第6章
「その傷、どうしたの?」
水無瀬柚季は緊張した面持ちで、娘の光を抱き上げた。
子供の頬骨と口角にはあざがあり、額にも赤い傷跡が残っている。
「誰かに叩かれたの? ママに言ってごらん。ちゃんと抗議してあげるから」
光は柚季の胸に飛び込んだ。
「ママ……幼稚園の子たちが、私にはパパがいないって。孤児だって言うの。私は孤児じゃない、ママがいるもんって言ったんだけど……」
その後の言葉は、あまりに酷くて口に出せなかった。
あの子たちはママを罵ったのだ。未婚の母だとか、男に捨てられたとか……聞いていられなかった。
彼女は幼いが、多くのことを理解している。
だから喧嘩になったのだ。
水無瀬柚季は息を詰まらせた。喉に綿が詰まったように苦しい。
光が不意に尋ねた。
「ママ、前にパパは遠いところに行ったって言ってたけど、どこへ行ったの? いつ帰ってくるの?」
水無瀬柚季の脳裏に、あの男の顔がぼんやりと浮かんだ。
彼女は目を閉じ、そっと娘を抱きしめた。
「パパはね、大英雄なのよ。任務のために出かけたの。帰りたくないんじゃなくて、帰ってこれないの」
「パパは死んじゃったの?」
水無瀬柚季は唇を引き結んだ。
「ええ」
光は幼い頃から父親に会ったことがない。父親への憧れはあるが、絶対に必要というほどではない。
ただ、心の中に少し寂しさがあるだけだ。
だが彼女にはわからない。
「じゃあ、パパかわいそうだね」
水無瀬柚季は言った。
「覚えておいて。あなたのパパは勇者よ。他人が何と言おうと気にしなくていい。パパはあなたを愛してるわ。とっても、とっても愛してる」
光は泣き止んで笑った。
「うん、ママの言うこと聞く」
抱きしめる力が少し強くなり、ベッドの端に座っていた水無瀬柚季の膝が圧迫され、全身が痛みに強張った。
彼女は気取られないように娘を寝かしつけると、ゆっくりとリビングへ移動し、スカートをめくり上げた。
左膝はパンパンに腫れ上がり、中におにぎりでも詰まっているかのようだ。皮膚は張り詰め、押すと浅い窪みができ、なかなか戻らない。
水無瀬柚季は息を呑んだ。数日で治ると思っていたが、悪化する一方だ。病院へ行かなければならない。
光が起きた時に自分がいないと不安がるかもしれないと思い、書き置きを残した。
『ご飯はテーブルの上よ。ちゃんと食べてね。ママはちょっと買い物に行ってくるわ』
彼女はそのまま病院へ向かった。
治療を担当したのは、白樺信が手配した女性医師だった。
結果が出ると、彼はすぐに水無瀬柚季の元へ来た。
「毛細血管が破裂して、滲出液が滑膜腔に溜まって腫れているんだ。幸い靭帯や骨に異常はないが、早急な処置が必要だ。毎日二回、赤外線治療で腫れを引かせ、内服薬で血行を良くして腫れを抑える。特製の漢方湿布を一日三回貼ること」
白樺信は説明しながら薬を処方した。
水無瀬柚季の心は重かった。
理学療法一回四十五元、湿布は一日二枚で十五元、薬一箱千四百元。超音波検査も含めると、およそ一万二千元……。
一万二千。
娘のための輸入栄養液が三日分買える金額だ。
彼女は壁に手をついて膝を曲げてみたが、三十度も曲げると突っ張る。
平地を歩くのはまだしも、階段の上り下りは体を横にしてゆっくり進むしかないだろう。
これではバーには行けない。
バーの階段は急で滑りやすい。自分が転ぶのは構わないが、あの高価な酒を割ってしまったら、弁償などできない。
彼女は腫れ上がった膝にそっと触れた。痛みはそれほどでもないが、重い石のように心にのしかかる。
白樺信は彼女の困惑を見て取った。
「この怪我は車での事故によるものだろう? 加害者が一部責任を負うべきじゃないか?」
その言葉で水無瀬柚季は思い出した。
ナンバープレートを覚えている。
白樺信が名乗り出た。
「事故のあった場所を覚えているかい? 僕が探してあげるよ。これは言いがかりじゃない。相手が君をかすめたのは事実だし、怪我をしていないならともかく、これだけひどい怪我をしているんだ。賠償してもらうのは当然だ」
彼はぶつぶつと言いながら、交通警察へ連絡を入れた。
すぐに正確な情報が入った。
恵民路、豪雨の夜、確かに一台のベントレーが水無瀬柚季をかすめていた。監視カメラの映像は見る者をヒヤリとさせた。
映像という証拠に加え、水無瀬柚季が提供したナンバープレート。
警察はすぐに車の持ち主に連絡を取り、話し合いの場を設けた。
水無瀬柚季と白樺信は警察署で待っていた。白樺信が慰める。
「焦らなくていい。賠償金が入れば、家に帰って光ちゃんと一緒にいられるよ」
「ゴホン」
近くにいた警官が咳払いをした。
白樺信と水無瀬柚季が反射的に振り返る。
警察署の蛍光灯が眩しく、水無瀬柚季はカルテを握りしめる指が白くなるほど力を込めた。背中の鈍痛が蛇のように時折噛み付いてくる。
彼女の頭の中で「ブーン」という音が鳴った。
まさか、彼だなんて。
警官が机を叩いた。
「鷺沢さん、水無瀬さんは先週の水曜夜八時、恵民路の交差点であなたの車にかすめられ、膝を負傷したと主張しています。医療費と治療費の賠償を求めています」
会議から連れ出された鷺沢雪紘は、眉間に不快感を滲ませていた。
彼の視線が水無瀬柚季に落ちる。
彼女はまた痩せていた。風が吹けば飛んでしまいそうな木の葉のようだ。
隣の男はナイト気取りか。
愚かな男だ、騙されて当然だ。
鷺沢雪紘の瞳に瞬時に氷のような冷たさが浮かび、唇の端に嘲笑が刻まれた。
「俺の車のバンパーには傷一つないぞ。かすめただと?」
水無瀬柚季は喉が詰まった。
説明しようと口を開きかけたが、彼に遮られた。
「当たり屋の手口まで使うとはな。よほど金に困っているらしい」
前回の経験があったからだろうか。
不思議と悲しくはなかった。ただ静かに説明した。
「あの夜、病院へ行こうとしていたんです。あなたの車がスピードを出しすぎて……」
彼女の声は遮られた。
「監視カメラの映像と、検証報告を見せてもらう」
鷺沢雪紘は彼女を正視すらしなかった。
監視カメラの映像はもちろんあった。
だが豪雨のため、非常に不鮮明だ。
鷺沢雪紘は目を細めた。
「この車が俺の車だとどうやって断定する?」
水無瀬柚季は呆気にとられた。
「あなたの車にはドライブレコーダーがあるはず……」
「あいにくだが、レコーダーは昨日壊れた。中のデータはすべて破損し、修理に出す暇もなかった」
それは事実だった。
鷺沢雪紘は冷たく言い放った。
「確たる証拠がない以上、賠償などする気はない」
「でも、私はあなたのナンバーを知っています……自分の目で見なければ、わかるはずがありません……」
彼女の声が途切れた。
鷺沢雪紘の嘲るような瞳とぶつかったからだ。
「賠償金ごときにそこまで執着するとはな。玉の輿を狙って、俺のことを調べ上げていたんじゃないのか?」
「何しろ、お前は金に困っているからな」
水無瀬柚季は言葉を失った。
鷺沢雪紘は再び視線をスクリーンに戻し、突然尋ねた。
「この子供は誰だ?」
白樺信がすぐに言った。
「そうだ、光ちゃんも証言できる……」
「だめ!」
水無瀬柚季が過剰に反応した。
全員が驚いた。
鷺沢雪紘は無表情で彼女を見た。
「この子供と、お前はどういう関係だ?」
「それは私の勝手です」
水無瀬柚季の顔が強張る。ひどく後悔した。この賠償金など当てにするべきではなかった。
「子供は病気で、最近はずっと母親のところで休んでいます」
彼女はうつむき、指を白くさせた。
「もういいです、賠償金はいりません。白樺先生、送ってください」
彼女は車椅子に乗っていた。
白樺信は納得がいかなかったが、彼女に何か言い難い事情があるのを察し、無理強いはできなかった。
「待て」
二人が背を向けた瞬間、呼び止められた。
札束が机に叩きつけられた。およそ二十万元。数枚が床に落ちた。まるで今の水無瀬柚季の、行き場のない自尊心のように。
塵のように卑小な存在。
「これで足りるか?」
鷺沢雪紘が見下ろしている。
賠償というより、乞食に恵んでやるような態度だ。
