した時から、山口さんはここで働いている。
健様の奥様として、鈴木七海は性格が穏やかで、使用人にも気を配り、一度も彼女を責めたことはなく、健様に対してはそれこそこの上なく尽くしていた。
こんなに良い方が中村家を去るとなれば、彼女も名残惜しい。
「何か大きな問題があったわけでもないのに。健様も奥様を引き留めるべきですわ」
山口さんは、別れを切り出したのはきっと鈴木七海の方だろうと思っていた。何しろ、旦那様は奥様に対してどこか冷淡だったからだ。
鈴木七海は唇を引き結び、どこか苦々しく笑った。「離婚を切り出したのは、彼の方です」
山口さんは再び言葉を失った。
その点だけは、彼女にはどうしても理解できなかった。
「感情というものは、最も無理強いできないものです。この五年の愛情は、まるで私が盗んできたもののようでした。もう、返すべき時が来たのです」
鈴木七海は沈んだ声で言うと、寂しげな表情で立ち上がり、別荘を後にした。
偶然にも、会社に着き、エレベーターに乗ろうとした時、鈴木七海は中村健の姿を見かけた。彼もエレベーターを待っていた。
彼女は彼を一瞥しただけで、冷ややかに言った。「中村社長、おはようございます」
中村健は形式的に頷いた。
まだ昨夜のことを怒っているようだ。あの時の自分の振る舞いは、確かに少しやり過ぎだった。
「ドレスを用意しておいた。後で休憩室で試着してみてくれ。合わなければ修正もできる。明日の着用には間に合う」
「承知いたしました」
彼女はまっすぐ前を向いたまま、彼を見ようとはしなかった。
エレベーターが開き、二人は一緒に乗り込んだが、それ以上一言も交わすことはなかった。
言うべきことはすべて言った。言うべきでないことは、言う必要もない。
自分のオフィスに着くと、思った通り机の上にギフトボックスが置かれていた。
彼女は見向きもせず、ギフトボックスを直接手に取って休憩室へ向かった。
休憩室のドアを開け、椅子に腰を下ろした彼女は、はっとした。
あの時、ここで中村健と関係を持ったことを思い出したのだ。
彼女が会社のために重要なプロジェクトを勝ち取った時、中村健は褒美として彼女にワインを一本くれた。
二人はオフィスで飲み、酔った後、ここで一時間も絡み合った。
彼は熱烈に彼女にキスをし、動きも激しかった。そのせいで、彼女は腰を痛めさえした。
あの時の感覚は実に素晴らしかったと感じたが、事後、中村健は彼女が故意に誘惑したと言い放ち、丸一ヶ月も彼女を無視したのだ。
考えてみれば可笑しい。妻が夫を誘惑する必要があるのだろうか?
夫婦の間で何回しようと、どこでしようと、正常なことだ。
もっとも、これからはもう誘惑することもないし、ここで関係を持つこともないだろう。
鈴木七海は長いため息をつき、ギフトボックスを開けると、中には白いドレスが入っていた。
彼女はドレスに着替え、外に出た。
言わずもがな、このドレスはとても似合っていた。その上、彼女は元々美しいのだから、白が彼女を一層高雅に引き立てる。
「これは健兄さんが選んだドレスでしょう?」
いつの間にか現れた鈴木南が、軽やかな声で言った。
鈴木南もまた、白いドレスを身にまとっており、そのデザインは彼女の着ているものとよく似ていた。
「健兄さんは私が白が好きだって知ってるから、いつも服を選ぶ時は白を選んでくれるの」
鈴木七海の顔が冷たくなる。
彼女はずっと、中村健が白を好むのだと思っていた。彼が好きなのではなく、鈴木南が好きだったのだ。
突然、自分がひどく滑稽に思えた。
彼女は再び休憩室に入り、ドレスを着替えると、ギフトボックスを持って中村健のオフィスへ向かった。
「このドレスはお返しします。自分で選びますから!」
