第9章 あなたは何人の男を誘惑するのか
中村健は眉をひそめた。
たかがドレス一着、毎日着るわけでもないのに、なぜわざわざ返品だの交換だのとする必要がある?
「着られないのか?」
彼は仕事に没頭したまま、視線を上げることすらせず、不機嫌な声で言った。
「好きじゃないの。あなたが誕生祝いの宴に出席しろと言うからには、当然私が好きなものを選ぶわ」
鈴木七海の態度は決然としていた。
それは彼女の抗議であり、まるで取引の交渉のようにも聞こえた。
ハイヒールが床を叩く、カツ、カツ、という音が徐々に近づいてくる。
ドアが開き、鈴木南がずかずかと入ってきた。その瞳には、甘やかされていることを鼻にかけた、勝手気ままな光が満ちている。
「お姉様は昔から独立心が強くて、自分の考えをしっかり持っているから、きっと健兄様が選んだドレスはお気に召さなかったのね。健兄様、私のこのドレス、どうかしら?」
中村健はペンを置き、本当に彼女のドレスに目を向けた。
「悪くない。よく似合ってる」
鈴木南の口角が上がり、窓の外の陽光のように燦々と輝く笑みを浮かべた。
「当然よ。健兄様が私のために選んでくれたドレスだもの、最高に決まってるわ。健兄様は、私が白を着ると綺麗だって言ってくれたから、いつも白い服を選んでくれるの」
彼女は得意げにくるりと一回転した。スカートの裾が高く舞い上がり、細く白い脚が露わになる。
彼女の脚の形は、確かに美しい。
中村健は瞬きをし、どこか心ここにあらずといった様子だった。
鈴木七海は口元に笑みを浮かべる。
「これはお返しするわ!」
彼女はドレスの箱を彼のデスクに直接置き、背を向けて立ち去った。
鈴木南とすれ違う瞬間、彼女はちらりと視線を上げ、淡々とした口調で言った。「太陽の光って何色?」
鈴木南は驚き、口元に嘲るような笑みを浮かべた。「白よ」
こんな簡単なこと、聞く必要ある?
「太陽は何色?」
鈴木南は一瞬、言葉に詰まった。
太陽が何色かなんて、彼女は本当に知らなかった。
「青緑色よ」
そして、彼女は意味ありげに続けた。「元々色があるものでも、無色に見えるものもあるの」
鈴木南はさらに戸惑った。「どういう意味?」
鈴木七海は微笑み、まっすぐに歩き去った。
彼女には分からなくても、中村健の頭脳なら、間違いなく彼女の言外の意を読み取れるはずだ。
純潔に見えるものほど、その内面は邪悪である。
白が極まれば黒になるように。
翌日は祖父の誕生祝いの宴だった。
鈴木七海は早々に会社の仕事を片付け、別荘へと戻った。
ヘアメイクとアシスタントは、すでに化粧室で待ち構えていた。
中村さんの誕生祝いの宴は非常に盛大で、中村家の長孫である中村健は、当然夫人と共に正装で出席する。
簡単にシャワーを浴び、鈴木七海は普段着のまま、素顔で化粧室に入った。
「中村家の奥様、どうぞこちらへ」
ヘアメイクは彼女を鏡の前に座らせた。
鈴木七海は生まれつきの美人で、どんなスタイリングを施しても息をのむほど美しい。
精緻なメイクが、元々整っていた彼女の顔立ちを一層華やかに引き立てる。
ちょうどその時、鈴木七海がオーダーメイドしたドレスも届けられた。
それは赤い、トレーンを引くロングドレスだった。胸元はカットアウトデザインで、背中は大きく露わになり、腰のラインでしなやかに落ちている。
これは彼女がずっと心惹かれていたロングドレスだったが、中村健が好まないという理由で、今まで着る機会がなかった。
今はもうどうでもいい。どうせ彼らとはもう関係ないのだから、彼が好むか好まないかなんて気にする必要はない。
鈴木七海はその赤いドレスに着替え、部屋から出てきた。
ヘアメイクと数人のアシスタントたちは、思わず感嘆の声を漏らした。
鏡の前の鈴木七海は秀麗なメイクを施され、このドレスはメリハリのあるボディラインを際立たせ、絶妙なウエストのデザインが彼女の腰を一層細く見せている。
彼女の肌は非常に白く、照明の光を浴びて、まるで美しい玉のようだ。
「中村家の奥様は本当に綺麗ですね!」
ヘアメイクは心からの賛辞を贈った。
ヘアメイクとして、彼女は数多くの美女を見てきたが、中村家の奥様ほど美しい女性は確かに珍しい。
鈴木七海は穏やかに微笑んだ。
「健さんがご覧になったら、きっとお気に召すでしょうね」
ヘアメイクはまるで芸術品を見るかのように、得意げな瞳で彼女をじっと見つめている。
鈴木七海の心は沈んだが、返事はしなかった。
化粧室を出て、彼女は優雅に階下へ向かった。
足音を聞きつけ、ソファに座ってメッセージを送っていた中村健がちらりと視線を上げた。その瞬間、彼の手の動きが止まる。
彼は携帯を置き、彼女を見上げたが、眉はひそめられていた。
目の前の鈴木七海は、まるで煌びやかな宝石のように輝いており、すぐにでも彼女を独占したいという欲求を掻き立てられた。
彼の口角がわずかに上がり、嘲るような笑みが浮かんだ。
「中村家の奥様ともあろう者が、そんな格好をして、みっともないと思わないのか?」
「私のこの格好が、何かおかしいかしら?」
彼女は彼の威圧的な視線を受け止めながら近づいてくる。その一歩一歩が艶めかしい。
一対の星のような瞳が彼を見つめる。彼女の眼差しは以前と同じように穏やかだったが、その穏やかさの中には、どこか挑発的な響きが隠されていた。
中村健は顔を曇らせ、立ち上がった。
「全員、出て行け!」
彼は彼女を見つめたままだったが、その言葉が部屋にいる全員に向けた命令であることは疑いようもなかった。
ヘアメイクたちや山口さんらが全員出て行った。
去り際に、山口さんは気を利かせて外からドアを閉めた。
広々としたリビングルームには、彼女と中村健だけが残された。
周囲の空気が、にわかに張り詰める。
「佐藤奈須一人では足りず、あと何人の男を誘惑するつもりだ? そんなに男を誑かすのが好きだったとはな」
彼の言葉はあまりに耳に突き刺さり、鈴木七海の体は思わず震えた。
「そんなに男に弄ばれたいなら、今すぐお前の望みを叶えてやる」
中村健は大股で歩み寄り、彼女をソファに押し倒して狂ったようにキスをした。
鈴木七海は彼を突き放そうとする。しかし彼は彼女の両腕を頭上に押さえつけ、動きはますます乱暴になった。
彼は思う存分彼女にキスをし、息もできないほどに追い詰める。
「男にこうされるのが好きなんだろう?」
彼はそう呟きながら、彼女のドレスを乱暴に引き裂いた。
引き裂かれる中でドレスの肩紐がちぎれて滑り落ち、豊満な胸が半分ほど飛び出した。
これは愛ではない。まるで凌辱だ。
その感覚は彼女に屈辱を与え、涙が静かに流れ落ちた。
一滴の涙が、彼女の体の温もりを帯びて彼の唇に落ちる。
まるで火傷でもしたかのように、中村健の動きが止まった。
彼女の表情は苦痛に満ち、どこか恨めしげだった。
「このドレスは、私がずっと前から用意していたウェディングドレスなの。すごく気に入ってた。でもあなたは好きじゃなかった。あなたはただ、あなたの好みで私の服装を決めつけるだけ」
彼女は瞳を開き、彼を見つめた。「鈴木南が白を好きだから、私にも白を着せる。あなたは私を彼女のように装わせるの。ただ私が、彼女の代用品だから?」
違う、そんなつもりはなかった。
その時、鈴木七海は力強く彼を突き放し、足早に二階へ上がっていった。
ドレスが壊れてしまったので、彼女は仕方なく、クリームイエローのドレスを改めて選んだ。
いずれにせよ、今日はお祖父様の誕生祝いの宴だ。時間通りに参加すべきだろう。
彼女が着替えを終え、再び階下に降りると、中村健はすでに車の中で待っていた。
鈴木七海が車に乗り込むと、二人はそのまま中村家へと向かった。
中村さんの誕生祝いの宴は、やはり非常に盛大だった。
中村健と鈴木七海が一緒に現れると、老爷子は目尻を下げて満面の笑みを浮かべた。
「七海ちゃん、やっと来てくれたか。じい様は待ちくたびれたぞ」
老爷子はぱっと鈴木七海の手を掴み、彼女をまじまじと見つめた。「やはり華やかな装いの方がお前には似合うな」
「ありがとうございます、お祖父様」
「わしが言った通りじゃ。うちの七海ちゃんは天の星のように、きらきらと輝いておる」
中村健は傍らに立ち、まるで部外者のようだった。
その時、誰かが彼の手を握った。
中村健が振り返ると、なんと鈴木南だった。
「南ちゃん、どうしてここに?」
鈴木南は口元に笑みを浮かべ、甘い声で言った。「今日はお祖父様の誕生祝いの宴ですもの。どうせ私とお祖父様は遅かれ早かれ会うことになるんだから、この機会に仲良くなっておこうと思って」
二人の会話を聞きつけ、鈴木七海もこちらに目を向けた。
鈴木南、彼女、本当に来たの?
