第2章

榊原柚葉視点

翌日の夜九時、榊原邸の書斎から、半開きのドアを通して温かい光が漏れていた。

私はコーヒーカップをきつく握りしめていた。手のひらにじっとりと汗が滲み、危うく滑り落としそうになる。

榊原奏はまだ仕事をしていた。

今がチャンス。

深呼吸をして、私は書斎のドアをそっとノックした。

「奏、遅くまでお疲れ様。コーヒー、淹れてきたわ」

「ありがとう。机の上に置いておいてくれ」

榊原奏は顔を上げ、その深い瞳に優しい笑みを浮かべた。彼はいつもこうなのだ――どんなに忙しくても、私には優しく接してくれる。

罪悪感がすぐに私を襲った。ごめんなさい、奏。私はただ、この家にいたいだけなの……。

私は慎重にコーヒーカップを彼のそばに置き、何気ないふりで机の上のウィスキーに目をやった。琥珀色の液体が、クリスタルグラスの中で無邪気に揺らめいている。

榊原奏は書類に視線を戻し、その長い指で紙面の要点をなぞっている。今だ!

私はポケットから静かに小瓶を取り出した。キャップを捻って開けると、震える指先で、透明で無臭の液体が瓶の口で揺れる。まるで、私の落ち着かない心のように。

【やめておけ、お嬢さん!】

突然、目の前に金色の文字が閃き、私は驚きのあまりコーヒーカップを倒しそうになった。

【それは罠だ!】

【兄はすでに気づいている!】

なに? 私は瞬きをした。ストレスで見ている幻覚だと思った。しかし、金色の文字はますます鮮明になり、まるで緊急の警告のようだった。

私の手は空中で凍りつき、小瓶の中の液体が指先で震えた。

「柚葉?」

榊原奏の声で我に返り、私は慌てて小瓶をポケットにしまい込んだ。

「な、なんでもない」

私は平静を装おうと必死だったが、声はまだ震えていた。

彼は私をじっと見つめた。その眼差しは優しく、それでいて探るようだった。

「最近、ストレスでも溜まっているのか? 顔色が良くないぞ」

「ううん、大丈夫」

私は無理に微笑んだ。

さらに金色のコメントが視界に溢れ始めた。

【彼は意図的にやっている】

【君の限界を試しているんだ】

【知らないふりをしているだけだ】

私の心臓は激しく高鳴り始めた。このコメントはどういう意味? 奏は私を試しているの? 私が何をしようとしているか、知っているっていうの?

ありえない……どうして彼にわかるはずが?

私は呼吸を整えようと努め、彼が書類に目を戻した隙に、素早く液体を彼のウィスキーに注ぎ入れた。それはすぐに溶け、跡形も残らなかった。

やった、と私は安堵のため息をついた。

しかし次の瞬間、榊原奏はゆっくりと書類を置き、立ち上がって酒棚の方へ歩いていった。私の心臓は止まるかと思った。

「柚葉」

彼の声は優しいままだったが、そこにはぞっとするような冷静さが宿っていた。

「ウィスキーの味が変だ。何を淹れた?」

頭に血が上り、世界がぐらぐらと揺れ始めた。

「な、何も……」

私の声はかろうじて聞き取れる程度で、自分でも信じられないほど哀れな嘘だった。

榊原奏は私の方に向き直り、その深い瞳で私の目をまっすぐに見つめた。その瞳に怒りはなく、非難の色もない――ただ、胸が張り裂けるような失望だけがあった。

「睡眠薬か?」

彼は一歩近づいた。その口調は、まだ恐ろしいほど優しい。

「俺にどうしてほしかったんだ?」

【彼はすべて知っていた!】

【最初から気づいていたんだ!】

【お嬢さん、君は弄ばれたんだよ!】

金色のコメントが豪雨のように降り注ぎ、一言一言が私の心を打ちのめした。

涙で一気に視界が滲んだ。

「あなた……知ってたの?」

榊原奏は私の目の前で立ち止まった。彼の長身が、ランプの光の中で巨大な影を落とす。

「最近、君が追い詰められているのは知っていた。だが、こんな手段に訴えるとは……」

彼の声には苦痛と失望が滲んでいたが、怒りはなかった。それが、私をさらに絶望させた。

「ただ、この家から追い出されたくなかったの!」

堰を切ったように言葉が溢れ出た。

「みんなを失うのが怖いの! 全部失うのが怖いの!」

榊原奏の眼差しが瞬時に鋭くなった。

「誰が君を追い出すと言った?」

私はさらに激しく泣きじゃくりながら、感情の籠った声で言った。

「お父さんとお母さんよ。実の娘が見つかったから、家族の集まりで……」

「待て」

榊原奏の表情が急に険しくなった。その瞳には、私が今まで見たことのないような怒りが燃え上がっていた。

「彼らが何と言ったんだ?」

【彼は両親の計画を知らない】

【真実を伝えるんだ】

【彼が君を守ってくれる】

そうか……榊原奏は本当に知らなかったんだ!

私は震えながら、昨夜盗み聞きしたすべてを彼に話した。私が話すにつれて、榊原奏の表情はますます険しくなり、拳は関節が白くなるほど固く握りしめられていた。

「クソッ」と、彼は吐き捨てるように言った――いつも礼儀正しい榊原奏が悪態をつくのを、私が聞いたのはこれが初めてだった。

彼はくるりと向き直って私の元へ来ると、その温かい手で優しく私の髪を撫でた。

「柚葉、聞いて」

彼の声は再び優しくなったが、そこには今までにない断固とした響きが宿っていた。

「何があっても、俺は誰にも君を傷つけさせない」

その言葉は、乾ききった私の魂にとって、甘い蜜のようだった。

私は涙に濡れたまま顔を上げ、彼の顔を見つめた。

「どうして……どうしてそんなに良くしてくれるの?」

榊原奏の手がそっと私の頬を撫で、涙を拭う。まるで壊れやすい宝物に触れるかのような、優しい手つきだった。

「俺にとって、君は……」

彼は長い間言葉を切り、その瞳に複雑な感情をきらめかせた。

「……大切だからだ」

【彼は君のことが好きなんだよ、このおバカさん】

【兄妹愛じゃない】

【もう目を覚ましなさい】

私の心臓が、制御不能なほど速く鼓動し始めた。榊原奏の眼差しはあまりにも深く、あまりにも優しく、その奥には私が正体を見極めるのをためらってしまうような感情が流れていた。

「奏……」

私は彼の名前を囁いた。

彼は自分の失言に気づいたように、ゆっくりと手を引いて立ち上がり、私に背を向けた。

「もう休んで。明日の夜はパーティーがある」

私は彼のまっすぐな背中を見つめながら、心の中に数え切れないほどの疑問が浮かんでいた。

今夜起きたことはあまりにも目まぐるしかった――私の失敗した計画から、榊原奏の保護の約束、そしてあの胸をかき乱すような眼差しの優しさまで……。

私は唇を噛みしめ、結局、疑問を口にすることはなかった。

「わかったわ。おやすみなさい、奏」

「おやすみ、柚葉」

書斎を出るとき、足に力が入らなかった。

計画は失敗したけれど、予想以上のものを手に入れた――榊原奏の保護の約束と、あの胸が高鳴るような可能性。

もしかしたら、あんな卑劣な手段に頼る必要なんて、最初からなかったのかもしれない。

自分の部屋に戻り、ベッドに横になっても、目の前には金色のコメントが点滅し続けていた。

この不思議なシステムは多くのことを予見しているようで、そしてどうやら……私を助けてくれているみたいだった。

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